第29話「お前は魔人というより、ただの悪魔じゃねーか!」
僕は先程出した土の壁を消して、地面を平らにする。
「さて、これで充分ですかね?」
「ダメだ」
厳しい表情で首を横に振るライル先生。
「何故です?」
「今の模擬戦で分かったのは、魔法の上手な使い方だけだ。これでは魔人の恐ろしさというのを全く理解出来ない」
ふむ。ライル先生の考えも理解出来ないわけではない。
魔人による人間の死亡件数は、年々増加しており、勇者を含まないパーティーだと、遭遇しただけで間違いなく壊滅させられる。
魔人とは、それほどまでに桁外れの存在で、人間を遥かに上回る種族なのだ。
だからこそ。
だからこそ、戦ってはいけないし、逃げなくてはいけない。
ライル先生は、それをよく知っている。
元々、ライル先生はかなり優秀な攻撃魔術師だった。
でも、パーティーをたった一人の魔人に壊滅させられ、そのショックで攻撃魔術師を引退し、教職になった。
ライル先生は、人一倍魔人の恐ろしさを知っている。
まあ僕としても––––これから先、未来ある若者の命が失われるのは避けたいとは思うわけで。
仕方ないなぁ。
「じゃあ、こういうのはどうです? 僕とライル先生で模擬戦をしましょう」
「ほう」
「もちろん手加減はしますし、威力は抑えますが、それを生徒達に見せてあげれば少しは伝わるでしょう」
「なるほどな……」
ライル先生は少しだけ考えてから、頷く。
「よし、それで行こう」
てなわけで、再び模擬戦をすることになった。
僕は、ライル先生と数十メートル程離れて向かい合う。
多くの生徒が、こちらを見守っている。
「行くぞ、コーエン」
「どうぞ」
ライル先生は杖を構え、魔法の詠唱を始める。
「大地よ、我が敵を
僕は無詠唱で、先程生徒達が使っていた初級炎魔法をライル先生に向けて数発放つ。
魔人と人間の違いは、魔法の発動速度にある。
魔人には、杖も詠唱も必要ない。
しかし、火球は当たるか当たらないかの直前に、地面から生えた土の壁によって阻まれた。
「詠唱中に、別の魔法を無詠唱で使ったのか––––やるな、ライル先生」
ライル先生はニヤっと笑ってから、
「––––衝撃を与えよ!」
地面から鋭く鋭利な
まずいな、これは魔力では打ち消せない。
人間の使う魔法攻撃には二つの種類がある。
一つは魔力を使い炎や水などを生み出す魔法攻撃、もう一つは実際に存在する物を魔力で操り攻撃する物理魔法だ。
実在するものを操る物理魔法は魔力消費が少なく(なので先程ライル先生が使用した土壁も無詠唱で出せた)、人間の低い魔力でも充分な威力を発揮し、おまけに魔法攻撃ではないので、魔人の高い魔力壁を突破することも出来る。
しかも、土という物質はこの世界のどこにでも存在し、汎用性も高い。
この土塗れのグランドにおいては、ライル先生に文字通り地の利があると言える。
まあ、魔人にも。
レッドアイにも。
そんなのは関係ないのだが。
僕は虹炎を放ち、土で出来た棘を燃やし尽くす。
魔人と人間の違い。
それは魔法の発動速度だけではなく、威力もだ。
人間の魔法は、威力が上がれば詠唱は長くなり、発動までかなりの時間を要するが、魔人にはそんなの関係ない。
最速で最大威力の魔法を瞬時に繰り出せる。
当然、魔人でも見たら逃げろと言われ、恐れられている虹炎もノータイムで繰り出せる。
「ほう、俺に虹炎を使ってくれるのか」
虹炎を見て再びニヤッと笑うライル先生。
しまったな、いま思えば別に虹炎を使う必要は無かった。
移動魔法でかわしてもよかったし、同じ魔法をぶつけて相殺してもよかったし、ライル先生みたいに土の壁を作ってもよかった(さっきやったしね)。
どんな時でも虹炎を使えば大丈夫––––では、足元をすくわれてしまうとスカーレット先生からも注意もされてたのに。
くそっ、戦闘は久々だから焦っちゃったな。
「うおおおおお、虹炎だぁ!」
「やべぇっ、かっけぇ!」
「見てっ、本当に七色の炎だよっ」
「一瞬にしてライル先生の攻撃を燃やし尽くす圧倒的な火力は攻撃手段だけではなく防御魔法としても充分に機能していてとても使い勝手のいい魔法に思えますね」
生徒達は大盛り上がりしてるけど。一人やたらと分析してるマニアックな生徒も居るけど。
ライル先生はその様子を見て、ため息をつく。
「お前本当に人気だよなぁ」
「戦闘中にお喋りなんて随分と余裕ですね、ライル先生」
「もう少し本気を出してもいいぞ」
「ならその口、閉じてあげますよ」
僕は、先程生徒達に使ったのと同じ水の魔法でライル先生の口を塞いだ。
だが、ライル先生も同じように水を飲んで対処する。
……かかった。
「か、辛ぁぁぁぁぁぁぁぁぁあっ!」
水の味を変えるのなんて、一流の料理人にかかればわけもない。
ちなみにハニーの出した水はとても甘く、レヴィアさんの水は僕の水よりも美味しい。
「ああ、あああ痛い! 口の中が、痛いぃっ!」
ハバネロの倍は辛くしたからな。昔スカーレット先生がよく言っていた。辛さとは味覚ではなく、痛みであると。
さて、これでしばらくはまともに喋れないので魔法の詠唱は出来ない。
魔法の詠唱は正確に行わないと効果がないからな。
これで相手が魔人だったらなぶり殺しにされてしまうだろうが––––僕はそんな事はしないので安心して欲しい。
ただ。
新入生だった頃、まだ体の小さかった僕に、沢山食べろと毎日学食で三人前くらいの昼飯を無理矢理食べさせられた恨み、忘れてないからな。
僕は土の魔法を使い、再びライル先生の足元に細長い棒を生やし、カンチョウをする。
「ぐっ、なんのっ!」
ライル先生は横に一っ飛びし、僕のカンチョウをかわした。
「お前、ぶざげんな!」
口の痛みに耐えながら怒るライル先生。笑う生徒達。
さてさて、注文通り魔人の怖さを教えないとな。
僕はライル先生の地面からツタ生やして、足首に絡ませ、拘束する。
そして、そのまま腕にもツタを絡ませて身動きが取れなくなったライル先生を、上空十メートル程まで持ち上げる。
「お、お前、何をする気だ、やめろ!」
僕はニヤリと笑ってから、土の魔法で巨大な手を二つ作り、両手を合わせて人差し指と中指をピンと伸ばす。
「コーエン、ふざけんな! 俺は痔なんだぞ!」
「これが魔人のやり方ですよ、ライル先生」
「お前は魔人というより、ただの悪魔じゃねーか! うっ、うわわわわわわわっ! や、やめっ、やめろぉぉぉ! ぐわぁぁぁぁあっ! いっでぇえええええっ!」
グランドにはライル先生の叫び声と、生徒達の笑い声が響き渡った。
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