転生先は森の中(1-9)

「君が命の恩人ね。本当に死ぬかと思ってたわ。礼を言う。私の名前はガリック、見ての通り商人をやっている。我々の命を救ってくださり、有難うございます。」

 

 ガリックという名の商人が話しかけてくる。

 頭の中で【治療】を発動するための詠唱を言うと、右手は緑色の光で輝き始める。

 

 その癒しの光を放っている右手を3つの爪痕に近づけると、女の冒険者の緊張が目に見えて和らぐのが分かった。

 ちゃんと効いているってことを確認してからガリックに返事をすることにした。

 

「僕はマティアス。見ての通りのハイエルフだ」

 

 と、僕がそう自己紹介をすると、男の冒険者は僕とガリックの会話に参加するように言ってくる。

 

「その耳を見ればエルフだとわかったんだが、まさかハイエルフだったとはな。あ、ちなみに俺はアレン。彼女はエミリアというんだ。改めて援護してくれてありがとうな。君がいなければけっこう大変なことになったに違いない」

 

 なるほど。

 男の冒険者はアレン、女の冒険者はエミリアというんだな。

 

 念の為に覚えとこう。

 

「いえいえ。たまたま通りすがっていたんで。別に大したことじゃないよ」

「大したことじゃないって。何言ってるの?命を救ってくださった以上、愛おしい幼なじみの治療までしてくれてるんだ、君は。やっぱり命の恩人を手ぶらで帰す訳にも行かないし、街まで連れていくともう決めたんだけど、俺からのお礼として銀貨5枚を受け取って欲しい」

 

 大したことじゃないって言っているのにな。

 まあ、お金をくれるならありがたく受け取るんだけど。

 

 と、そんな話をしているうちに、やっと怪我を治し終えた。

 

「終わった」

 

 そう言って右手を包み込む緑色の光が消える。

 すると綺麗になった肌を見て、彼女たちは驚愕したような顔をしてくる。

 

 僕もかなりビックリしているが、おくびにも出さなかった。

 

「あ、まじで消えてる!」

「痛みも傷跡もない。こんな程度の怪我、てっきり回復術士しか治せないかと思ってたのに。もしかして、君は回復術士だったりとか?」

 

 そう、怪我が完治したことに気づくと、エミリアという名の女の冒険者が驚きを隠せず聞いてきた。

 すると彼女の質問を聞いて、僕は首を横に振って否定する。

 

「回復術士でもなんでも…どちらかというとただの通りすがりのハンターだ」

 

 僕がそう言うと、男の冒険者──(名前はアレンだったっけ?)が目を大きく見開いた。

 

「治療魔法を覚えてるハンターは見たことがないな。君はその魔法をどこで覚えたか教えてくれないかな」

 

 アレンがそう聞くと、僕は素直にどこで治療魔法を覚えたのか打ち明かすことにした。

 

 まあ、この世界の自分に

 

「故郷を出るにはいろいろ条件がつけられている。ひとつは魔法における全分野の基礎的知識をしっかり理解すること。つまりここに来る前に故郷で覚えたってわけだ」

 

 そう説明すると、「あ、わかった」と言わんばかりの顔をしてくるアレン。

 

「そういえば君はエルフだったな。この大陸の者じゃなかったんだ。習慣が全く違うっていうのは当然」

 

 僕がエルフってことを忘れたか?

 それともこの大陸の者じゃないってことに今更気づいたのかな?

 

 さっき耳を見ればエルフだとわかった、みたいなことを言ったような気がするが。

 じゃあ後者ってことでいいか。

 まあ、どうでもいいけど。

 

 ──そんなことより、

 

「さあさあ。立ち話するのもあれなんだから、馬車に乗り込むとしましょうか。君もな。ちゃんと恩を返さないと」

 

 そう、ガリックが言ってくる。

 どうやら本当に乗せてくれるらしい。

 

 まあ、特に断る理由もないので言われるがまま2人の冒険者と一緒に馬車に乗り込むことにした。

 ちなみに、ガリックは御者だ。

 

 アレンの隣に腰をかけ、弓を膝の上に乗せるとため息をする。

 すると振り返り、目を広がる世界にやる。

 

 正直に言って、この世界についてはあまり知らない。

 僕がこの世界に来たばかりだし、当然のことでしょ。

 

 これからここで生きていくのならば、やはり情報が必要だな。

 幸い、必要な情報を難なく手に入れられそうだ。

 

 僕がこの大陸の者ではないってことをいいことに、もっとこの世界について知るようになれる。

 

 では、問題。

 どうやって必要な情報を手に入れるでしょ?

