第4話 君

 その夜はなんだかんだ眠りについた。落選すると眠れなくなると思ったが、そんなことはなかった。ただ、落選した。その事実だけがある。次の作品を書かなければならない。だが、目を覚まして歯を磨くときに、僕が僕を睨みつけていることに気づいた。


 どこに問題がたったのか。どこが原因で落とされたのか分からない。

 僕の作品がたった一人の下読みの心に響かない。いや、冒頭数行で落とされている可能性もいなめないのだが。


 一次選考を通過しなければ選評は貰えない。生殺しもいいところだ。落ちた原因も分からず、次の作品を書くしかない。僕の作品は時間を浪費している。僕は時間を有効に使えていないのかもしれない。書かなければならないが、その時間は一体何になるというのか。ときどき、自分の描く物語が空虚なものに思えてくる。ここに、音はない。色も、風景も、君の声も。君って誰だ。


 空虚なテーブル。妻のいない机に皿を二つ並べる。彼女の席に妻はいない。ほこりのかぶったテーブルクロス。僕の目の前だけ布巾でぬぐう。テーブルの上に君が飾った小瓶。一輪挿しと言うらしいが、そのガーベラも枯れたままだ。水を交換して、その花にみずみずしさが戻らないかと空想する。


「行ってきます」


 返事はない。リビングの電気は真っ暗だ。


 晴れ渡るがらんどうの空に、ビルを反射して反響する機械の打撃音。今日も工事現場の音がうるさい。


 歩を進める。会社への道のりでふとした拍子に思い浮かぶ「君」との思い出。慌ててスマホのメモ帖に書きとめようとして、間違って立ち上がるゲームアプリにイライラする。


 工事現場では次々にトラックが土を掻き出していく。代わりに搬入される巨大な鉄筋。僕の小説の一ページ目は、空白が多い。思い描いた半分も言葉にならずに脳内で浮遊する。


 言葉を書き留めろ。自分に言い聞かせる。


 信号が青に変わる。OLと肩をぶつけた。押し出されるようにして一歩を踏み出す。我に返る。もう少しで形になりそうだった言葉は……僕の言葉は、ぷつりと途絶えた。

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