第2話 女神セツナ




「‥‥‥は?」


 突然パソコンから生えてきた手が俺の右腕を掴んできて、思わず呆けた声が出る。


『ぅあ‥‥‥あぁ‥‥‥ぅあぁ』


「‥‥‥は?」


 それになんか、うめき声のようなものも聞こえてくるではないか。


 がっちりと掴まれた腕は、まるで画面に引きずり込もうとしているかのように引っ張られる。


「——っ!?」


『ったぁ!?』


 事ここに来て、このおかしな現象があり得ないことだと思い至り、引っ張られる腕を叩いて拘束を解いた俺は、立ち上がって慄きながらゆっくりと後ずさった。


 知ってる‥‥‥知ってるぞ、この話‥‥‥ホラー映画定番の、あの‥‥‥。


「いや‥‥‥いやいやいや、だってあれはフィクションで‥‥‥」


『ふんぐっ! ぐぬぬぬっ』


 そんなまさかありえない怪奇現象が信じられなくて、俺が現実逃避してる間も一本だった腕が二本目も現れて、パソコンを置いている机をガタガタと揺らす。


 それに合わせるように俺の膝もガタガタと揺れる‥‥‥いや! 怖くなんて無いし!


『んもうっ! 何でこんなに狭いのよ! 私そんなに身体柔らかくないのに!』


 とかなんとか言ってるのを、何か結構流暢に言葉を話すなって思ったりしながら逃げ出すタイミングを見計らっていると、遂に頭が出てきた。


「ひっ!? お化けなんていないさ! お化けなんて嘘さ! ‥‥‥って、き、金髪?」


「ぷはっ! よし、後は胴体を‥‥‥って、あれ? 腰がつっかえて出てこれないわね? はぁ、ナイスバディも考えものね」


 髪は長くて、垂れ下がっているから顔は見えないけれど、その顔を覆う髪色は思っていた濡れたような黒髪ではなくて、輝くような華やかな金髪だった。


 ‥‥‥もしかして、海外の方なのだろうか? 海外にも貞子っているの?


 そんなことを考えてると、海外版金髪貞子さんは腕をこっちに伸ばしてくる。


「ちょっと! そこにいるんでしょう? 見てないで、引っ張り出してくれないかな! ぐぬぬっ!」


「え、えっと‥‥‥」


 画面から抜け出せなくて、襲う相手に助けを求める貞子ってどうなんだろうって思ったけど、なんだかジタバタとコミカルに暴れる姿を見てると、毒気を抜かれたような気分になって恐怖心が薄れてきた。


 まぁ、うん‥‥‥ちょっと、いや、おかしなことが起きてるのは間違いないけど、助けを求められてるみたいだし引っ張ってみるか。


 そう思った俺は、ちょっと怖いもの見たさもあってジタバタ暴れる腕を掴んで海外版金髪貞子に声をかけた。


「えっと、こっち来ても襲わないでくださいね?」


「はぁ? 襲わないわよ。いい? せーので思いっきり引っ張りなさいよ? せーのっ! ——ぐえっ!?」


 言われた通りにせーので思いっきり引っ張ったら、勢い余って飛び出してきた金髪貞子が俺のゲーミングチェアに突っ込んで、つぶれたカエルみたいな声を出す。


 にしてもなんか、貞子にしては生き生きしてるな‥‥‥もっとなんていうかこう、ブリッジで歩いて来たりするもんだと思ってたんだけど。


「いつつ‥‥‥ちょっと! もっと優しく引っ張りなさいよ!」


「いや、思いっきりって言ったの貞子さんじゃ‥‥‥」


「誰が貞子よ! ぶっ飛ばすわよ!」


「えぇ‥‥‥」


 何て理不尽な‥‥‥。


 ゲーミングチェアにぶつけて赤くなった鼻を抑えながら文句を言ってくる金髪さだ‥‥‥貞子じゃないならこの人は誰なんだろう? というか、どこかで見たことあるような‥‥‥?


 顔面にかかっていた金髪が降りて、顔が見えるとその人は物凄く美人だった。


 神々しいといえる金髪に、金と銀の瞳のヘテロクロミアは神秘的、均整のとれた美貌は最早この世のものとは思えない作りもののように整ってる。


 ただまぁ、ヨレヨレのTシャツとジーンズという格好に、さっきまでのちょっと残念な言動でおかげで気圧されるようなことは無かった。


 そしてやっぱり、俺には見覚えがあった。


 具体的に言えばそう、さっきまで戦ってた宿敵のキャラの‥‥‥。


「んく~っと! さて、さっきまではナイスゲームだったわ、クレプスクルム帝国の皇帝リオン。‥‥‥って、子供? 高校生? え、あなたが皇帝リオンよね?」


「あ、あぁ。そう、です?」


 何で俺のこと知ってるんだろう? とか、やっぱり見覚えがあるしどっかであったことがある? それならどこで? って、人並み以上に記憶力が高い頭脳で思い返していると、相手の方も俺の方を見て怪訝そうに眉を寄せる。


「いや、まさか、ゲームの女神の私がこんな子供に‥‥‥まぁ、いっか! 実力は戦った私が一番わかってるしね!」


 自分に納得したように声に出してから、その金髪美女はその場で立ち上がって言った。


「それじゃあ改めて聞くけれど、あなたは向こうの世界‥‥‥”オルタナティブ”の仲間たちのところに行きたいと願ってるのよね?」


 確かに、そう思ってたので俺は曖昧に頷く。


「それは、まぁ‥‥‥でも、そんなこと——」


「できるわよ。私の力ならあなたを向こうに連れて行ってあげられる」


「はぁ‥‥‥?」


「と言っても、いきなりこんなこと言われて怪訝に思うことも分かってるし、ただ連れて行ってあげるだけじゃなくて、私にも事情というか、やって欲しいことがあるから。それについて説明をするために、まずは自己紹介をしましょうか」


 そうして目の前の金髪の美人は、俺のよく知る名前と肩書を名乗った。


「私はセツナ。”オルタナティブ”の製作者で、セツナ神国女王で——」


 しかも、それ以上にびっくりする存在でもあった。


「——そして、この世界で最も若い女神、遊戯神セツナよ!」


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