転生先は森の中(1-2)

 森をあてもなく歩きながら、【索敵】で魔物を探している。

幸いなことに、この世界に住んで100年になる僕は、道に迷うことはないだろう。


穏やかなそよ風にのって、木の実の芳しい香りが漂ってくる。

鼻孔をくすぐり、食欲をそそる。


歩く途中、ふと視線を上に向けると、巨木から木の実がたくさんぶら下がっているのが見えた。


そういえば、昨日から何も食べていないなぁ。

そんなことを思った矢先、


「グルルル」


地を揺らすような大きな音が耳に入る。

お腹だ。どうやら腹が減っているみたいだ。


仕方ない。


1個か2個、採っていこうか。

……とはいっても、どうやって採るのだろうか。


木の実は、高さ80メートルほどありそうな巨木に実っている。

もし勝手に落ちてこなければ、採るのは難しそうだ。


一応、弓矢は持っているが、この距離から当てられるだろうか。

……と思っていたが、その心配は杞憂だったみたいだ。


この世界の自分の記憶によると、どうやら今の僕の最大射程は250メートルほどらしい。

標的が200メートル以内にいれば、命中する可能性が高い。


それを知って、少しほっとした。

これであまり魔物に近づかず、安全な距離から戦える。


それはさておき……確かに弓矢で簡単に撃ち落とせるだろうが、この距離だと木の実が地面にぶつかると割れてしまうだろう。

割れなくても、傷んでしまう可能性もあるから、嫌だな。


……どうすればいいのだろうか。

そう悩んでいると、ふと脳裏に聞き覚えのある声が響いた。

耳に囁くような、可愛らしい声だった。

その声が、頭の中で言う──


『精霊の力は、あなたのものなり』


その瞬間、僕はようやく思い出した。

魔法も使えるということを。

そして、その使い方もはっきりと覚えている。


体内の魔力を掴んで、体外に導く。

魔力が全身を包むのを感じながら、集中して目を閉じる。


意識が研ぎ澄まされると、無意識のうちに魔力の属性を変えていた。

前は滝のように激しく流れていたが、今は風のように何でも貫ける力に変わった気がする。


──その魔力を操り、深く息を吸い込む。


そして──


「【風の精霊】」


吸い込んだ息を吐き捨てると、ほぼ同時にその言葉を唱えた。

すると風が渦巻き、一気に強くなる。


その風に、木の実の茎がまるで切れ味の良い日本刀のように切られた。


木から落ちる数個の木の実。

地面にぶつかる前に、風に掴まれる。


その落下速度が一気に遅くなり、まるで緩やかな風に吹き飛ばされる羽根のように、ひらひらと地面へと舞い降りる。


そして音も立てずに、無事地面に着いた。

風も一気に弱まり、森は静まり返る。


これで朝ごはんを確保できた。


‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐

新しい魔術スキル、【精霊の魔法:風】を取得した。


精霊の魔法:風 魔術/ランク 1

説明:風の精霊の魔力を借りて嵐を喚び起こす。魔力を過剰に注ぎ込むことにより、魔法の威力が上がる。

‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐


どうやら新しいスキルを習得したようだ。



木の実を一口かじる。

シャリッと心地よい歯応えと共に、軽い酸味と甘味が口の中に広がった。


この木の実はキワネの実と呼ばれていて、この森にしか生息していないようだ。

記憶によると、魔物が多いため、〈魔の森〉に入る者は少ないらしい。


そのため、この木の実の存在を知っている人は少ない。


「風の精霊よ」


もうすっかり慣れたかのように、キワネの実を食べ終わった僕はそう呟いて、残った芯を放った。

次の瞬間、渦巻いた風がその芯を磨り潰す。


【アイテムボックス】を使い、地面に落ちた残りの木の実を別の日のためにしまっておく。

これでしばらく食料に困ることはなさそうだ。


そう思いながら溜息をつくと、再び歩き出した。



しばらく歩くと、近くに魔物の反応を感じた。

歩いて7分ほど。

こんなに早く魔物に遭遇するとは思っていなかった。


とりあえず、見つかる前に隠れよう。

そう決め、【索敵】で魔物の魔力反応を拾いつつ、周囲を見回す。


良さそうな遮蔽物となる茂みを見つけ、身を隠す。


反応がした場所を見つめると──


「………イノシシか」


自分の位置からおよそ100メートルほど離れたところに、草を食べているイノシシ型の魔物がいた。

