第5話 妻

 もう一次選考に落選することも慣れた。慣れてはいけない。落ちていないかもしれないという淡い期待を抱くことが辛い。だけど、期待しなければいけない。自分を応援できるのは自分しかいない。ここから上に行かなければならない。この先に進まなければならない。

 

 重機のグワンと唸る音。公園で、スマホを片手にゲームアプリと小説執筆ツールを交互に開く。休憩と、遊び、執筆。どれも捨てがたい。日常生活の一部に執筆が加わって数年が経つ。


 「君」へ宛てた小説は、まだ誰にも届いていない。「君」の生きた証拠を「小説」という形に残したい。そんな馬鹿な、お涙ちょうだいのお話などあり得ない! 馬鹿か読者め、期待すんな。この世界は闘病の末、愛し合い去っていく夫婦の姿を望んでいる。違う。僕の紡ぐ物語はそんな生易しいものじゃない。僕が描きたいのは、不幸な妻ではない。


〈妻のいなくなった日に僕がはじめにしたことは、割れた食器を片付けることと、妻の食べ残したスープを流しに捨て、彼女のパジャマを生ごみと一緒に詰めること。ああ、彼女は出て行った。もう戻ってこない。実家で暮らすのだろう。僕は必要とされていない……〉


 スマホで入力するのは骨が折れる。ガンガン響く工事の音。ときどきかかってくるクレームの電話。その度に中断する執筆。大丈夫、妻は死んでいない。ガンでもない。ガンなら良かったか? 世間はガンの妻に先立たれた僕に同情する? そんな物語を求める? 僕にはあまり理解できないことだ。やはり、僕の小説は必要とされていない。


 ならば、どこへ行くのか。どこで戦えばいいのか。文字を打つ手を止める。空が濁って見える。秋空の筋雲が風の中を走っている。立ち止まってはいけない。僕の執筆より、先に進んでいるように見える工事現場。僕の小説はまだ応募するには文字数が圧倒的に足りない。迫力も足りない。何が足りない……。


 時間は、時間だけはほかの応募者と同じようにかけているつもりなのに。僕は時間の使い方が分からない。ガチャを回す時間だ。スマホゲームなんて、なくなってしまえばいいのに。

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