転生先は森の中(1-8)
「誰だ?」
まだ剣を構えたまま、倒れている冒険者を守るように立っているもう一人の冒険者が、自分がいる場所に向かって言い放つ。どうやら僕の位置がバレたようだ。
この人たちを敵に回すのも避けたいし、素直に姿を現すことにしよう。そう決めると、僕は3人との適切な距離を保ちつつ、木の後ろから出る。
「命の恩人と言えど、見知らぬ者を近づけるわけにはいかない。名乗れ。なんでエルフなんかがこんなところにいるんだ?」
冒険者の一人が僕の前に立ちはだかった。すごく警戒されているが、当然の反応だ。
もし僕が冒険者の立場なら、たとえ自分を襲っていた敵を倒してくれたとしても、どこから現れた見知らぬ者を怪しむだろう。とはいえ、その言葉のトーンには敵意は感じられない。
パッと見、戦闘アドバンテージを持っているのは僕の方だ。まず3人の中でまともに戦えるのは、僕を脅かそうとしている冒険者だけだ。
もう一人の冒険者は怪我をしており、馬車の後ろから覗き込んでいる商人らしき人物は、見た目からして武器を持ったことすらないことが分かる。そして、相手は剣を持っている。つまり、近距離戦タイプだ。
こっちは弓矢だから、近づかれる前に矢を放って3人の命を奪うことができる。遠距離武器を使う者と近距離武器を使う者の差だ。しかし、もし怪我をしている魔法使いが加われば話は別になる。
幸いにも、ここで姿を現したのは敵に回すためではなく、怪しい行動を取らないことを示すためだ。怪しくないとアピールすれば、一番近い街まで乗せてくれるかもしれない。
よって、無駄なプライドを捨てて素直になるべきだと決めた。
しばらくの沈黙の後、僕は口を開く。
「僕はマティアス。この森の者だ……一応。」
冒険者が眉をひそめ、疑念の表情を浮かべる。
「一応?」
聞き返す冒険者に、僕は頷く。
「実は森を出ていくところなんだ。ここで100年間暮らしてきたから、そろそろ森以外の景色を見てみたいと思って出ることにした。だから、君たちに出くわしたのは単なる偶然だ。歩いていたら、突然近くで悲鳴が聞こえたんだ。僕は様子を見に来ただけさ。」
僕が説明すると、冒険者はゆっくりと頷いた。飲み込みが早くて助かる。
「本当に、いいところに来た。君が来なければあの熊に殺られていたに違いない。感謝している。」
冒険者はそう言って、誠意を示すかのように剣を下ろす。それを見て、僕も武器を下ろす。
「それで、ひとつ気になることがあるんだけど、倒れている冒険者の傷は大丈夫か? 手当はしないのか?」
僕が話を変えようとすると、怪我をしている冒険者が答える。
「こんなもん、擦り傷に過ぎない。ほっといても勝手に治るさ。」
だが、その擦り傷は胸部を斜めに貫通する3つの穴。熊しか与えられない3つの爪痕だ。それに、そこから大量の血が出ている。ほっといたら死ぬに決まっている。
そんなわけにもいかないし、何か言っとくか。そう思った僕は、冒険者に向かって言う。
「止血しないと失血死してしまうよ?」
その言葉を受けて、倒れている冒険者に、もう一人の冒険者が心配そうに言う。
「依頼なんかより、お前の命の方が大事だ。さっさと街に行って、回復術士にでも診てもらった方がいいと思う。」
意外と良い人なのかもしれない。でも、男の冒険者の心配をよそに、倒れている女の冒険者は頑固だ。
「だから、大丈夫だって。そんなことより、依頼に集中しないと…」
女の冒険者は言いながら立ち上がろうとしたが、すぐにバランスを崩して倒れそうになった。
「エミ!」
しかし彼女が倒れる前に、男の冒険者が受け止める。
「ほら、言っただろう。依頼を受ける前に無茶しないでって。」
エミという女の冒険者を支えながら、男の冒険者はそう言う。二人のやり取りを見ると、親しい友達以上の関係だと分かる。幼なじみか、あるいは恋人か。どちらにせよ、お互いを思い合っているのは明白だ。
青春っていいなぁ、なんてくだらないことを考えつつ、僕はひとつの提案を申し出る。
「あの、僕、治療魔法を覚えているので、よかったら傷を治すけど。」
男の冒険者は、僕の言葉を聞いて目を見開き、驚いた様子でこちらを見つめる。
「え? 本当に? 冗談じゃないだろうな? 彼女の傷を治せるのか?」
男の冒険者は矢継ぎ早に問い詰める。僕はその質問を聞いて答える。
「治せると思うけど。」
治療魔法はまだLv1だから、実際に治せるかどうかは微妙だけど、やってみないと分からない。少なくとも、止血はできるだろうし、彼女は生き残るだろう。
僕の考えをそのまま伝えると、男の冒険者は言う。
「お願いします。彼女の傷を治してくれ。その代わりに…街まで連れて行くのはどうだ? ほら、森以外の景色を見たいって言ってたじゃないか?」
また似たような提案をされた気がするが、理解が早くて助かる。もちろん、男の冒険者の提案を受け入れる。
「わかった。」
そう言って冒険者二人に近づくと、もう危険がないことに気づいたのか、商人らしき男性がようやく馬車の後ろから出てきた。
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