第33話 勇者になろう


 戦いは、終わった。


 デインは足を止め、長い息を吐く。


 息とともに身体中の力が抜け、そのまま倒れかけたが、水月を地に突き刺し支えにすることでどうにか踏みとどまる。

 そして、同じく倒れかかっていた『彼』に手を伸ばす。


『彼』――シュナイデルは、黒い蒸気を全身から立ち上らせながら、次第に人の姿を取り戻しつつあった。

 そんなシュナイデルを、デインは抱き止めた。


「……貴様に、なんて……助けられたく、なかった……」


 シュナイデルが弱々しい声を出した。

 身体はぐったりと弛緩し、体重はすべてデインの腕に預けられている。

 生きていてくれたことに、デインは安堵する。


「だろうな。けど、俺はおまえを助けたかったんだよ」

「どう、して……」


 シュナイデルの肥大化していた体躯が縮むにつれて、デインの腕にかかる体重も軽くなっていく。


「俺は、もう一度勇者をやるって決めたんだ。みんなを守れる勇者に、今度こそ、なる」

「何を、今更……」

「ホント、今更だよな。ずいぶん時間を無駄にしちまった。おまえには感謝してるよ。俺がいない間、魔王軍の残党と戦ってくれたんだよな」

「……俺は、貴様を、殺、そうと、したんだぞ……」

「おまえには、その資格がある。すまなかったな、本当に」


 デインは片腕で抱き止めていたシュナイデルを、両腕で抱きしめる。


「サクラが死んで、俺は潰れちまったが、おまえは腕を磨いて戦い続けたんだもんだ。たいした奴だよ」

「……っ」


 シュナイデルが喉を詰まらせ、上半身をわななかせる。


「なあ、シュナイデル。俺と一緒に勇者をやらないか?」

「……何を、言っている」

「サクラが言ってたんだ。おまえに会ったら、勇者のなんたるかを教えてやってくれって。きっと、立派な勇者になるからって。俺は人に何かを教えてやれるような人間じゃない。勇者のなんたるかなんて、俺のほうが教わりたいぐらいだ。俺はおまえの師匠にはなれない。だから……だからさ、一緒に、勇者をやろう。勇者になろう」

「……できるわけ、ないだろ」


 シュナイデルの手が、デインの服の背中をつかんだ。


「俺は、罪人だ……」

「ああ、そうだな」


 たしかに、シュナイデルは罪を犯した。

 魔人に唆されて国王に薬を盛り、意のままに操った。さらに、魔人や魔獣を使役して、人を襲わせた。

 その罪は、償わなければならない。


「けど、人はやり直せるんだ。おまえなら、大勢の人を助けられる。それで全部許されるわけじゃないが、大事なのは許されることじゃない。償うことだ。償い続けていくことだ。違うか?」


 シュナイデルはデインの肩に顔を埋め、頭を振った。


「……俺は、あんたみたいに強くはない、ん、だ……」

「……シュナイデル?」


 シュナイデルは意識を失っていた。

 一瞬、死んでしまったのではとヒヤリとしたが、かすかに呼吸の音が聞こえる。

 デインは再び安堵しつつ、シュナイデルの背中を軽く叩いた。


「これからだよ、おまえは」


 そして、シュナイデルをそっと横たえると、地に刺していた水月を鞘に収め、ソラの許へ向かう。


 青龍は既にその輪郭を失い、霧と化して消えつつあった。

 ソラは薄霧の中、両膝をついた格好のまま、デインを見ていた。


「少しはかっこいいところを見せられたか?」

「はいっ。惚れ直してしまいました」


 デインは苦笑を滲ませつつソラの前に屈み、ソラの頬に触れた。

 白かった頬には、目から流れ出た血の跡が残っていた。

 青の森では泥に、今は血に。


(俺は、こいつの可愛い顔を汚してばっかりだな)


 だが、おかげで勝つことができた。シュナイデルを――サクラの弟を、死なせずにすんだ。

 心から、デインはソラに感謝していた。


「ソラ」


 名前を呼ぶと、ソラは「はい」と応えて、頬に触れるデインの手に、小さな手を重ねてきた。


「おまえは、俺の……」


 不意に気恥ずかしくなって、デインは言葉を呑み込んだ。


「……デイン?」

「なんでもない」


 ソラは小首を傾げ、


「わたしには、なんでも言ってください……ね……」


 言いながら、ゆっくりと瞼を下ろしていった。

 前のめりに倒れかけた彼女を抱き止める。


「気を失ったか……」


 無理もない。魔法に詳しくないデインにも、青龍の召喚がとてつもない大魔法だということはわかる。ソラの消耗は、あるいはデイン以上かもしれない。

 デインはソラを抱きかかえ、立ち上がった。


「問題は、王都に辿り着けるかだな……」


 王都ヒンメルは目と鼻の先だ。しかし、ソラ、ラシャ、シュナイデルの三人には意識がなく、デインも立っているだけで精一杯の状態だ。


(誰か、人を呼びにいくしかないか……)


 そう思った矢先、かすかに地が震えた。

 そして、視界の先に、騎影が見えた。それも、一つではなく無数に。土埃を立てながら、こちらに向かってくる。


「あれは……」


 年を取って視力も落ちてしまったが、それでも先頭の騎手が女性であることはわかった。

 たなびく長い髪。その色も見て取れた。青だ。ソラのそれと同じ、蒼穹の色。


「フェリナ様……!?」

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