謎多き彼と私と。

景文日向

男女間の友情って成立するのかしらね?

休日の街は、何処も騒がしい。特に都心部は人が流れるように歩いており、目まぐるしく景色が変わっていく。私はそういった街の様子は嫌いではないし、だからこそこうして散歩をしているのだ。

「ああ、久しぶり」

 聞き覚えのない声でそう声をかけられた。背後を振り返ると、見知らぬ男性がそこに立っていた。ナンパだろうか。

「どなたですか」

 平静を取り繕い答えるが、相手は「冷たいなぁ、折角会えたって言うのに」とどこ吹く風だ。

「とりあえず、大通りで話していては邪魔ですね」

 私はその男と共に、近くのカフェへ入った。


 席に着くなり、男はメニューを広げ「メロンソーダ一つ」と注文した。私も慌てて「アイスロイヤルミルクティーで」と乗っかる。男はかなりマイペースな性格の様だ。私が怪しんでいるのにもかかわらず欠伸をしているのだから。

「ところで、赤坂麻希さんで合ってるよね?」

 これで間違っていたらどうするのだろう。実際にはそうではないので、頷く。

「何処で私の名前を?」

第一の疑問点である。芸能人でも何でもない、ただのOLの私の名前を何処で知ったのだろう。大学の同期にもこのような人は居なかった。会社にしてもそうだ。交友関係は比較的広い方だが、私は彼の名前――それどころか素性さえ知らない。

「知り合いから聞いたんだ、良い女の子が居ないかなぁって。最近彼女と別れちゃって……彼女募集中ってワケ」

「へぇ、そうなんですか」

怪しいことこの上ないが、とりあえず相槌を打っておく。

「ところであなたのお名前は?」

 あくまでも冷たく振る舞う。隙を見せたら負けだ。それに知り合いに、こんな男は居ない。

「俺の名前は氷川今羽いまは。職業は大学生で色々やってる。折角だし、少しお話していかない?」

「名乗って頂けたのは嬉しいけれど、私も忙しいんです。これを飲んだら帰ります」

 本当は飲まずに帰りたいが、それだと頼んだ飲み物が勿体ない。私はブランド品を買ったりと金遣いは荒い方だが、食物となれば話は変わってくる。食品廃棄は嫌いなのだ。

「じゃあ飲み終わるまでで良いよ。麻希ちゃんは何が好きなの?」

 麻希ちゃん、と最後に呼ばれたのはいつだっただろう。学生時代だから、三年以上前だ。人より顔立ちがハッキリしている分、相手を委縮させてしまうのだ。だが、自分で言うのも何だが、モテてはいた。一つ一つのパーツが綺麗に揃っていたから。私にその気がなかっただけだ。会社の同期は呼び捨てだし、私の顔に「ちゃん付け」が似合わないのは明白だ。なので、委縮せずに私に近寄ってくる今羽は珍しい存在と言えよう。たとえナンパだとしても。

「好きなのは……ショッピングです。私、お買い物が好きなので」

「確かに高そうな鞄に靴に服に……凄いね、何の仕事してるの?」

 今羽はモノを見る目があるようだ。現に私の格好は全身ブランド品である。対する今羽の服装は、何処かの古着屋で買ったような ̄ ̄そんな具合だ。

「初対面の人に仕事内容を教えるわけがないでしょう」

 仕事内容がやましい訳ではないが、言うのには抵抗があった。何故なら、初対面の相手だから。あまり素性をさらけ出したくないのだ。

「そういうモン?まぁ、俺が大学生だからよくわかんねーだけか」

「大学生は良いですね、あの頃は私も楽しかったです」

「そーそ、俺頭良くないからそんな大したとこは行ってないけど。麻希ちゃんは頭が良さそうだから、羨ましいよマジで」

「そんなことないですよ」

 嘘である。私の通っていた大学は、日本人なら誰でも知っている有名大学だ。昔からずっと学業面でも秀でていて、そのおかげで良い企業に勤めることが出来ている。今羽も大体は察しているのだろう、「嘘ばっかり言っちゃってー」と茶化す。

「っていうか、俺の方が年下だから敬語じゃなくていいよ。その方が話しやすいっしょ?」

 事実である。敬語というのは自分を守ってくれるバリアではあるのだが、扱うのが難しい。

「じゃあ、普段通りの口調で話すわね」

 いつもの口調に戻った時に、一気に気がほぐれた。今羽がそこまで意識していたとは思えないが ̄ ̄いや、案外計算かもしれない。この男は何処か得体が知れず、底が深い様な気がするのだ。根拠は何かと問われれば、女の勘と言うしかないのだが。

