第31話「そっちの方が儲けられるし」
ハニーはメロンパンを片手に資料に目を凝らす。
「何見てんだ?」
「今月の売り上げよ」
「儲かってるのか?」
「かなりね」
ということは、多くの人間が犠牲になったということだ。
そのおかげで僕の生活は豊かになっているとはいえ……なんとも言えない気持ちにはなる。
そんな心境を察してくれたのか、ハニーは、
「でも、ダンジョン内での人間の死亡件数はゼロよ」
「え、なんで?」
驚きの情報である。
だってさ、魔族の儲けとは人間からの略奪がメインだったはずだろ?
だが、その答えは理にかなったものではあった。
「だって、殺したら金ズルの数が減るでしょう?」
人間=金ズル。
まあ、そうだよな。人間の数を減らせばその分手に入る金銭は減るわけで。
殺さずに生かしておいた人間が再びダンジョンに来たらまた奪えるわけで。
だったら、出来るだけ殺さずに生かしておいた方が良いわけで。
それが出来るだけの戦力差が、人間と魔族にはあるわけで。
「だから、人類の絶滅なんて不可能になってしまったわ」
とハニーは嘆いた。
そんな大事なことを。
魔族にとって最も大事な目的を。
とても軽い感じに嘆いた。
「え、それって大丈夫なの?」
「大丈夫なわけないでしょ、一部の魔人に知られたら、アイツらバカだから今すぐに何も考えずに人間の街を襲うわ」
人類が滅びる=給料制の崩壊という思考が出来ないのよ––––とハニーはため息をつく。
「給料制が無くなったら、当たり前だけど、今まで金銭でやり取りしていたものが強引なやり方––––力の強い方が一方的に支配するような昔のやり方に逆戻りよ」
「暴力支配か」
「そうね」
再びため息をつくハニー。
「力の強い魔人が他の魔人を支配して束ねる。旧政権の復活ね」
現金支給ではなく暴力支配。
そっちの方が魔族らしくはあるけど、どちらがいいかは明白だ。
ハニーもそれは分かっているようで、
「せっかく給料制にして、魔族の生活とかも安定し始めたのに、また最初からやり直しになるのはごめんよ」
だから人類を滅ぼすなんて現状だと到底不可能だわ、とハニーは嘆息する。
ふむ。ハニーの言ってることは分からなくもない。
だってそれは、人間にとっても通ずる所があるから。
魔族がいなくなったら、ギルドを始め、武器屋、防具屋などは、その役割を大きく失う。
モンスターがいないのだから、ギルドは勇者や冒険者に出す依頼は無くなるし、戦う相手がいないのだから、武器も防具も必要ない。
いや、そのうち必要になるか。
人間同士で戦うために。
アイツらもバカだもの。
「だから今ね、人間から金銭を奪わなくても、儲けられる方法を考案してるのよ」
そう言ってメロンパンを一口食べるハニー。
「ダーリンはパンを売ればいいけど」
軽口も忘れないハニー。
「でも、他の魔人はパンなんて作れないし、アイツらバカだから、戦うことしか出来ないのよねー」
「そんなにバカなのか?」
「そうね、一つ飛ばしの考えが出来ないわ」
「例えば?」
「繰り上がりの足し算が出来ない」
「それはバカだ」
うん、それはバカだね。
僕も魔術学校で筆算を教わるまで出来なかったけど。
「あ、だから学校を作るのか」
「そういうこと」
なるほどなぁ、魔王様はちゃんと魔族のことを考えてるんだなぁ。
これは僕も考えを改めないといけない。
前に魔族は魔王の人選を間違ってると言ったが––––これは取り消す必要がある。
見る目がないのは僕の方だった。
見た目はいいけど。
冗談はさておき。
「それで数十年後くらいには、魔族だけでお金が回るような仕組みを作れたらいいなと思ってるわ」
「具体的には?」
「クレープ屋さんね」
「いいじゃん」
「でしょ?」
ニコッと可愛い笑顔を見せるハニー。
冗談だったのか、本気なのかは分からないが。
