第30話「私の機嫌を悪くしないように、嘘をついたかもしれないじゃない」
グランドの中央に生徒達を集め、ライル先生は授業をまとめ始めた。
「こんな感じに魔人は無詠唱で強力な魔法を使えるので、こちらが魔法を使う前に圧倒的な火力で攻撃されてしまうんだ」
ライル先生の解説に僕は口を挟む。
「尻に?」
「うるさい!」
『あはははははははははっ!』
生徒達は大きな声で笑う。
ライル先生はお尻をさすりながら、授業を続ける。
「それと、コーエンがやってみせたように、こちらの魔法も高い魔力壁で打ち消されてしまうし、人間が知らないような魔法を平気で使ってくるからそこも注意だな」
生徒の一人がからかうように声を上げる。
「それって、カンチョー魔法?」
「そうだ」
『あはははははははっ!』
ライル先生が顔を歪めたので僕が代わりに答えたらウケた。
そして、ライル先生に睨まれた。
「お前、本当にやってくれたな」
僕は笑いながら、回復魔法を使い、ライル先生の痔を治してあげた。
「……お前……回復魔法まで使えるのか、本当に器用になったなぁ」
「なぁに、ライル先生の尻拭いをしてあげただけですよ」
『あはははははははははっ!』
またウケた。
そしてライル先生は、しかめっ面のまま僕に
「ところでコーエン、あの急に消えて現れる魔法は何だ?」
僕は移動魔法を使い、一瞬でライル先生の後ろに回る。
「これは移動魔法です」
「なっ、お、おいっ、急に俺の後ろに回るな! ビックリするだろ!」
「カンチョーされるから?」
『あはははははははははっ!』
またまたウケた。もう主夫からコメディアンに転職してもいいかもね。
僕は移動魔法の簡単な解説を生徒達にしてあげる。
「この魔法は移動魔法と言って、好きな場所に一瞬で移動出来るんだ。僕は普段バルーニャに住んでるんだけど、今日もこの魔法を使って王都まで来たんだ」
僕の説明を聞いて、一人の生徒が手を挙げる。
「それ、俺たちにも出来ますか?」
「無理だな、魔力消費が大きいから」
「うわぁ、まじかぁ」
出来ないと聞いて落ち込む生徒達。
こればっかりはどうしようもない。
「俺も質問いいか?」
と、ライル先生。
「どうぞ」
「その魔法はコーエンのオリジナルか?」
「一部の魔人が使っていたものを真似しました」
「つまり、魔人も使えると?」
「使えますけど––––」
ライル先生の言いたいことは分かる。魔人が移動魔法を使って街を襲いに来ないかという事だろう。
僕はその心配は無い理由––––魔人の魔力コントロールが下手な話をライル先生にしてあげた。
「なるほど、魔力コントロールと魔力量に優れるコーエンだからこそ使える魔法というわけか」
「逆に言うと、魔術学校で魔力コントロールを教わらなければ使えなかったとも言えますね」
「そうだな、お前はよくこのグランドを焼け野原にしてたもんな」
「ちょっと⁉︎」
「はっはっはっはっ!」
ライル先生は僕をからかい、大きな声で笑ってから授業を終わらせにかかる。
「じゃあ、今日の授業はこれまで。みんな、コーエンにお礼を」
『ありがとうございました!』
「どういたしまして」
生徒達のお礼に僕は片手を上げながら答え––––ついでに虹色の竜と、フェニックスを上空に出してあげた。
「うおおおおおおおっ、すっげぇ!」
「やばばばばばばばばばっ!」
「ちょっと、デカ過ぎないっ⁉︎」
喜んでもらえてよかった。
さて、そろそろ王様も帰って来ただろうし、城に向かうか。
「では、これで」
「おい、待てって」
魔術学校の正門へと向かう僕を、ライル先生は駆け足で追ってきた。
「何でしょう?」
「何でって、お前……アレ」
ライル先生は僕の出した、虹色の竜とフェニックスを指差す。
「消してけよ」
「消しませんよ」
「何故だ?」
「高い魔力による圧倒的な魔術を、視覚的に認知出来るでしょう?」
「……なるほどな」
僕の考えを察したように頷くライル先生。
虹炎は、僕が消さなければ永遠に燃え続ける。
アレを見れば、殆ど生徒が自分とは次元が違う魔法の存在を視覚的に理解出来る。
ライル先生は、「なあ、コーエン」と僕の肩を叩く。
「お前、教師にならないか?」