「うん」

 嬉しそうに、にこりと笑う今羽。その愛くるしい表情で、何人の女性を落としてきたのだろう。

「そういえば訊いてなかったわね、貴方の趣味は?」

 古着らしきものを着ている所を見ると、サブカルに染まった街を徘徊していたりするのだろうか。そんな想像が脳裏をよぎったが、答えは全く違うものだった。

「俺の趣味?神社巡り、盆栽、あと鉄道見たり乗ったり……普通に音楽聴くのも好きかな」

 前半部分だけ切り取れば、老人の趣味のように思える。意外な返答、そして自分と全くかみ合わない趣味に「そうなの……」と言うことしか出来なかった。

「……今じじくさいって思ったっしょ」

 怪訝な目つきの今羽。

「思ってないわよ。ただ意外ね、とは思ったけれど」

 私はくす、と笑った。嘲笑ではなく、心から楽しいと思ったときの笑いだ。

「……麻希ちゃん、そっちの方が魅力的な顔してるよ」

 対する今羽は、甘い口調で私のことを落としにかかる。しかし、それに乗ってもいいかと思う自分がいた。


 私は元来男嫌いだ。何故なら、昔振った男に粘着され面倒な目にあったからだ。具体的に言えば、家の前で ̄ ̄とはいっても、私はマンション住まいだが__待ち伏せされる、など。好きの反対は無関心と言うが、私はそうではないと思っている。「好き」の反対はやはり「嫌悪」だ。あの事件からは数年経てど、私の心はそこに留まっている。忘れられないのだ。男性嫌いだったのは元からで、彼氏も作ったことがない。あの男は一方的な逆恨みに過ぎない。それでも心の傷として、残り続けているのだ。


「麻希ちゃん大丈夫?なんか顔色悪いけど」

 気が付けば、私の顔を覗き込む今羽。そこには、心配の色があった。私のことを気にかけてくれていたらしい。

「大丈夫よ、少し考え事をしてただけ」

 そう返すが、変化には気づきやすそうな今羽のことだ。見透かされているかもしれない。

「大丈夫じゃないっしょ、麻希ちゃん。初対面の俺が言うのもなんだけど、話聞こうか?」

 やはりめざとい。一見普通の大学生らしく振舞っているが、その洞察力は目をみはるものがある。

「いいわよ、大したことじゃないから」

「嘘、じゃあなんでそんなに顔色悪いの?さっきから変だよ」

 私の想像以上に、今羽は鋭い。人の心に入り込んでくる術も一人前だ。現に私も、彼の雰囲気に吞まれつつある。

「……貴方には関係ないわ」

「そりゃそうだ、けど……目の前で顔色悪い人助けちゃダメなん?」

 じっと見つめてくる瞳の色は、光の加減で赤っぽくも見える。その色が綺麗で、見つめ返してしまう。

「……本当に大した話じゃないの、昔振った男に粘着されてたってだけ」

 つい、漏らしてしまった。私は、いつからここまでガードが緩くなったのだろう。今羽は言葉を探しているようだったが、やがて口を開いた。

「大した事じゃん……」

その一言だけ、だった。

「もう終わったことだもの。警察に通報して、対処してもらって……」

 本当のことだ。警察が動かないとはよく言うが、実際にはそんなことはなかった。言えばきちんと対処してくれた。

「でも麻希ちゃんのトラウマなんしょ?」

「……」

 その問いに関しては、黙り込むしかなかった。確かに私の男性嫌いの一因を担っているが、男嫌いは生粋のものだから。それにトラウマなんて探していたらキリがない。今やっている仕事でトラウマになったことも、一つや二つではない。

「……無理にとは言わないけどさ、試しに俺たち『友達』になってみない?良かったら付き合う。悪くないんじゃない?」

 友達。私にとっては、同性しかいないもの。ただ、今羽はほかの男性陣と何かが違う。なるだけの価値は、あるかもしれない。男嫌いとばかり主張していても、前に進むことはないのだから。

「出会いがしらはナンパかと思ったけど……貴方、優しいじゃない」

 私はスマートフォンを取り出し、連絡先を表示する。今羽もそれにならう。


 たまには男女間での友情も、悪くないかもしれない。

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謎多き彼と私と。 景文日向 @naru39398

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