転生先は森の中(1-7)

──そして翌朝。

鳥の鳴き声で、僕は目を覚ました。


上半身を起こして伸びをする。

すると、寝ぼけ眼を手の甲で擦りながら、周囲を見回す。


目の前に広がっているのは、大自然。

いくつかの木々がそびえ立つ森の風景。


しばらく森の風景を眺めているうちに、ようやく昨日のことを思い出した。


ああ、そうか。

そういえば異世界に転生したんだ。


つまり、やっぱり夢じゃなかったのか。

これは、これは喜ばしいことじゃないか?


これからどうやって生きていくのかはちゃんと決めないといけないけど、そんなことより…


グーーーーー


まずは腹を満たさないとな。


出発する前に朝ごはんを取ることにした。


まだ寝袋の上に座ったまま、【アイテムボックス】を開いて、その中から数個の木の実を取り出す。

木の実より腹にたまる朝食を取るべきだともう分かっているけど、やっぱりこんな朝っぱらから火を起こしたくないので、とりあえず木の実で空腹を紛らわすことにした。


数個の木の実を食べ尽くした後、昨日寝る前に取り外した弓矢を再び装備し、一生懸命作っていた寝袋を【アイテムボックス】にしまう。


それを終え、次は近くの池に行って顔を洗う。

冷たい。

一気に眠気が吹き飛んだ。


風呂に入ったのはいつだったっけ?

悪臭がないだけマシだな。


っていうか、今何時だ?

こんなに早く起きるものじゃなかった気がするけど…


まあ、別の世界だからいいか。


そんなことより、そろそろ行こうか。

確か森の出入口は…あそこか。


現地から約500メートルほど離れた北の方角から、この森とは全く別の何かを感じ取れた。


その何かが何かは分からないが、目印はあれしかないので、仕方なくそれを辿ることにした。


僕は歩き出す。

目指すのは、この森の出入口だ。


◇◇


歩くこと2時間。


「きゃあああ!!!」


しばらく進むと、突然悲鳴が聞こえた。

現地から20mほど離れたところから。


割と近い。


悲鳴がした方向に向かってしばらく歩き、いい所まで近づいたら近くの木の後ろに身を隠す。

黙々と、様子を窺う。


そこには3人がいる。

2人は冒険者のような服装をしており、もう1人は商人らしき服装を身にまとっている。

冒険者であろう1人は血を流して倒れており、もう1人は倒れた仲間の前で守るように立っている。


その手には剣を構えている。


視線を少し動かすと、次に商人らしき男性が目に入る。

商人らしき人物は、馬車の後ろに身を隠している。


そして、3人を睨みつける黒熊型の魔物。

どうやら彼らは熊に襲撃されているようだ。


まあ、今の自分のシチュエーションを冷静に考えると、そりゃダメ元で悲鳴をあげるだろう。

元々はじっくり様子を見てから対応を考えるつもりだったが…

そう言っていられる状況じゃなさそうだな。


倒れている冒険者の傷はかなり深いようだし、命に別状があるかもしれない。

仲間だけでなく商人らしき人物も守ろうとしているもう1人の冒険者も肩のあたりに傷を負っている。


もはや手段を選べる状況ではない。

幸い、誰もがまだ僕の存在に気づいていなさそうなので、ある意味で有利なのでは?


──まあ、先手必勝ってことで、背中から弓を取り外し、敵からの距離を頭の中で測る。

ざっと見積もると、僅か10フィートほど離れている。


苦労もせず簡単に仕留められる距離だ。


と、そんなことを考えつつ矢筒から矢を1本取り出し、弦に番える。

やっぱり効率を上げるために、矢先に毒を塗った方がいいかもしれない。


しかし残念ながら毒など持っていない。

作ったこともない。


確実に獲物を仕留めるには、【風の精霊】を使って矢を風の魔法で纏うことしかないな。

そうすることによって、矢の貫通力が一気に上がる。


ほとんどのものを一撃で片付けられるぐらいの力を得る。

実質、矢を魔法で付与しているだけだけど。


息を整え、魔力を集める。

いい感じに魔力が集まったら、次に魔力の属性を風に変え、唱え始める。


「【風の精霊】」


その直後、僕の周りで風が渦巻いて、一気に強くなる。

すると自らの魔力でいっぱいになったその風に集中し、矢先を纏うように操る。


これをやるのは初めてなので、制御するのがかなり難しい。

もっと集中しないと、高密度まで圧縮された風が不安定になってしまう。


その場合、極端に圧縮された風力が解放を求めて爆発する。

そしてその原点に最も近い自分が爆発に巻き込まれて死んでしまうだろう。


どうやらこの世界の僕が身につけようとしていたスキルのようだが、あまりに危険なため、忘れ去られる始末。


矢が1本番えられた弓を上げ、獲物に狙いを定める。

狙うのはもちろん、頭部。


ある意味で、毒を作らなくて良かったかもしれない。

肉を穢すことを避けられるし。


と、そんなくだらないことを考えながら矢を放つ。


ヒュッ、という音とともに、矢が飛んでいき、見事に熊型の魔物の頭部に命中…と思いきや、頭部をすり抜けるように貫通し、最後に地面に突き刺さる。


間違いなく、それは【風の精霊】によって強化された結果だろう。

断末魔を上げることなく、熊型の魔物が倒れ、呆気なく死んだ。


そして、それを見た3人はどこか安心したような顔をした。

しかし、決してそのガードを緩めることはなかった。

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