「だから、学校の必修科目にはクレープの作り方を入れるつもりよ」
「本気だったの⁉︎」
「ちなみにダーリンが講師ね」
こっちでも教職の依頼をされてしまった。
まあ教える相手が魔術師ではなく、魔人だが。
「というか、魔人はクレープ好きなのか?」
「嫌いではないでしょう、レヴィは好きって言ってたわよ」
それは女性に人気なだけな気もするが。
魔人がクレープを売って、魔人がクレープを買う。
なんか、想像出来ないな。
てか、そもそもさ、
「だったら、人間相手に売ればいいんじゃない?」
「魔人が人間相手に商売出来るわけないでしょ」
「なんで?」
「見下してるからよ。自分達の方が圧倒的に強くて、能力も高い。魔族と人間が戦っている理由もそこにあるわ」
自分達に劣る人間が世界の半分を支配してるなんて許せないんでしょ、とハニーは言う。
「ただ、私は能力が全てだとは思ってないし、人間からも学ぶべきことは多いと思っているわ」
それは以前も言っていた。
「じゃあ、学校でそういうのを教えるのか?」
ハニーは「そうよ」と同意し、
「あとは、そうね……人間で言うところの『人として大事なもの』を教えられたらいいなと思うわ」
そう言って僕を見つめる。
「私がダーリンから教わったように」
「……お、おう」
「あ、照れてる、可愛い」
「照れてない、おっぱい揉むぞ」
「いいわよ」
「……」
揉んだ。
僕の心がとても満たされた!
しかし、ハニーはおっぱいを揉んでいる僕に素早く魔法をかけ––––悪戯っぽく笑う。
「引っかかったわね、ハニートラップよ」
「お、おい! 何をした⁉︎」
「重力魔法でダーリンの周辺を囲ったわ。これで私以外の人間は、ダーリンに近寄ることさえ出来ないわ」
確かに僕の周辺にハニーの魔力見える。
……物凄い魔力だ。僕の力ではとても振り払えない。
「これでお姫様も近付けないわね」
「そんなことしなくたって、近付かないし、何も無いよ」
「念のためよ」
「だから何も無いって」
「じゃあ、安心させて」
そう言ってハニーは––––目を閉じる。
しかも、腕を伸ばして。
仕方ないなぁ。
僕はハニーをぎゅっと抱きしめてから、いつも通りのキスをした。
チュッとね。
「安心した?」
「まだ」
「しょうがないなぁ」
もう一度キスをした。チュッとね。
「これで安心した?」
「まだよ」
「え、じゃあ、エッチする?」
「ばっ、ばかっ!」
ハニーは恥じらうように身体を離す。
「ばっ、ばかじゃないの⁉︎ 私いま仕事中なのよ⁉︎ そ、それもまだお昼だしタイミングとか雰囲気とかあるでしょっ⁉︎ バカじゃないの⁉︎」
「安心した?」
「しないわよ!」
興奮はしたようだ。
ハニーは散々取り乱してあーだーこーだ僕のことをばかばかっ言ってから、やっと落ち着きを取り戻した。
「はあ、本当にありえない」
ハニーは深い溜息をつき、僕が先程ハニーを落ち着かせる為に淹れたコーヒーを飲む。
でもさ、こうでも言わないとさ、ハニーって永遠にキスをねだるんだよね。
可愛いからいいけどさ。
くちびるをリップでベタベタにされるのはちょっと勘弁だけど。
ハニーは自分だけリップ塗り直してるし。
「さっきのダーリンが言ったことだけど」
とハニーは、先程の話を続ける。
「将来的には人間相手に売りたいとは思ってるわ」
「それはハニークレープを世界に広めるため?」
「それもあるけど––––」
ハニーはニヤっと笑う。
「そっちの方が儲けられるし」
そりゃあなぁ。魔人だけに売るより、人間にも売った方が多くの儲けを得られるのは間違いないしなぁ。
やれやれ。
やはりハニーは、人間=金ズルと考えているみたいだ。
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