第31話 約束を砕く
それが、人間どもが魔の鎧と呼んでいるものの、本当の名前だった。
先々代の魔王――魔女王ジャハンナに、当時魔界一の鎧鍛冶と謳われていたザーガイムが、魔女王の勝利を祈願して献上した、最高傑作である。
魔女王は鎧の性能を褒め称え、ザーガイムに絶対の勝利を約束した。故に、その鎧は約定の鎧と名付けられた。
しかし、魔女王は当時の勇者に敗れ、約定の鎧も大きく破損した。約定は、果たされなかったのだ。
己の技術の粋を尽くした鎧が魔女王を守れなかったことを嘆いたザーガイムは、約定の鎧の修復を試みる。
ただ直すだけでは足りない。より強固に、主を絶対に守る無敵の鎧にしなければならない。
最高傑作を、さらに鍛える。それは、容易なことではなかった。
己の才能の限界を突きつけられたザーガイムは、思い余った末に、息子を使うことに思い至る。
彼の息子は、自身と鉱物を融合させ、鉱物の性質を強化するという固有魔術を持っていた。
ザーガイムは、息子を約定の鎧に融合させ、あろうことか、分離できないよう封印を施してしまったのだ。
息子の名はヴィルガイム。
ヴィルガイムの力で約定の鎧は無敵にも等しい強度を得たものの、代償としてヴィルガイムは鎧と一体化したまま生きていくことを余儀なくされた。
(嫌だ! このまま、鎧のまま生きていくなんて、絶対に嫌だ!)
父の施した封印を破ろうと足掻くうちに、ヴィルガイムは自らの魔術を進化させる。鎧の着用者の肉体を乗っ取れるようになったのだ。
新たな約定の鎧の最初の着用者は、ヴィルガイムの従兄弟だった。
従兄弟の肉体を乗っ取り、自由を得たヴィルガイムが最初にしたことは、父の殺害だった。
父への復讐を遂げたヴィルガイムは、その後、先代の魔王グインベルムに力を認められて、
結局、鎧からの分離は叶わないままだったが、魔軍の将として戦果を上げることに、ヴィルガイムは己の価値を見出した。自分をこんな姿にした父に、感謝さえした。
そんなヴィルガイムの前に、一人の人間が立ちはだかる。
勇者デイン。
勇者と称される、あるいは自称する人間を、ヴィルガイムは幾人も屠ってきた。
誰の剣も、魔法も、約定の鎧に傷一つつけることはできず、人間どもは約定の鎧を魔の鎧と呼称するようになった。
魔の鎧を纏いし鎧の魔将ヴィルガイムは、絶対無敵。の、はずだった。
あの男は、勇者デインは、無敵のはずの魔の鎧に無数の傷をつけ、宿主の肉体を破壊した。
たかが人間の分際で!
魔の鎧を修復し、力を取り戻すまでの長い眠りの中で、ヴィルガイムはデインへの憎悪を増幅させていった。
魔の鎧は無敵でなければならない。魔の鎧に傷をつけた存在を、生かしておくわけにはいかない。
時間はかかったが、ヴィルガイムは新たな肉体を得た。人間だが、最初の宿主だった従兄弟よりは遥かに強い。
シュナイデルという優秀な宿主のおかげで、ヴィルガイムは、魔の鎧は、さらに強固になった。今度こそ、絶対無敵になったのだ。
この力で、勇者デインを殺す。人間ごときに傷つけられた汚名を濯ぐ。はずだった。
破損した手甲に、ヴィルガイムは白い双眸を見開き、震える。
またしても。またしても、あの男が、勇者デインが、魔の鎧に傷をつけた。否、傷どころではない。砕かれたのだ。
「フッ……ククッ……」
全身を震わせて、ヴィルガイムは笑う。
「ククッ……ハハッ……ハハハハハッ!」
笑いながら、手甲を砕かれた右腕を掲げる。
露わになっていた人ならざるものの腕が、黒く禍々しい装甲に覆われていく。
手甲が、再生されたのだ。
「勇者デイン! どこまでも、どこまでも鬱陶しい人間! だが、勝つのは私ですよ!」
シュナイデルという優秀な宿主を得て、ヴィルガイムは強くなった。それは、ただ強固になっただけではない。
自己修復の力もまた、格段に強化されたのだ。
いかなる攻撃にも傷つかず、万が一、本当に万が一、傷ついたとしても、即座に修復される。
無敵! 魔の鎧は――ヴィルガイムは、絶対無敵なのだ!
笑んで細めた眼を、ヴィルガイムはデインに向ける。
デインの闘気が、炎の如く逆巻いているのがわかる。もはや、デインに余力はない。最後の攻撃を仕掛けてくるつもりだ。
「さあ、きなさい! あなたの死を以て、私が絶対無敵の鎧であることの証としましょう!」
ヴィルガイムの濁った声が曙光の丘に高く響く中、デインが最後の突撃を敢行する。
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