第14話 何度も見てきた光景


「罪を悔いろとは言わない。だが、せめて地獄に落ちろ」


 半蜘蛛の魔人を真っ二つにした大太刀から、理力の光が消える。


「ラシャ!」


 ソラが笑顔で駆け寄ってくる。その後ろを、デインがゆっくりと歩いてくる。


「姫様……申し訳ありません」


 主であるソラを置き去りにしてしまった。デインがいたとはいえ、従者として許されることではない。

 いいえ、とソラは首を横に振る。


「謝る必要はありません。あなたが迷わず走り出したからこそ、守られた命があります」

「しかし……」

「あの、母子おやこは無事ですよ。安心してください」


 ラシャは疲れた笑みを浮かべる。

 あの母子を救ったのは自分ではない。デインだ。

 

 結局、自分に何ができたのか、と思う。

 ソラとデインのおかげで敵を倒せはしたが、それだけだ。誰も救えてはいない。

 どうしようもない無力感が胸を締めつける。


(あの男は、こんな思いを何度も味わってきたのか……)

 ラシャはデインを見た。


「あー、おっきな怪我はなさそうだな」


 ソラに遅れてやってきたデインが、首の後ろをさすりながら声をかけてきた。

 ラシャはまっすぐデインに向き直り、その場に片膝をついた。


「勇者殿! 勇者デイン殿!」

「おわっ!?」


 突然、ラシャが片膝をついて声を張ったので、デインは驚いた。


「これまでの数々の非礼、どうかお許しいただきたい!」


 ラシャは、深く頭を垂れ、大太刀をまるで差し出すように地面に置いた。


「な、なんだよ藪から棒に……」

「私は、貴方を誤解していた。貴方の苦しみを解せず、逆恨みし、怒りをぶつけていた。到底、許されることではありません。お許しいただきたいと申しましたが、それが叶わないのであれば、どうかその刀で私をお斬りください!」

「待て待て待て!」

「貴方がいなければ、私にはあの母子は救えず、魔人も倒せなかった。貴方は、ただ強いだけではない。無礼な振る舞いを続けた私に、あの魔人を倒す力と機会を与えてくれた。その器の大きさに、私は打ちのめされたのです。貴方こそ、誠の勇者だ!」

「わかった! わかったから、顔を上げろ。な?」


 だが、ラシャは頑なだった。

 深く下げていた頭を地面に擦りつけ、平服した。


「ぐ……」


 どうやらラシャの中で自分の評価が変わったらしいが、極端すぎる。


(生真面目なのは悪いこっちゃないが……)


 デインは目でソラに助けを求めた。

 ソラはくすっと笑って、言った。


「ラシャ、顔を上げて。勇者様が困っていますよ」

「しかし……」


 デインはため息交じりにラシャの前にしゃがんだ。


「あんたの命は、フェリナ様と姫さんに捧げたものなんだろ? それを俺なんかに委ねるなよ。命は正しく使え」

「……! なんと寛大な」


 ラシャが、ようやく面を上げた。

 デインはラシャの額についた土を指先で軽く払って、言った。


「俺への無礼なんてどうでもいいさ。とりあえずは立って、もう一働きしてくれ。消火活動だ」


※※※


 燃える家々の火を消す。重労働になるかと思われたそれは、ソラのおかげですんなりと終わった。


「水の理よ。我が意に従い奔流となれ。『水流アクアストリーム』!」


 ソラが魔法で水の流れを生み、それを操って消火したのだ。

 ここでもデインはソラの魔法の腕前に驚かされた。

 火の気の多い場所では火の理の力が強くなり、相反する水の理に干渉することは難しくなる。にもかかわらず、ソラはやってのけたのだ。


「たいしたもんだな……」

「水の魔法は得意なんです」


 感心するデインに笑って答えたソラだが、やはりその顔には疲労の色が濃く滲んでいた。


「あんまり無理すんなよ」

「はい。さすがに少し疲れましたが、勇者様が頭をなでなでしてくだされば、元気になっちゃうかもしれませんよ?」

「……しないからな」

「勇者様、いじわるです」


 村が救えたとは言えないが、周囲の森にまで火の手が回ることは防げた。

 不幸中の幸いだったのは、数人だが、生き残った村人がいたことだ。

 森に逃げ込んで助かった彼らは、火が消えてほどなくして、恐る恐る村に戻ってきた。その中にはあの母子の姿もあった。


 家族の亡骸を前に泣き崩れる、あるいは焼けた家を前に呆然とする彼らにかける言葉を、デインは持たなかった。


「こんな光景を、貴方は何度も見てきたのか」


 ラシャの問いに、デインは「ああ……」と答えた。

 救えなかった村は、町は、いくつもある。その光景は、どれも目を閉じなくても鮮明に思い出せる。救えたものより救えなかったもののことばかり憶えている。


 デインとラシャは村人たちを遠巻きに見ているだけだったが、ソラは違った。

 悲嘆に暮れる彼ら一人一人に寄り添い、手を握り、励ましの言葉をかけている。

 深い悲しみや絶望を前に、言葉はほとんど意味を持たない。

 ソラにもそれはわかっているのだろう。彼女が、ただ言葉で励ますだけでなく、村人たちの手を握る際に、一緒に金貨を握らせていることにデインは気づいていた。


(やるじゃないか)


 家も財産も失った人々に必要なのは、希望――よりも、まずは金だ。希望だけでは生きていけないが、当面、食いつなげるだけの金があれば、その間に希望を見出すこともできる。それが現実だ。


「俺たちも、今できることをするか」

「命じていただければなんでもしますが……なにを?」


 デインは答える。


「墓掘り、だよ」

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