第27話 瞳が導く
「この命を炎に変えて!」
「おおおおおっ!」
気迫の声とともに振るわれた大太刀には、大岩さえ粉砕するほどの破壊力があった。
しかし、ラシャの渾身の一撃は、ヴィルガイムの左の手甲に軽く弾かれてしまう。
「その程度では、私には傷一つつきませんよ!」
ヴィルガイムが右手を振りかぶる。
その指先から、曲刀の如き爪が伸びた。
(あの攻撃は……!)
ヴィルガイムがラシャめがけて爪を振るう。
ラシャは苦しい体勢ながらもその攻撃をかわすが、無傷ではいられなかった。
爪は当たっていないにもかかわらず、ラシャの腕から鮮血が飛び散った。さらに一瞬遅れて、爪が通り過ぎた空間で炎が爆ぜた。
「
覚えがある。
ラシャは、烈風に腕を傷つけられても怯むことなく地を蹴り、炎を避けていた。
「初見で三重殺爪をかわすとは、やるじゃないですか!」
ヴィルガイムが爪を振りかぶりつつラシャに迫る。
腕から血を流しながらも、ラシャの闘気に揺らぎはない。
ラシャは、迫り来るヴィルガイムに対し、逃げるのでも迎え撃つのでもなく、自ら切り込んだ。
(それでいい)
デインは口許を綻ばせる。
ヴィルガイムの三重殺爪は、極めて避けにくい攻撃だが、対処法はある。ただし、実践するにはヴィルガイムに劣らない力と疾さ、何より、危険に飛び込む勇気が要る。そのすべてを、ラシャは持ち合わせていた。
「振り抜かせるな!」
デインが声を張った次の瞬間、ヴィルガイムの爪とラシャの大太刀が激突した。
火花が散りはしたが、それだけだ。ラシャは烈風に切り裂かれることも炎に焼かれることもなく、ヴィルガイムが顔を歪めた。
「ぬ……!」
これが、三重殺爪の攻略法だ。
三重殺爪の烈風と炎は、爪を振り抜くことで発生する。避けにくい厄介な攻撃だが、爪を振り抜かせなければ、追撃は免れる。
ラシャは深く踏み込み、爪を大太刀で受けることで烈風と炎の発生を阻止したのだ。
たった一言の助言で攻略法を理解し、実践してみせたラシャを心の中で称えつつ、デインは抱えていたソラを下ろす。そして、
(命よ、燃えろ)
氣炎の法を使い、増強した脚力でヴィルガイムに肉薄する。
放った斬撃は、渾身。
水月がヴィルガイムの背中を打ち据えるが、手応えは鈍い。ダメージにはなっていないが、それでもヴィルガイムの動きは一瞬、止まった。
その隙を、ラシャは見逃さない。ヴィルガイムの爪を押し返し、がら空きの右脇腹に一閃を見舞う。
同時に、デインは左の脇腹に水月を叩き込んだ。
「ぐ、ぬう……っ!」
左右からの同時攻撃に、ヴィルガイムの顔が歪む。
だが、
「離れろ!」
デインは追撃を諦め、飛び退いた。ラシャもそれに倣う。
刹那、ヴィルガイムの爪が唸りをあげ、烈風と炎が荒れ狂う。
あのまま追撃をかけていたらやられていた。
(たいして効かないか)
デインとラシャ。ふたりの同時攻撃ですら、通用しない。
「老いましたね、勇者デイン! かつてのあなたの攻撃は、こんなものではなかった!」
ヴィルガイムが哄笑を響かせる。
「まったく、年は取りたくないもんだな」
喉元を伝う汗を手の甲で拭って、デインは独りごちた。
(だが、それだけじゃないな。あの野郎、強くなってやがる)
デインが弱くなったのは事実だが、ラシャとの同時攻撃は、それなりに効くというのがデインの目算だった。それが、外れた。
(宿主にされた人間の強さが、野郎の強さに影響してるってわけか)
二十年前のデインでも破壊しきれなかった魔の鎧が、さらに強度を増したいうのは、なかなかに絶望的な事態だった。
(さて、どうする?)
