第30話 これが、究極の刃


 青く、青く、青い。


 蒼天の如き澄み渡る青と、深い海を思わせる暗く濃い青。

 水月の青い刀身が、この世のすべての青を宿したかのような光を強く放っている。


「う……っ」


 傍らのラシャが呻いた。

 片腕で支えていた彼女を、そっと横たえる。


 青龍の口から激流が吐き出されるその瞬間に、ヴィルガイムの後ろで倒れていたラシャを、デインは救出していたのだった。


「よく、がんばったな」


 ラシャの血に汚れた頬を、指先だけで軽く撫でる。

 ラシャは薄く目を開け、弱々しく笑った。


「あんたとソラが繋いでくれたものは、無駄にはしない」


 デインは立ち上がり、ヴィルガイムを見た。そして、声を放つ。


「シュナイデル!」


 ヴィルガイムではなく、シュナイデルに向けて。


「今、助けてやるからな!」


 しっかりと声が出た自分に、微苦笑する。

 山を下りてしばらくは、少し大きい声を出しただけでむせていたというのに。


(俺も、ずいぶんマシになってきたじゃねぇか)


 骨と筋肉が軋んでいる。身体中がたまらなく痛い。特に痛いのが胸だ。心臓と肺が、これ以上酷使しないでくれと悲鳴をあげている。


(もう少しだけ、もってくれよ)


「なんですか、その剣は?」

「ん? なにって、水月だよ。知ってるだろ?」


 ヴィルガイムからの問いに、デインは軽く答える。


「ええ、ええ、知っていますとも。無敵の鎧であるはずの私を傷だらけにしてくれた忌まわしい剣だ。だが、訊いているのはそんなことじゃあないんですよ! 明らかに、先ほどまでとは様子が違う! 二十年前だって、そんなふうに光ってはいなかった!」

「ああ、まあ、そうだな」


 デインは水月の峰で、自分の肩をぽんぽんと叩く。


「ソラのおかげだよ」


 ヴィルガイムは顔を半分だけ振り向かせる。

 ソラは両膝をついた格好のまま動けずにいたが、彼女の背後には今も青龍が聳えていた。


 ソラにはもう、青龍に何かをさせるだけの力はない。

 青龍は、ただそこに在るだけだ。だが、それでいいのだ。青龍がそこに在るだけで、意味がある。


「まさか……!」


 ヴィルガイムはどうやら気づいたようだが、わざわざ正解を教えてやる義理もない。


 デインは水月を構える、その所作の途中で地面を蹴った。

 右に左に大きく蛇行しながら、闘気だけはまっすぐに飛ばす。

 身構えようとしていたヴィルガイムの動きが、デインの闘気に惑わされて、一瞬止まる。

 デインが刀の間合いに入るには、その一瞬で十分だった。


 青く輝く剣閃が、ヴィルガイムが防御のためにかざした右の手甲を打ち据える。金属音が高く響いた。


 ヴィルガイムが左の爪を振るう。その時には、デインは跳び退いていた。

 届いた烈風がデインの左の肩と頬を浅く切り裂く。炎による追撃は、ない。


「惜しかったですねぇ。まあ、当たったところで効きませんがね」

「どうかな。見てみろよ」


 ヴィルガイムは怪訝な眼を右の手甲に向け、その眼を見開いた。

 水月が打った箇所に、ヒビが入っていた。


 無敵の魔の鎧にヒビが。その時点で既に十分驚いていたヴィルガイムは、直後にさらに驚くことになる。


 手甲のヒビが方々に拡大し、その箇所がパラパラと砕けて剥がれ落ちたのだ。


「な……っ!?」


 デインは青龍を、そして水月を見た。


(こいつともそれなりに長い付き合いだが、まるで別物だな)


 水月は、ただ青く輝いているだけではない。凄まじい――手にしているデインが寒気を覚えるほどの力の気配をほとばしらせている。


 かつて魔王軍と戦い抜いた愛刀が、知り尽くしていると思っていた水月が、今、デインの知らない領域に達している。


 青龍だ。


 青龍の顕現により、この場の水の理の力はかつてないほどに高まっている。極まっている、といっていい。

 そして、水月は水の精霊王の力を宿す刀だ。水の精霊王もまた、青龍と同じように水の理そのものといえる存在である。

 そんな両者が呼応し、場の水の理の極まりと相俟って、水月の力を究極の領域にまで高めているのだ。


 これが、ソラが視た、ヴィルガイムを打倒する方法だった。

 実際に、究極の刃と化した水月は、無敵の魔の鎧を砕いてみせた。

 警戒は怠らず、デインは目を閉じた。

 ラシャが時を稼ぎ、ソラが術を与えてくれた。


(あとは、俺次第だな)


 デインは細く深く息を吸い、目を開けた。


「命よ、燃えろ」


 最後の、氣炎きえんの法を発動させる。


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