第5話 一か八か!!!

「ファイヤー!」

「ウォーター!」

「ブリザード!」

「スリープ!」

「フリーズ!」


オレは思いつく言葉を片っぱしから叫んだ。


“ブリザード“だけが少しだけダメージを与えたようだ。


(……いや、これじゃダメだ!)


攻撃魔法は今まで魔法使いが散々使っていた。


それでもドラゴンを倒せていない。


オレの付け焼き刃のような攻撃魔法でドラゴンを倒せるとは思えない。


それに、もしダメージを与えたとてもドラゴンはすぐに回復しまうだろう。




魔法を受けた影響で、ドラゴンがこちらの存在に気付いた。


顔をこちらに向け、倒れている三人からオレの方に意識が移った。


(ヤバい。こっちに来る。何か、他に何か方法は……)


攻撃魔法以外でダメージを与える方法を考える。


武器による攻撃はできない。


他に、何か方法は……


(……そう言えば、ここって“ゲームの世界“なのか!?)


ダンジョンにドラゴンがいて、勇者や賢者が剣と魔法で戦っている……。


ゲームの世界だと考えても良いのではないのか?


もしここがゲームの世界だとすると……、このドラゴンはラスボスで……、ラスボスにダメージを与える方法は……。




(あった!……一か八かだ!)


「スーパー・ヒール!!!」


何のゲームだったか忘れたが『ラスボスに回復魔法を唱えると大きなダメージを与えられる』と聞いたことがあった。


オレは思いつくと同時に“スーパー・ヒール“を叫んだ。


ドラゴンの体が金色の光に包まれる!


(頼む! 効いてくれ! ダメージを与えてくれ!!!)


このままドラゴンが回復してしまったら、おそらく万事休すである。


オレは再び藁にもすがる思いで祈った。




『グァァァァァァァァ!!!!!』


ドラゴンが口から血を吐き、大きな悲鳴をあげながら倒れた。


(よしっ! 効いてくれた!)


ホッとしたのも束の間、次の手を考えなくてはならない。


おそらく魔法攻撃だけではドラゴンは死なないような気がする。


時間が経てばドラゴンは回復してしまうだろう……。




(……何か、次の手はないのか!?)


「……変身魔法!?」


こちらの世界へ転移しているとき、確かにオレは変身魔法のことも妄想した。


そんな妄想が実現するのだろうか……。


でも、悩んでいる暇はない。


「変身って……、何に変身すれば良いんだ?」


ドラゴンを倒せる何か……。


ドラゴンより強い何か……。


(……そうだ!!!)


「変身魔法……“裏ボス“!」


オレは、思いついた言葉を大声で叫んだ。


ラスボスより強いモンスターは“裏ボス“しかいないじゃないか!


(……ダメ、なのか!?)


「“裏ボス“!」

「“裏ボス“!!!」

「“隠しボス“!!!!!」




(……頼むっ!頼むっっ!!)


藁にもすがる祈りは、もう何度目だろうか。


気がつくとオレの体が赤い光で包まれていた。


(何だ? どうなっているんだ?)


変身魔法の効果か?


しかし俺の体が怪しげなモンスターに変身した様子は無い。


体は“人間のまま“だ。


見た目は人間のままだけど身体中から力が湧き出るような感覚に包まれている。


そしてオレに向かってきているドラゴンの動きがスローモーションになっている……。


(……はぁ!?)


もう訳がわからない。


訳はわからないが考えている暇はない!


オレは自分自身を大きく鼓舞し、ありったけの“勇気“を絞り出した。


変身魔法で強くなっていることを祈りつつ、オレはドラゴンに向かって大きく一歩を踏み出す!




「……えっ!?」


一歩踏み出しただけなのに、遠くにいたはずのドラゴンが目の前まで迫っている!


「くそっ!」


自分自身の動きの速さにびっくりして体制を崩しつつも、オレはドラゴンの体に向けて左腕を大きく振り抜いた!


『ズボッッッ!!!』


振り抜いたオレの左腕はドラゴンの体に深く突き刺さった。


『グァァァァァァァァ!!!!!』


ドラゴンがさらに大きな悲鳴をあげる。


本当に“裏ボス“に変身できたのだろうか。


いとも簡単にドラゴンにダメージを与えることができた。




とはいうものの闇雲に攻撃しても意味がない。


さらに攻撃を畳み掛けるとしてドラゴンの弱点は!?


弱点を狙わないと勝機は来ないだろう。


でも結論が出るまで考えている余裕はない。


ドラゴンが回復する前に攻撃を叩き込まなければならない。


オレはとにかく思いつくままに攻撃した。


両目にパンチをお見舞いし、アゴを砕き、長い角をヘシ折り、大きな翼を引き千切る。




『グァァァァァァァァ!!!!!』


ドラゴンは苦しそうに暴れているが、まだ死にそうにない。


(他に弱点は!?)


