第二章 時の魔術師

 羊が最初に行ったことは、時計仕掛けの魔術師の説明だった。

「この魔道具は自分の心臓の鼓動と時計の秒針のタイミングを完全に合わせることで、魔力を生み出すことができるわ」

 守も鈍くはない。今の説明で羊が言いたいことは理解できたつもりだ。

 普通の魔術師は自分の魔力を使う。だが、時計仕掛けの魔術師を使えば、これからも時計仕掛けの魔術師ありきの魔術しか使えないということだ。

 しかも、自身の心臓の鼓動と時計の秒針のタイミングを完璧に合わせるという離れ業をしなければならない。

 つまり、普通の魔術師とは鍛錬のしかたが違うということだ。

「それと、魔術属性についてだけど――」

 魔術属性とは、いわばどの魔術を一番得意としているかによって、二つ名を付けるということだ。この二つ名は割と重要で、魔術師として他の魔術師に名乗る際「○○の魔術師」というように名乗ることになる。

「時計仕掛けの魔術師を使う場合、強制的に魔術属性は《時》になるわ」

 つまり、守はほぼ《時》にまつわる魔術しか使えなくなるということだ。しかも、それが向きか不向きかも分からずに。

「どうせこのままやっても魔術師になれたかどうか分からないんだ。《時》の魔術師。かっこいいじゃないか!」

 羊は呆れたように鼻を鳴らす。

「じゃあ、時計仕掛けの魔術師に魔力を流して。それであなたが所有者として登録されるはずよ」

 言われるままに、守は時計仕掛けの魔術師に魔力を流す。

 今まで止まっていた時計仕掛けの魔術師の針が、チクタクと動き出した。

「よし!」

「おめでとう。《時》の魔術師、時輪守」

 羊も軽い拍手で祝福する。

「じゃあ早速だけど、あなたが私の弟子になるための条件を伝えるわ」

(条件があるのか……。まあ、当然か)

 守は生唾を飲み込む。一体どんな厳しい弟子入り試験があるのか、恐怖と同時に期待に胸を膨らませる。

「守、家事はできるかしら?」

「は?」

 いつ試験が始まっても良いように身構えていた守の肩から力が抜ける。思わず間の抜けた声が口から出た。

「まあ、ずっと一人暮らしだったから、それなりには」

「そう。なら合格」

「???」

 ますます訳が分からなくなる。なぜ家事ができれば合格なのだろうか。家事に関係する特訓でもするのだろうか。

「家事と魔術となんの関係があるんだ?」

「ん? ないわよ?」

「じゃあ、何で家事ができるかどうかなんて気にするんだよ」

「私に弟子入りする条件が、私の身の回りの世話をすることだからよ」

 守は呆れかえった。要するに、自分の家政婦を兼ねて弟子にしてくれるということか。

「私のような一流の魔術師の弟子に無料でなれるのよ? 家政婦ぐらいなりなさい」

 ここでNOといえば時計仕掛けの魔術師は記録を取った上で破壊され、守の魔術師になる道は閉ざされてしまう。ここでの選択は二つに一つだ。

 守は頭を掻きながらあくまで嫌々という感じが出るように言う。

「分かったよ。身の回りの世話、やってやろうじゃねえか」

 羊は満面の笑みで言う。

「ええ、損はさせないわ」

 その笑顔に、不覚にもドキリとしてしまう守であった。

「おまえ、歳はいくつだ?」

「十五歳」

 答えを聞いたとき、守は何故か納得してしまった。

(俺が覚えたこの感情は恋愛感情ではない、母性愛だ)

 守は微笑みながら羊の頭を撫でる。

「な、何すんのよ!」

 嫌がる羊は暴れるが、十年間毎日のように筋トレに励み、鍛え抜かれた守の腕から逃れることはできない。

 やがて、憎たらしそうな顔をしながらも、羊はされるがままになる。

「さて、じゃあ早速準備に行かないとな」

「準備って?」

「とりあえず一旦家に戻って、魔術の特訓用の道具とかを持ってこようと思ってな」

 すると、羊がポンと手を打つ。

「じゃあ、着替え一式と日用品も持ってきなさい」

「? 何で?」

 羊はビシッと守を指さして言う。

「いちいち行ったり来たりしてちゃ面倒でしょ。住み込みで働かせてあげるわ」

 確かにそれは効率が良いだろう。だがそれは、効率だけを見た場合だ。流石に守も十五歳の少女に欲情したりはしないと自分を信じたいが……。

「……じゃあそうさせてもらうかな」

 僅かな逡巡の後、守は自分を信じることにした。

 こうして、守の弟子兼家政婦としての生活が始まった。

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