 

 その答えは隣に座っている二人の冒険者にある。

 情報を集めるための一番手っ取り早い手段。

 

 それはこの地のものに聞けばいい。

 

 と、そんなことを考えると、とりあえず隣に座っているアレンに聞くことにした。

 

「今から向かう場所はどんなところ?」

 

 と。

 すると僕の質問を聞いて、アレンは一瞬訝しげな顔をしたが、質問をしたのは僕だと気づいたら、答えてくれた。

 

「今から向かう街は、迷宮というものの周囲に作られた『迷宮都市ルナ』というんだ」

 

「迷宮?」

 

 聞いたことが無い、とまでは言えないが、それをコイツが知る必要がない。

 するとアレンは、さらに説明してくる。

 

「迷宮というのは地下深くに延びた巨大な洞窟のようなもので、中には魔物がひしめいている。普段、腕を磨くために冒険者は迷宮に潜り、魔物と対峙するんだが、下の階へ行けば行くほど、魔物が一気に強くなって、一人で対峙するのも一段難しくなる」

 

 なるほど。

 つまり魔物の強さが迷宮の階によって違うってことか。

 魔物が強ければ強いほど、手に入る経験値も賞品も大きい。

 すなわちお金を稼げる為にも迷宮を利用することが可能だ。

 

 説明を聞いたら迷宮っていうのは主に冒険者になりたいが街を出たくない、あるいは単に腕を磨けたり、お金を稼げたりしようとしている人に向いているということがわかる。

 大抵の人は富や名誉を求めて挑むんだけど、はっきりと迷宮の怖さを知らなければ痛い目に遭うに違いない。

 

「とまぁ、大体そんな感じ。俺もエミも腕を磨く為にときどき迷宮に出入りしてるんだけど、依頼は別に、迷宮の攻略に限られているというわけではない。どちらかというと、護衛の方が圧倒的に多い。魔物はどこにでもいるから」

 

 それはそうだろ。

 〈魔の森〉だって魔物が多すぎることで名付けられたんだから。

 

 と、そう考えていると、ガリックの声が聞こえた。

 

「準備はいいか? じゃ、出発するぞ」

 

 そう言ったとほぼ同時に、馬車が動き出した。

 目指しているのは迷宮都市ルナというところだ。

 

 ◇

 

 ──そして動き出してから5分後。

 エミリアは何か重要なことを思い出したような顔で、

 

「あ、そそ。まだこの国の通貨について知らないよね? 」

 

 と、そう問いかけてくる。

 するとエミリアの質問を聞いて、僕は大きく目を見開いた。

 

 そういえばこの世界の通貨についてまだ知らなかったんだ。

 危ない危ない。

 

「あ、まぁ確かに。この大陸に来て以来、ずっと〈魔の森〉にいるしね」

 

 そう言って認めると、エミリアは「やっぱり」とばかりに満面の笑みを浮かべる。

 

「お礼にはならないと思うけど、もしよかったら説明するね」

 

 そう、エミリアが提案する。

 

 これも別に断る理由が見つからないので了承すると、エミリアは得意げに説明し始めた。

 

「で、これが金貨というんだよ。もっと上には大金貨とか白金貨とかあるんだけど、普通使わないので大丈夫だわ」

 

 そう言ってエミリアがポケットから何かを取り出して僕に見せる。

 その何かというのは、金色に光る硬貨だった。

 

 前世には硬貨だけじゃなくて紙幣という通貨の1種もあったんだけど、この世界にはないのかな。

 

 確かに気になるんだけど、本音を言えばそれはさすがにあまり触れたくない話題だな。

 この国には本当に紙幣がない場合、紙幣は何? みたいな質問を聞いてきそうなので。

 で、怪しまれるからしかたなく説明せざるを得ない羽目になる。

 

 できれば気まずい話を避けたい。

 

 とまぁ、それを置いといて、さらにエミリアの説明を聞くと、貨幣の価値はこうなるらしい。

 鉄貨1000枚=銅貨100枚=銀貨1枚・銀貨100枚=金貨10枚=大金貨1枚。

 

 と。

 

 だったらアレンがくれた銀貨5枚という報酬は、なかなか高かったようだな。

 金貨でもなんでもないが、数日宿屋で部屋を借りる程の金額だから助かる。

 

 ってかよく考えれば、どこかで聞いたことのありそうな通貨制度だけど、気の所為かな。

 

 ──何にしろ、この世界の通貨はそんな感じかぁ。

 意外とわかりやすい。

 

「わざわざこの大陸の通貨まで説明してくれて、ありがとうな」

 

 そう、エミリアに礼を言うと、エミリアは「いえいえ」と首を横に振りながら顔を赤くして恥ずかしそうに言う。

 

「命の恩人だもの。とはいっても、通貨を説明しただけだからノーカウント。私は必ずあなたから受けた恩を返す。それがただいつになるかは知らないが……」

 

 まだそんなことを言っている。

 街まで乗せてくれるだけで十分って言ったはずなのに。

 

 多分、苦情を述べていも聞き入れてくれないので、やめとこうか。

 どうせいずれ忘れるだろなぁ。

 

 と、そんなことを考えると、馬車の中に心地よい沈黙が訪れた。

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