「僕が……ですか?」
「そうだ。お前は若い魔術師にとって憧れのような存在だし、若いやつらの扱いも魔法の扱いも上手い。魔法の知識も豊富だし、攻撃科の奴らもお前から学べることは多いだろう」
ふむ、そうやって実力を評価されるのは素直に嬉しいし、僕も一度は考えたことあるんだよね。
スカーレット先生に憧れてたのも事実だし。
「それにお前は少し悪戯が過ぎるところはあるが––––高い魔力に溺れず人格者であり、人々のために魔法を使っている模範的な魔術師だ」
「それは先生方のおかげですよ」
「そうやって
なんかすげー褒められじゃん。いや、嬉しいけどね。
ただ、言っていることも少し分かる。
魔力が高い人間––––レッドアイの中には、魔人のように自分勝手な振る舞いをするやつも多い。
それが、レッドアイが嫌われる理由の一つでもある。
「で、どうだ? 返事はすぐにとは言わないが、考えてくれないか?」
「無理ですよ」
僕は即答で答えた。
「何故だ? 給料は悪く無いし、住む場所もこちらで手配する。それにお前なら王宮にだって住めるだろう?」
「お金や住む場所の話じゃないですよ」
そもそも、お金はハニーが意味わからないくらい稼いでるし、住む場所もかなりいい場所に住んでる。
問題は、そのハニーだ。
魔王が王都––––人間の最重要拠点に住むのは流石にダメでしょ。
まあ、移動魔法を用いればバルーニャから通えなくはないが、仕事をするとなると、家事が
僕は家庭と仕事なら、家庭を取る。
「うちは妻が働いているのですが––––」
「おお、そういえば結婚したんだったな」
ライル先生は話に割り込み、僕の薬指に視線を向ける。
「いやー、お前はシャーロット姫と結婚するもんだとばかり思っていた」
「あはは……」
シャーロット姫というのは、王様の妹でお姫様である。
この話は話すと長くなるのだが、めんどくさいので苦笑いで乗り切る。
「それで、妻がなんというか––––今の仕事をどうしても続けないといけなくて、僕はそれを支えたいんです」
「ほう……それなら仕方ないな」
魔王業を支えているとは言えないしな。
でも、これは僕の本心だ。
「だから、教師の仕事はごめんなさい」
「はっはっはっ、気にするな、俺も軽い気持ちで誘っただけだからな」
軽快に笑うライル先生。
「じゃあ、俺は次の授業があるからこの辺で」
「はい、今日はありがとうござました」
「それはこっちのセリフだ」
軽い別れの挨拶をして、僕は学校を出た。
さて、王宮に向かう––––前に。
ハニーに念話しないと。
(ハニー)
(遅い)
(遅くない、一時間経ってないだろ?)
(私が遅いと思ったら遅いの)
それはハニーの感情であって、時間的な遅れではないと思う。
文句は言わないけど。
(で、王様に会ったの?)
(あ、えっとね––––)
僕は王様が不在で、待ち時間に魔術学校を訪問し、戦闘訓練をした話をした。
(ふぅーん。で、大好きなスカーレット先生に会ったと)
(不在だったぞ)
(どうだが)
(何で疑うんだよ)
(私の機嫌を悪くしないように、嘘をついたかもしれないじゃない)
ハニーの機嫌がよろしくないのはよく分かった。
てかさ、そのめんどくさい性格自覚してるならさ、ちょっとは直してもらいたいよね。
言わないけど。
仕方ないなぁ。
(ハニー)
(なによ)
僕は移動魔法を使った。
「だっ、ダーリン⁉︎」
執務室で仕事中のハニーは、急に現れた僕を見て驚きの表情を浮かべた。
「なっ、何、何しに来たの?」
「ハニーの顔を見に来たに決まってるじゃん」
「そ、そんなの、毎日見てるでしょ?」
「今見たかったの」
「……そ、そう」
うつむき、照れた表情を浮かべるハニー。可愛いなぁ。
「お昼は食べた?」
「まだよ」
「だったらさ、一緒に食べていい?」
僕はメロンパンを見せながら言う。
「スカーレット先生に食べてもらおうと思ってた分が余っちゃってさ」
これで本当にスカーレット先生が不在だったのを信じるだろう?
全く、僕の奥様は本当に手が焼ける。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます