第2話 公園とホーム

 午後の仕事はだらだらと時計の針を進める。早送りという機能を現実世界にもつけてもらいたい。

肌に汗が滲む。夏のような暑さの秋もいい加減終わって欲しい。例年ならコートが必要な季節だ。


 公園で自販機の缶コーヒーを買おうとして思い悩む。ホットにするかアイスにするか。


 この些細な悩みごとを俯瞰して考える。どちらにも正解はない。ただ、自分が満足するように選ぶだけだ。僕の小説も、ただ選ぶか選ばれないかだけだ。僕の小説はいつも選ばれない。必要とされていない、そう思うと自販機のボタンを押す指が震える。公園の隣で重機のけたたましい穴を掘る音がする。ここに、何を積み上げるのかは知らない。ただ、その音が僕の憩いの場である公園まで騒音をもたらすだけだ。

 

 電話が鳴る。相手先の電話を見て、クレーム客だと分かる。仕方なく電話に出る。珍しい調子の良さそうな声で要望を言ってくる。雨もやんだ。ぬかるみを歩きながら顧客の元へ向かう。頭から小説の話がすぅっと消えていく。クレーム客がいつ怒鳴り散らすか、いつ相手のペースになるのか。冷や冷やしながら話を聞く。結局何も起こらなかった。だけど、スマホを手にした指は冷や汗をかいていた。


 もし、これが出版社の電話だったなら。あり得ない空想をしながら苦笑する。先程のびくびくしながら話す自分の声が思い起こされて歯噛みする。


 工事現場の男が横断できますよと促す。この公園を一日に何度も往復する。僕は未だにどこにも行けない。

 

 会社に戻ると色々と報告される。こちらからも進捗状況を報告する。味気ないまま、夕方になる。窓に差し込む西日。あと少しで帰路につける。だが

心は踊らない。

 

 帰りの電車に乗る頃、もう一度選考結果が発表されていないかスマホを見る。まだ、動きはない。


 改札を通る。反対側のホームに向かって階段を足早に登る。


 作品を通さないといけない。でも、何のために? 喜ぶのは自分だけだろう? 自分を喜ばせる方法は簡単だ。スマホのアプリを立ち上げる。推しに課金する。強いキャラを手に入れるためにガチャを回す。駅のホームでスマホに夢中なる。電車の警報音が鳴る。時間を浪費している。このわずかな時間の中でプロ作家なら、何ができるのだろうか。少なくとも僕は、時間を消費する消費者だ。

 

 


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