第一部

序、ひとつずつ降りてくる神

 あぁ、あの納屋ね。すごいことになってるでしょう。


 台風じゃないんですよ。だったら、納屋だけじゃなく家や道の方まで壊れてないとおかしいでしょう。


 工事してるわけでもないんです。気にしないで。事件や事故じゃありませんから。トラックが突っ込んだなら垣根の方も無事じゃすみませんし、どんな力持ちでもあんな風にぺしゃんこにはできませんからね。

 でも、誰かが壊したっていうのは近いかもしれませんね。いや、誰かというか何かですかね。


 そういう時期なんですよ。


 ええ、年に一度ね。

 いや、災害じゃなくて昔はお祭りをやってた日なんです。祭りで浮かれたひとが壊したんじゃないですよ。ここにもうそんな元気のあるひとは残ってませんからね。もうお祭りもやってませんし。

 やった方がいいのかもしれませんけどね。


 元は神様への感謝を伝えるお祭りでしたからね。新嘗祭? そんなようなものですけど。やっぱりそういうことをしないから、こういうことも起こるのかもしれませんけれど。でも、こういうことの張本人を祀るのもねえ。


 ええ、もういませんよ。いませんというか、大昔ね、この村に大きな道路が通った頃、もう自分が見守ることもないって帰っちゃったって言いますけどね。


 ああ、あの道通りましたか? すごい穴があったでしょう。工事するお金がないらしくて、一昨年からあのまんま。


 何と言いますかね。

 そう、大きな道路はあそこ以外にもたくさんあるんですけどね。道を広げるとなると田んぼとかいろんな邪魔なものがありますからね。そこにある祠なんかはね。ちょっと邪魔だっていうんで。


 もちろん雑に扱ったりしてませんよ。神主さんがちゃんとお祓いしてから別のとこに移してね。だから、怒ってるっていうんじゃないとは思うんですけどね。


 その年からね、神様が年に一度、山から降りてくるお祭りのときですけども。私のふたりめの子が小学生になったばっかりの頃ですかね。


 いつも通りちっちゃな屋台なんか出して、提灯を提げて子どもが盆踊りして、神社までお神輿担いでね。

 そのときはまだ村に子どもも多かったですから、金曜日にやってるアニメなんかに出てくる動物のお面を被ったり、その曲で踊ったりね。学校の先生なんかもみんな法被着て、普段大人しいひとも、別のひとみたいに騒いでね。楽しかったですね、あの頃はね。賑やかでしたから。


 さあ終わりって夜にみんな帰っていくときにね。


 小学校の方からどーんってすごい音がして。

 まあ、暗いからトラックかなんかが校舎に突っ込んだんじゃないかって。怪我人でもいたら大変だって、まだお祭りの名残で元気が有り余ってましたから、みんなで見に行ったんですよ。


 蚊なんかが飛び回って、蛙がジージー鳴いてる田んぼ道を子どもの手を引いて急いで走ってね。


 明かりが消えてる小学校にあそこだあそこだなんて駆けて行ったら、まあ、門のとこなんかは無事なんですよ。


 何の音だ、ガス爆発か何かかって見に行ったら、プールの裏の方から声が上がって。


 ちょうど私の子の担任の先生が、用務員さんの部屋から鍵持ってきたんですけど、そのひと腰抜かしててね。

 何だ何だってプールの明かりつけて見に行くたら、かーっと明るくなったところにね、あったんですよ。


 水なんかは抜いてたんで空になった干からびたところね。

 二十五メートルの端から端まで、長い白いホースか何か広げたみたいになってて。

 でも、水泳の飛び込み台のところ、一から五まで番号振ってある台に一本ずつ丸い爪のある指が引っかかってて。

 腕だったんです、大きなね。


 いたずらじゃないかって、警察呼んだりなんかしたんですけど、これは本物だって言ってね。

 でも、そんな生き物いないでしょ。あれは本当に大きいけれど人間の腕でしたからね。


 事件にしようにも被害者がね、二十五メートルも腕があるなんて、そんなひといないですから。


 うちは警察も病院もご近所さんみたいなもんですから、とりあえずなあなあで、どうしようもないからってお神輿のときみたいに神社に腕を担いで行ってね。

 お祭りのときの人出があって助かりましたけど。みんな難しい顔して、たまたま通りかかったトラックなんかに見つかっちゃまずいって、夜明け前に白くて長い腕をね、みんなの汗でつるつる滑るのを何とか引っ張って、持って行ったんですよ。


 それからですよ。毎年この時期になると大きな身体の一部が村のどこかに降ってくるようになったのはね。


 そりゃもう、うちの納屋もそうですよ。上からどかーんとね。いよいようちもかって気持ちでしたけどね。お隣さんも四年くらい前にやられましたから。うちは目玉でしたよ。大っきな丸いのがてらてら光って、お行儀よくってのも変ですけど、ぺしゃんこの納屋の屋根にちょん、とね。


 どうにかって言っても、どうしようもないですからね。こればっかりは。


 まあ、年に一度ですし、怪我人も出てませんしね。やっぱり神様ですからひとを傷つけるようなことはね。

 出て行くっていっても、ここは元々そういうのができないひとのところで。逃げるひとはもうとっくにねえ。



 でも、あれの身体が空の上にあるのか知りませんけど、あとどのくらいあるんでしょうねえ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る