第24話 荒れ狂い、狂う
流れが変わった。
「どうですか? ラシャ」
傍らのソラに問われ、ラシャは答える。
「デイン殿が優勢です」
ソラを安心させるために嘘をついたわけではない。
デインとシュナイデルの戦いは、相変わらずシュナイデルが一方的に攻め立てているように見える。
シュナイデルの攻撃は激しさを増している。怒りで冷静さを欠いているようだが、だからといって動きが雑になっているわけではない。
しかし、その猛攻は、デインにかすりはしても深手を与えられずにいた。
デインの動きは、疾さこそシュナイデルに劣っているものの、巧みだった。
左右への緩急をつけた動きで相手の目を騙しつつ、不意に縦軸、あるいは斜め軸の動きに切り替えて一撃を見舞う。かと思えば、左右の動きからそのまま攻撃してくる。
単調なようでいてつかみどころがない。その動きに騙されないようにと意識すればするほど、いいように弄ばれてしまう。
シュナイデルは、さぞかし苛立っていることだろう。焦り、戸惑っていることだろう。
(これが、デイン殿の強さだ)
旅の間、幾度となく手合わせをしたが、ラシャが勝ったことはただの一度もない。
どれだけ最速の剣を繰り出しても、隙を突いたつもりでも、軽くいなされてしまう。まるで霞を切りつけているかのような手応えのなさに、焦り、戸惑い、追い詰められてしまうのだ。
デインの強さを支えているものをラシャが理解したのは、ほんの数日前だった。
相手の動きを先読みできるほどに深く見極める観察眼と、緩急自在の足運び。
その二つによって、デインは自分以上の力の強さや疾さを持つ相手さえ、手玉にとってしまう。
さらに言えば、その二つの土台となっているのは、豊富な戦闘経験だろう。
シュナイデルも数え切れないほどの死線をくぐってきた歴戦の剣士であるはずだが、魔王を打倒した勇者以上の戦闘経験を持つ者など、この世にいるはずもない。
デインの剣は、既に何度かシュナイデルの鎧を捉えていた。
首を狙っていれば、とっくに終わっているはずだ。だが、デインはそうせず、鎧部分への攻撃を繰り返している。シュナイデルを殺さずに制圧するつもりなのだ。
(まったく、損な御仁だ)
シュナイデルの鎧は相当に硬いのか、デインの斬撃にも切り裂かれてはいない。それでも、水月が鎧を打ち据える度にシュナイデルは短い悲鳴をあげ、その動きは徐々に鈍っている。――効いている。
「この勝負、デイン殿の勝ちです」
「…………」
ソラを安心させようと言ったラシャだが、ソラは無言。
「姫さま?」
「……嫌な予感がします」
ラシャはソラの顔を覗き込み、驚く。
ソラの瞳が、赤みを帯びていた。
(天眼……!)
すぐに、瞳は元の空色に戻り、ソラはこめかみに手をやってよろめいた。
「姫様!」
「大丈夫です」
ソラは、こめかみに手をやったまま軽く頭を振って、デインとシュナイデルの戦いに視線を戻した。
「何か、見えたのですか?」
「はっきりとは……ほんの一瞬だったので。ただ、シュナイデルに、何か……とても禍々しい影が覆い被さって見えました」
ソラの天眼が映し出したものに、間違いはない。天眼とはそういう力だ。シュナイデルには、まだ何かがある。
ラシャは細く深く息を吸い、闘気を練る。
デインには手を出すなと言われているが、従うつもりはなかった。いざとなったら割って入る。絶対にデインを死なせはしない。
ラシャにはソラのように未来を見る力はないが、それでもわかる。
デインはこの世界に必要な人だ。
「ラシャ」
ソラが言った。ラシャの心の声が聞こえていたかのように。
「わたしも同じ思いです」
「姫様……」
呟いたラシャを、冷たい空気が撫でた。
ラシャは驚きの目でソラを見る。
冷たい空気の源は、ソラだ。ソラの纏う空気が、寒気がするほどに冷え込んでいる。
魔法力が高まり、研ぎ澄まされているのだ。
水の理魔法を得意とするソラの魔法力は、冷たい。魔法力が高まるほど、そして研ぎ澄まされるほどに、ソラの纏う空気は魔法力に当てられて冷えていく。
今、ソラは触れれば凍りついてしまいそうなほどの冷気を纏っている。
かつてないほどに、ソラの魔法力が極まっている証拠だ。
ソラが魔法を使う場面は何度も目にしているが、本気で戦う姿を見たことはない。
