第32話「お姉さん指と赤ちゃん指が完全に伸びてやがる」

「今日は唐揚げ定食を食べたんだが、鳥の唐揚げは俺の中の美味いものランキングトップ3に確実に入るな! これは俺の自論なんだが、唐揚げというのは箸でつまんだ時にちょっと柔らか過ぎないかってぐらいのが美味いと思うんだが、コーエンはどう思う?」

「それには同意だな。唐揚げは昔から外はサクサク、中は肉汁がジュワッてのが美味しいって言うし」

「それだよ、コーエン! 噛んだ瞬間に旨味が爆弾のように口の中で弾ける揚げ物という料理方は人類が生み出した最高の英知だよ。だが不思議だ……揚げ物は基本的にはみんな美味しいが、唐揚げだけはなぜか特別に美味い気がするんだ。同じ鶏肉を使った揚げ物––––例えばチキンフライなんかと比べても––––いや、俺はもちろんチキンフライも好きなんだが……唐揚げはチキンフライとは比べ物にならないくらい美味い! アレはどういうことなんだ?」

「そりゃあ、唐揚げはチキンフライと違って、肉の方にも下味をつけるからな」

「そうなのか?」

「ああ、チキンフライは基本的にコショウを振るくらいだが、唐揚げは鶏肉に醤油をベースにした下味を付けて、肉自体に味を付けるんだ」

「なるほど、それでより味に深みがますのか」


 長々と料理トークをしてしまった。

 このやたらと食べ物に熱を出している男の名前はフィル。

 職業は王様。

 本名はやたらと長いし覚えてないので、いつも愛称でもある『フィル』で僕は呼んでいる。

 フィルは、先代の王様––––というか、旅行好きな両親が「私たち世界を旅したいから代わりに王様やって」という理由で早めに隠居したため、若くして王位についた。

 若いのに大丈夫なのかと周囲からは心配されたそうだが、頻繁に城下町を訪れ(ご飯を食べに)、国民の声を聞き(隠れた名店などを)、良い国づくりをしていると聞いている。


 そしてフィルは、僕の美食友達でもある。

 僕は美味い料理を作るため、フィルは美味い料理を食べるため、お互いに美味いものを追い求め、こうして時折ときおり情報交換をしている。

 フィルの美食探求は、王宮には一流の料理人が居るというのにも関わらず、大衆食堂から、屋台を始め、ありとあらゆる所へ触手を伸ばしている。

 僕もフィルの食べたものや、美味しかったものを聞いて、その料理を作ってみたり、自分の料理に活かしたりしている。

 いやぁ、久しぶりにこうやって料理の話を深く話せるやつと喋ると、盛り上がるね。


 ちなみにこの場所は、王宮にある応接室の一つ、『ピザの間』。

 昔はもっとちゃんとした名前だったが、いつの間にかそんな名前になってしまった。

 理由? 目の前にいる奴のせいだよ。


 このピザの間は城の入り口近くにあり、来客の多い王宮で最も人の出入りの多い場所でもある。

 室内の様子は、赤と白を基調とした豪華な雰囲気で、真ん中に置かれた赤い円形のテーブルに僕とフィルは腰掛けている。

 というか、この赤く丸いテーブルがピザの元だ。


「そうだコーエン」


 フィルは小脇から、紙袋を取り出した。


「クレープ買ってきたんだが、食べるだろ?」

「当たり前だ」


 そりゃあな、それが僕にとっては一番大事なやつだからな。

 王都にあるスイーツ店は、平均レベルが異常に高い。

 僕もこのクレープの味をしかと覚えて、吸収出来るところは吸収し、自分のクレープに落とし込まないとな。


「ところで、どこのクレープ買ってきたんだ? ラビアンローズか? マザーライナーのぽえぽえクレープか?」

「昨日出来たばかりの店だ。店名は確か……ワビサビクレープ」

「ほう……」


 この有名店ひしめくクレープ激戦区王都に出店するとはな。

 中々のチャレンジャーと見た。

 嫌いじゃないぜ。


「一応全種類買ってきたが……どうする?」

「全部食べるに決まってんだろ」


 フィルは指で自分を指す。


「俺のは?」

「ない」


 見つめ合う二人。


「買ってきたの俺なんだけど?」

「知らん」

「俺王様なんだけど?」

「僕はお客様なんだけど?」


 再び見つめ合う二人。


「なんだ、やんのかコーエン?」

「はあ? お前こそ僕に勝てると思ってるのか?」


 三度みたび見つめ合う二人。

 お互いに拳を握りしめ––––繰り出す。


『ジャンケンポイ! あいこでしょ! あいこでしょ! あいこでしょ! あいこでしょ! あいこでしょ! あいこでしょ! あいこでしょ! あいこでしょ! あいこでしょ!』


 負けるわけにはいかない!

 ここで負けたら、ハニーに顔向けできないからな!


『あいこ––––』


 ふっ、見える。奴の手の開き方が。

 お姉さん指と赤ちゃん指が完全に伸びてやがる。

 次の手は––––間違いなくパー!

 ならばそれを読み、チョキを繰り出せば勝てる!


 ––––とでも言うと思ったか?


 騙されるものか。

 これは間違いなくフェイクだ。

 開いた指を瞬間的に閉じ、途中でグーに変更するつもりだ。

 つまり僕の選択する手は当然パー。

 これで勝てる。


『で––––』


 やはり握り直したな。ここからの変更は不可の––––な、なにぃ⁉︎ 人差し指と中指を親指で包み、薬指と小指でチョキを構成するだと⁉︎

 くっ、反則スレスレの手じゃないか!

 くそっ、今からじゃ手の変更は間に合わない!


『––––しょ!』


 フィルが繰り出した手はチョキ。

 そして僕の手は––––グー。


「ひっ、左手だと⁉︎」


 驚愕の表情で僕の左手を見つめるフィル。


「ジャンケンに必ずしも同じ手で勝負しなければならないというルールは存在しない」

「卑怯だぞ! コーエン!」

「そんなチョキを出しておいてよく言えるな」

「ぐっ……」


 フィルは悔しそうにいびつなチョキを下げ、クレープを差し出してきた。


「仕方ない……お前の勝ちだ」

「当たり前だ」


 僕は差し出されたクレープを受け取る。

 途中で出す手を(二重の意味で)変え、ズルみたいなことをしたのは間違いないが、それはフィルだって同じだ。

 お互いにズルをしたとはいえ、ジャンケンに勝ったのは僕だ。

 ならば、僕の勝ちは正当なものであり、このクレープも僕のものだ。

 フィルは「まあいい」とため息をつき、


「それに、お前に頼みたいこともあるし––––」


 ドォオオオオオオオンッ!

 フィルの言葉は突然響き渡る轟音にかき消され、地面が揺れた。

 続いて聞こえる人の叫び声。


「きゃああああああっ!」「危ないっ!」「こっちだ! こっちに避難しろ!」「うわっ、ヤバいって! マジでヤバいって!」「大丈夫だ! マニュアル通りに行動しろ!」


 再び聞こえる轟音。

 そして。

 応接室の扉が。

 壁が。

 大きな音を立てて、吹き飛ばされた。


「あっれぇ、王様ここにいんじゃん」

「なんだ、逃げたんじゃねーのかよ」

「っておい、黒い髪に赤い瞳、アレって虹炎じゃね?」


 輝く赤い瞳が六つ。

 魔力エリートの証。

 ––––レッドアイ。

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