ドラゴンの体を見渡す。


(……首を切り落とせば死ぬかな?)


オレはドラゴンの太い首を両腕で抱き抱えた。


樹齢数百年の御神木のような太くて大きい首だ。


ひと呼吸入れて両腕に力を入れる。


「おらぁぁぁぁぁぁ!!!」


ドラゴンの首を周回するように体を回転させる!


『グシャッッッ!!!』


ドラゴンの太い首を捻じ切ることができた。


それでもドラゴンの体はまだ暴れている。


首を捻じ切っても死なないのだろうか?


(他に、他に何か……)




あとは心臓だ。


大きな体の奥深くにあるであろう心臓。


素手ではちょっと無理かもしれないと思って後回しにしていたが、もう心臓を狙うしか残っていない。


(ドラゴンの心臓って、どこだろう?)


ドラゴンの心臓が人間と同じ左胸にあるとは限らない。


分からないけど、考えても答えは見つからない。




分からないなりにオレは胸の中央部に左腕を思いっきり突き刺した。


ドラゴンの鱗を突き破って体に深く突き刺さったが、左腕の長さだけでは浅すぎて心臓まで届かないようだ。


腕を引き抜いたオレはドラゴンの胸を覆っている鱗を片っぱしから引き剥がしていき、胸の肉を引きちぎりながら体ごとドラゴンの中へ入っていった。




『ドクンッ……ドクンッ……ドクンッ……』


ドラゴンの鼓動が聞こえてくる。


音というよりも振動が全身に伝わってくる感覚だ。


間違いなく心臓が近くにある。


俺はもう一度ドラゴンの肉壁に左腕を突き刺した。


(……グニャッッ……)


左手に大きく振動する感触が伝わってきた。


確認する時間が惜しいのでそのまま握りつぶす。


握りつぶした瞬間、目の前の肉壁からものすごい圧力の水が吹き出してきた。


オレの体は水圧に負けて、ドラゴンの身体の外まで大きく吹き飛ばされた!




「ゲホッ! ゲホッ!!!」


水と思われた液体はドラゴンの血だった。


顔はもちろん体全身がドラゴンの血で真っ赤に染まっている。


握り潰したのはドラゴンの心臓で間違いなかったようだ。


(ゲホッ……ゲホッ……うっっ……)


ドラゴンの血はドロドロしていて気持ち悪い。


そして、かなり臭い!


(いや、ここで倒れている場合じゃない!)




血まみれの顔を拭って立ち上がりながらドラゴンの様子を確認する。


(!!!!)


ドラゴンの体が青白い光に包まれている。


(頼む。このまま死んでくれ!)


このまま第二形態なんかに進化されたらオレはもう終わりだ……。


祈りながらドラゴンを見つめる。


青白い光とともにドラゴンの体も消滅していった。




(……倒した……のか?)


10秒、いや30秒ほどドラゴンが倒れていた場所を見つめていたが、何も変化は見られない。


本当にドラゴンを倒したと思って良さそうだ。


オレは後ろを振り向いて少女の様子を確認する。


(……大丈夫そうだ)


先程の戦いで瓦礫が崩れたりはしていない。


少女の意識はまだ戻らず、寝たままの状態のようではあるが……。




「あとは、あの三人か……」


ドラゴンの尻尾で部屋の隅まで飛ばされた三人の元へ近寄る。


三人とも生きてはいるようだが身動き一つしない。


(はぁ。仕方ないな……)


「スーパー・ヒール!」


さんざん罵声を浴びせてきた三人だ。


このまま放置したって良いのだが、一応回復させてやることにした。


「あれ?」


疲れているのだろうか。


少女やドラゴンに向けて放った時のように三人の体が金色の光に包まれることはなかった。


ちょうど、ただのヒールを唱えた時のように三人の体がわずかに光っただけだった。




『どさっ……』


“スーパー・ヒール“を詠唱した途端、オレの体から力が抜けた。


踏ん張ることもできず、その場に尻餅をついてしまった。


「本当にドラゴン倒したのかな……?」


不安になったのでもう一度ドラゴンがいた場所を確認する。


大丈夫そうだ。


間違いなくドラゴンは倒したようだ。




しかし、目の前で起こった“現実“をオレはまだ飲み込めていない。


本当に夢のような出来事だった。


ジョギングをしていたら少女の声が聞こえてきて、魔法陣に包まれて、異世界へ転移したと思ったら目の前にドラゴンがいて、そしてオレが一人でドラゴンを討伐した……。


冷静に振り返ってみても現実とは思えない不思議な感覚。




右腕のスマートウォッチに目をやる。


この世界に転移してきてまだ20分も経っていない。


ほんの20分前まで俺は向こうの世界でジョギングをしていたのだ……。


「まぁ、いいか……」


今はもう何も考えたくない。


体も頭も疲れた……。




オレはその場で大の字に寝転んでゆっくりと目を閉じた。

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