ごくり、とラシャは喉を鳴らした。
※※※
硬いな、とデインは心の中で呟いた。
デインの斬撃は既に幾度もシュナイデルの鎧を捉えていたが、鋼鉄でさえ紙の如く切り裂く水月を以てしても、シュナイデルの鎧は切れずにいた。
ただの鎧ではないことは明らかだった。
(あの鎧、どこかで……)
見覚えがある気がするのだが、思い出せない。
水月でさえ容易に切れない敵と戦った経験は一度や二度ではない。魔人の使う鎧や盾には強固な物が多かった。皮膚や鱗が精霊真銀以上の硬度を誇っているものもいた。
そういった敵への対処方法は、いたって単純だ。硬くない箇所を狙うか、あるいは硬い上からしつこく叩いてダメージを蓄積させていくか、だ。
シュナイデルの場合、首を狙えば話は早いが、それはできない。鎧の上から打撃を重ねていくしかない。
「死ね! 切り裂かれ、叩き潰され、惨めに惨たらしく、俺の前に屍をさらせえっ!」
シュナイデルの剣は、いよいよ雑になっていた。もはや、ただ振り回しているだけといった感じだ。もうなるともう、デインにはかすりさえしない。
殴りつけるようなシュナイデルの斬撃をかわし様に、脇腹と背中に斬撃を打ち込む。
「ぐあっ!」
シュナイデルは大きくたたらを踏み、ついにそのまま片膝をついた。
がら空きの後頭部に、デインはゆっくりと水月の切っ先を突きつける。
「まだだ……!」
片膝をついたまま、シュナイデルは顔だけを振り向かせる。
「俺は、貴様には……貴様にだけは絶対に負けない……!」
シュナイデルは既に肩で息をしていたが、その呼吸が、さらに激しくなった。
「はあ、はあ……はあっ……!」
荒れた吸気と呼気を繰り返しながら、シュナイデルは立ち上がり、そして。
「がああああああああああっ!」
獣の如く吠えた。
デインは目を
咆吼とともに、シュナイデルの体躯が一回り大きくなったのだ。
腕が、足が太くなり、鎧越しにも胸板と背中が厚みを増したのがわかる。四肢と同様に太くなった首には、くっきりと動脈が浮かび上がっている。
「ぶっ潰れろおっ!」
大音声とともに振り下ろされた剣が地面を叩く。
剣撃の域を超えた破壊力に、地が裂け、震えた。
咄嗟に大きく飛び退いてこれをかわしたデインだが、下手に受けていたら、水月である程度衝撃を殺せたとしても、それでもなお腕がへし折れていただろう。
「ハハッ……! どうだ! これが俺の、本当の力だ!」
(
自らの生命力を活性化することで身体能力を一時的に増強する氣炎の法は、デインが師から教わった切り札のような技ではあるが、ラシャにも説明したように、特別な技というわけではない。一流の剣士・戦士は、同様の技術を身につけているものだ。
しかし。
(体格まで変わるとは)
氣炎の法では、ああはならない。
「勇者は、俺だ! 俺が本物の勇者なんだ! おまえは偽物だ!」
シュナイデルの剣が唸りをあげる。それはもはや剣術と呼べるものではなかった。
ただ力任せに振り回しているだけだが、その破壊力が尋常ではない。かわしたとしても、剣圧だけで吹き飛ばされそうになる。
「偽物は偽物らしく、無様に死ねえっ!」
しかし、シュナイデルの強化には、致命的な弱点があった。
デインめがけて振り下ろされた剣が、地を爆砕する。
デインは剣の間合いの遥か外。剣圧もさほど感じない距離だ。
「遅い」
どれだけ攻撃力が凄まじくても、疾さが伴っていなければ意味がない。
シュナイデルの強化の、それが弱点だった。
増強しているのは攻撃力ばかりで、疾さはほとんど変わっていない。それどころか、身体だが重くなった分、遅くなっている。
剣撃も大振り一辺倒で見切りやすい。
冷静さを欠いているせいもあるが、自分の力を制御できていないのだ。強すぎる力に身体が振り回されてしまっている。
「当たれ当たれ当たれ当たれ当たれ当たれ当たれえっ!」
シュナイデルの剣はひたすらに空を切り、あるいは大地を割り続ける。
「当たれえっ!」
横一文字の薙ぎ払いを、上に跳んで避けたデインは、空中で身体の向きを変えてシュナイデルの背面に降り立ち、水月を構える。
「もう、終わりにしよう」
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