その大きさに驚く。

異世界の動物って、どうしてこんなに大きいんだろう?


日本で見ていたイノシシと比べて、明らかにデカい。


「【鑑定】」


とりあえず【鑑定】を使ってみる。


‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐

デカいイノシシ(下位級)

RANK


HP 95/95

MP 0/0

STR:32

INT:1

AGI:10

DEX:0

スキル:

‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐


完全に脳筋だ。

スキルは持っていないようだ。


しばらくそのイノシシのステータスを観察していると、明らかに僕の方が強いことがわかった。


この距離なら、簡単に命中させられるだろう。


……どうしよう?

倒してみるか?


よく考えれば、倒すデメリットはない。

木の実がなくなったら、そのイノシシを食べればいいし。

【アイテムボックス】に入れた生肉は腐らない。


ただ、サイズがかなり大きいから、倒すのが大変そうだな。


まあでも、見つかることはほぼないし、仮に矢が1本外れても大丈夫だろう。


そう考え、背中から弓を取り後ろ腰に括り付けていた矢筒から矢を1本取り出す。

 

 その矢を弓に番えると、イノシシに狙いを定める。

そうして目を細め、息を殺す。

獲物はやはり動いていない。


絶好のチャンスだ。


思い切り弦を引くと……矢から手を離した。


ヒュッ、という音とともに矢が飛んでいき、イノシシ魔物の胴部に突き刺さった。

それを見て、僕は「チェ」と思わず舌打ちをする。


狙っていたのは頭部だったが、どうやら狙いどころから少し外れたようだ。

矢を放つ前にきちんと風速を測らなかったせいだろう、きっと。


まあでも、100mの距離から標的に当てられることがわかったので、取りあえず良しとしよう。


「グエッ………………グエエエエエエ!」


矢が刺さったイノシシは、怒りの声を上げながら狂暴に周囲を見回す。

攻撃する前に身を隠しておいて良かった。


これでイノシシに位置がバレず、割と簡単に倒せる。

僕は用意していた矢を、怒り狂ったイノシシに向けて次々と射る。


驚くべきことに、矢は一本も外れることなくイノシシに命中する。

そして……


「グ………グエエ」


イノシシ型の魔物はようやく絶命した。


その直後……


ピロン、ピロン、という音とともに目の前に複数の画面が現れ、それらには以下のように書かれていた。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

【デカいイノシシ(下位級)を倒しました!】

【経験値125を獲得しました!】

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

【レベルが上がりました! 1→2】


HP:50→55

MP:500→500


筋力:10→15

耐久:10→10

敏捷:20→25

魔力:25→30

器用:20→25

幸運:20→20


STPが10個増加しました。

SKPが10個増加しました。


【称号「はじめての討伐」を取得しました】

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


どうやらレベルが上がったようだ。

それに、新しいスキルも取得した。


戦闘用のスキルではなく、パッシブ効果のあるスキルのようだ。

とりあえず、スキルの効果を確認してみよう。


「【記述画面、開け。対象スキル、はじめての討伐】」


そう言うと、次に目の前に現れたのは【はじめての討伐】の情報が書かれた画面だ。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

はじめての討伐 称号/ランク1

説明:はじめての魔物を討伐したことにより、全パラメーターに+5の補正がかかります。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


全ステータスに+5の補正が?


……なるほど。

強いな、結構。

それに、全然ぶっ壊れてる感じがしない。

うん、全然ない。

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