第3話 ガチャ

 帰宅すると妻はいない。いつものことだ、共働きで妻の方が稼ぎがいい職場に着いている。今日も残業だろう。自分でまずい飯を用意する。包丁を持つ手は上手くならない。いびつな形のじゃがいも。味噌をぶち込めば完成するじゃがいもの味噌汁。解凍した肉を焼肉のタレで炒めるだけの炒め物が今夜の飯だ。


 ふと、帰りがけにコンビニに立ち寄らなかったことを後悔する。酒を買い忘れた。泣いても笑っても、結果発表は僕の人生を左右する。たかが一次選考と侮るなかれ。だが、たかが一次選考。

 プロ作家なら一次選考は通過して当たり前。


 以前、プロの定義を考えたんだ。そいつはきっと、大金持ち。いやいや、金なんか稼げる職業ではない。だが、少なくとも文字を金に変換することができたやつのことを言うのだと思う。僕はユーチューブの10万回再生の音楽をスマホで流して、肉を口に運ぶ。


 ユーチューブの10万回再生は、一万円になるそうだ。ウェブ投稿サイトで同じアクセス数を叩き出しても1円にもならない。まったく、小説とは不遇なコンテンツだ。おまけに誰でも書くことができる。

書いても書いても実にならないくせに、時間だけは浪費する。書くためには飯を食い、風呂に入り、それからだ。自由な時間が訪れるのは。執筆時間が睡眠時間を追いやるだろう。まぁ、それはそうか。


 19時。ユーチューブの再生を止める。結果発表が来ているかもしれない時間だ。恐る恐るスマホでサイトにアクセスする。早かった、まだ、18時59分だった。


 僕はこの一分を何に使おうか思案する。スマホアプリを立ち上げる。ガチャを回す。お目当てのレアキャラは来ない。100円を無駄にした。

 金を浪費する。時間は19時10になっていた。ガチャに夢中になっていた。


 ため息をつく。味噌汁を腹に流し込む。サイトにアクセスが集中してスマホが重い。

 

 一次選考通過作品の名前と作者の名前が並んでいる。一瞬、自分のペンネームと作品名をど忘れする。上から順に作品名を追う。ない。いやいや、そんなことはない。やはりない。


 今度は作者名を探す。ない。目が滑って見つけられないだけだと自分に言い聞かす。ない。


 呆ける。アナログ時計の音を耳で聞く。妻が生気のない顔で帰ってくる。


「おかえり」

 

 僕は無表情だ。だが、声だけは明るくて気持が悪い。妻はそんな僕のことも気づかずに、ビニール袋から帰り道に寄って買ってきた野菜を並べる。


「今日、ポイント2倍だったの。あなたも、水曜日は買ってきてって言ってるのに」


「ああ」


 気のない返事をしてアプリゲームを立ち上げる。飯を胃に流し込んで、無理やり食事をすませて画面を食い入るように眺める。この時間のゲームのステージはボーナスステージだ。クリアしてガチャをまた回したい。


 相変わらず、一次選考を通過できない物書き風情。自分の声が自分を罵る。一次選考の壁が厚い。


 何もかも忘れてしまいたい。僕は応募などしていないことにしたかった。そうしないと、僕の作品が泣いてしまう。僕の作品は時間をかけて作ったのだから。


 僕は、感じた痛みを忘れるためにスマホゲームで時間を浪費する。

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