鎧が硬いのであれば、鎧に覆われていない部分を攻撃するしかない。具体的には、首だ。
しかし、それは容易ではない。当然ながら、ヴィルガイムは弱点である首への攻撃を何よりも警戒している。二十年前での戦いでも、首への攻撃が成功したのは、最後の最後だった。デインは、ヴィルガイムの首だけは守ろうとする意識を逆手に取って、首を狙うと見せかけて他の部位への攻撃を積み重ねたのだ。
(どのみち、首は狙えない)
首を刎ねればシュナイデルを殺してしまう。彼を死なせずにヴィルガイムを倒すには、致命傷を与えずにヴィルガイムの意識を絶つしかない。
(考えるのは、得意じゃないんだがな)
かつての勇者時代にも、正面突破の難しい敵とは何度も戦った。その時には、相棒だったサクラが策を授けてくれたが……。
「デイン殿! 私が時を稼ぎます! 姫様の許へ!」
ラシャが叫んだ。
「姫様が、あなたを勝利に導きます! 必ず」
そして、赤髪の女剣士は勇ましい雄叫びをあげてヴィルガイムへの突撃を敢行した。
「ラシャ……」
デインは逡巡する。
ラシャは氣炎の法を維持したままヴィルガイムに立ち向かうつもりだ。
氣炎の法は、身体能力を、あくまでも瞬間的に強化する技だ。維持するものではない。鬼人の血を引くラシャは、人間であるデインよりも氣炎の法への適正があるが、それでも命を燃やし続けるのは、肉体への負担が大きい。
「任せる! 死ぬなよ!」
ラシャを、信じる。
ソラとラシャ。ふたりがデインを信じてくれるように、デインも彼女らを信じる。
「無論です!」
闘気を漲らせながら、ラシャは横目で笑んでみせた。
デインは頷いて、後退する。
氣炎の法を解く。鉛を吊されたように全身が重くなり、筋肉と骨が軋む。
「ソラ」
乱れた息をどうにか整えながら、デインはソラに声をかける。
「シュナイデルを死なせずに、あいつを倒すにはどうすればいい」
「…………」
デインの問いかけに、ソラは無言。空色の瞳は、大きく見開かれてまっすぐヴィルガイムに向けられている。
「奴の硬さは絶対的だ。俺の奥義でもビクともしなかった。俺の力じゃ、あの鎧は破壊できない。魔法でも、おそらく無理だ。サクラの魔法も効かなかった」
「デイン」
ヴィルガイムに向けた視線は微動だにしないまま、ソラがおもむろに口を開いた。
「わたしは母から魔法を学びました。今も修行中の身です。デインは、魔法を学んだ経験はありますか?」
「サクラに少しだけ教わったが、理がどうとか、俺にはさっぱりだったよ」
「魔法とは、この世の理に、己の魔法力を媒介にして干渉し、一時的に操る技術です。魔法力が大きければ、理に干渉する力も強くなりますが、それだけでは魔法は強くなりません。理を、より深く理解する必要があるのです」
「サクラもそんなことを言ってたな」
「火の理、水の理、風の理、地の理、天の理、力の理、命の理……多くの理を学ぶ中で、わたしは一つの真理を得ました」
大きく見開かれたソラの目が、デインを見た。
「それは、この世に絶対はない、ということです。魔の鎧も例外ではありません」
デインは浅く息を呑んだ。
「……壊せるってのか、あの鎧を」
「壊せます」
ソラは断言した。
「どうやって?」
「方法は、この目が教えてくれます」
ソラの瞳の色が変わっていく。蒼天の青から、赤と橙を混ぜたような暁の色へ。
「天眼か……!」
不可思議の瞳を、ソラは殊更に大きく見開いて、見る。
その
「お、おい」
血を流しながらも、ソラは目を見開くのをやめようとはしない。
天眼は、任意で使えるものではないと、ソラは言っていた。自分の意志とは無関係に、ふと見える、天啓のようなものなのだと。
しかし、今は。
「おまえ、まさか……自分の意志で天眼を使ってるのか!?」
ソラからの答えは言葉としては返らない。
だが、ソラの瞳が。その瞳に漲る気迫が、なによりの返答だった。
ゆっくりと、ソラが瞼を下ろす。
「……見えたのか?」
一度、大きく深呼吸をして、ソラは目を開けた。
瞳の色は暁のそれではなくなっていたが、充血と流血で赤く染まっていた。
ソラはデインを見上げ、言った。
「見えました」
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