第12話 斬れざるを斬る


「せいぜい、派手に殺し合いなさいな」


 半蜘蛛の魔人――ラクネーが、両手の指を、まるで楽器を演奏するかのように軽やかに動かした。


 ラシャが、彼女自身の意志に反して斬りかかってきた。

 デインは再度目を凝らし、剣をはしらせる。


(糸で操られるってんなら!)


 糸を斬ってしまえば、ラシャは解放される道理だ。しかし――。

 デインの剣は、ただ空だけを斬った。避けられたわけではない。刃が糸をすり抜けてしまったのだ。


「ケヒヒヒヒヒッ!」


 その光景に、半蜘蛛の魔人は笑い声を響かせた。


「アタシの妖念糸は物理的な力じゃ斬れやしないよ!」


 舌打ちしたデインに、ラシャの大太刀が迫る。

 デインはそれを紙一重でかい潜り、ラクネーめがけて駆け出した。


「糸が斬れないなら、アタシを斬ろうって? まあ、そう考えるよねぇ」

「避けろおっ!」


 ラクネーの声にラシャの叫びが重なり、デインの頭のすぐ上を剛刃が通り過ぎた。

 ほんの一瞬でもかがむのが遅ければ、首と胴がお別れしていただろう。


「うわ、あああっ!」


 ラシャは止まらない。悲痛な叫びをあげながら大太刀を振るい続ける。

 デインの身のこなしを以てしても、回避に専念しなければ避けきれないほどに、その攻撃は激しい。

 何度か剣で受けたが、その度にデインは吹っ飛ばされかけた。


(この威力は……)


 ラシャが強いことはわかっていた。恵まれた身体能力に加え、それを鍛錬によって磨き上げた彼女の剣撃は、岩をも砕くほどだ。

 だが、今、デインに振るわれているラシャの剣撃は、デインの見立てを軽く超えている。


「ぐ、あ、ああっ!」


 ラシャの叫び声が苦痛のそれに変わった。


(ただ、操るだけの糸じゃないってことか)


 おそらく、糸で捉えた対象を強化する効果もあるのだろう。


氣炎きえんの法に似ているが……)


 デインが使う氣炎の法も身体能力を限界以上に高める技だが、ラクネーの糸とは大きな違いがある。

 氣炎の法はあくまでも技だ。使い手自身の意志で使う。一方、ラクネーの糸は強制的に対象を強化する。


(まずいな……)


 限界以上の身体能力を発揮すれば、当然、反動がある。筋肉はひきちぎれ、骨は砕ける。臓器への負担も大きい。

 このまま、操られたまま剣を振るい続ければ、ラシャは死んでしまう。

 どうにかラクネーを攻撃したいが、ラシャの攻撃が激しすぎる。


「ぐ、あ……殺、せ……っ!」


 ラシャが苦悶の形相で訴える。


「私を、殺し、て、あい、つを、倒せえっ!」

「そういうわけにもいかんだろうが」


 ラクネーに近づくどころか、ラシャの大太刀を剣で受けるごとに、デインは後退を強いられ、ラクネーが遠ざかっていく。

 手も痺れてきた。握力を失うのも時間の問題だ。


「殺、せ……っ!」


 涙交じりに、ラシャは声を搾り出す。


「ケヒヒッ。仲間を殺すなんて、できっこないわよねぇ。だってアンタは勇者なんだから!」


 ラクネーの言葉に、デインは心の中で「ああ、そうだ」と返した。


 もう一度、勇者の真似事をすると決心して山を下りたのだ。ここでラシャを死なせてしまったら、ソラにも、そしてサクラにも合わせる顔がない。なにより、自分で自分を許すことができなくなる。


「今、助ける。だから、泣くな」


 言って、デインは大きく飛び退いた。距離を取り、痺れる手で剣の柄を握り直す。

 

 剣が、光った。


「……!?」


 顔の横に構えた剣――その刀身が、突然、淡い光を放ち始めた。

 デインが何かをしたわけではない。


「これは……」

「勇者様!」


 その声に、デインは顔だけを振り向かせる。

 ソラがいた。

 目が合うと、ソラは大きな瞳に力を漲らせて深く頷いた。


 デインは状況を理解して、正面に向き直る。

 視線を外していた一瞬の隙に肉薄していたラシャが、大太刀を振りかぶる。

 その一撃が振り下ろされる間に、デインの剣が五度、はしった。

 大太刀はデインには当たらず、空振りの勢いのままにラシャは倒れる。


「な……っ!?」

 と驚きの声をあげたのは、ラクネーだ。


「アタシの妖念糸を、斬った……!?」


 デインの剣は、ラシャを斬ったわけでもただ空を斬ったわけでもない。ラシャの四肢と、そして首に巻きついていた糸を斬っていた。

 デインは光る剣を見る。


(『理力付与エンチャントフォース』か、やるじゃないか)


 デインの剣を光らせている力――それは、指定の物質に、この世の理から外れた存在に干渉する力を付与する魔法だ。

 この魔法を、デインは知っていた。

 剣で斬れない敵と戦う時は、サクラがこの魔法でデインの剣に光を与えてくれた。


理力付与エンチャントフォース』は、難度の高い魔法だとサクラに教わった。物質に与えた力を維持するのに、尋常ではない集中力を必要とするのだと。


 デインの剣はなおも光を放ち続けている。


(まったく、底の知れない姫さんだぜ)

 デインは笑みつつラクネーを見た。


「聞いてないわよ! お姫様が『理力付与エンチャントフォース』を使えるなんて!」


 驚きに顔を強ばらせていた半蜘蛛の魔人は、デインと目が合うと、八本の脚で、まるで地団駄を踏むように地面を叩いた。


「立てるな?」


 デインは倒れているラシャに声をかけた。

 ラシャは言葉ではなく、立ち上がってみせることで答えた。

 肩で息をしてはいるが、足にはしっかり力が入っているように見える。さすがの体力だ。


「勇者……おまえに頼みがある」

「いいぜ」


 デインの即答に、ラシャは驚いた顔を向けてきた。


「あの魔人を一人で倒したいんだろ? やりたきゃやってくれ。そのほうが俺も楽できるしな」

「……なぜ、わかった」

「敵にいいように操られて味方を攻撃しちまうなんて、あんたにゃ我慢ならんだろう。付き合いは短いが、それぐらいはわかるぜ。俺も、あんたと同じ剣士だからな」

「……礼は言わんぞ」


 ラシャが大太刀を構える。デインは後ろのソラに声をかけた。


「姫さん、頼む」


 デインの剣から光が消えた。そして、


「力の理よ。我が意に従い、彼の刃に宿れ。――『理力付与エンチャントフォース』!」

 入れ替わるように、ラシャの大太刀の刀身が光を纏った。


「感謝します、姫様」


 ラシャの闘気が研ぎ澄まされていくのがわかる。

 いい剣士だ、とデインは改めて思う。鬼人の血がもたらす高い身体能力を、鍛錬によってしっかりと磨き込んでいる。

 彼女なら、あるいは。


(試してみるか)


 ラシャの集中力を乱さないよう、デインはそっと下がった。そして、心の中で、こう声をかけた。


(ぶちかましてやれ)


「おおおおおっ!」


 デインの心の声が聞こえたわけではないのだろうが、まるで応じるようにラシャは声を響かせた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る