第28話「僕の出した水は美味しいって評判ですよ」

 人間の魔力というのは本当に僅かしかない。

 魔人の魔力を湖だとするなら、人の魔力なんて涙一滴くらいなものだ。

 魔力が多いと言われる攻撃魔術師でさえ、水溜りくらいしかない。


 杖も、詠唱も、魔力が少ない人間がどうにかして魔法を操るために作ったもので、それらを使わなければまともに魔法を放つことさえ出来ないのが現状で、それだけの差が魔人と人間には存在する。


 なので魔人にとっては、人間で言うところの無詠唱だとか、杖無しだとか、そういうのが当たり前で、普通であり、別に特殊技能でもなんでもない。

 そしてそれは、レッドアイにとっても。


 僕は上空から垂れてくる水に当たらないようにしながら、足元を見る。

 水が溜まるより、水が土に染みる速度の方が早い。

 これじゃあ、水が溜まるのなんて来年か再来年になりそうだ。


 水の魔法が得意な魔人––––レヴィアさんなら、このぐらいすぐに水で埋められるし、なんならグランドどころか、王都ごと埋められるのになぁ。

 あの人、山を吹き飛ばせはしないけど、山を海の底に沈められるような人だからな。


 さて、どうするか。

 このままここに居ても服とか靴が汚れるだけだしな(洗濯が面倒い)。

 出るか。

 僕は移動魔法を使い、自分で囲った土壁の外に出る。


「あ、あそこだ!」


 一人の生徒が壁の外に出た僕に気が付き、指差してきた。


「うそっ、いま急に現れなかった?」

「壁に穴をあけたんじゃないか?」

「空いてないぞ!」


 移動魔法に驚く生徒達。

 まあ、移動魔法は魔族の魔法だからな。知らないのも当然と言えば当然だ。


 ざわつく生徒達を尻目に、僕は考える。

 ライル先生は力––––というか、魔力の差を見せて欲しいと言っていた。

 魔人に戦いを挑まないように。

 つまり、圧倒的な力を見せつつ、生徒達に怪我をさせないように、戦意を喪失させないといけない。


 どうするか、土で地面を盛り上げて降りれなくするか? いや、落ちたら危ないな……そうだ、坂道を作って滑り台みたいにすれば––––いやいや、それが圧倒的な力になるか? ならないだろ。


 うーん、ハニーみたいに重力魔法が使えたらなぁ。それだったら、生徒を浮かせて終わりなのにぁ。

 空気中の酸素を無くして、呼吸困難にするのは流石にやり過ぎだし––––なーんて考えているうちに、一人の生徒が杖を構えた。


「炎よ、我が敵を射抜く魔弾となりて––––」


 お、初級炎魔法の詠唱だ。懐かしいなぁ。

 一回も使ったことないけど。


灰燼かいじんに返せ!」


 術者の杖先からチリッと小さな火花が散った。

 失敗である。魔力不足か、コントロールが上手くいかなったな。


「炎よ、我が敵を射抜く魔弾となりて灰燼かいじんに返せ!」


 数十人程度の生徒が再び初級炎魔法を唱える。

 今度はちゃんと発動したようで、複数の火球が僕を目掛けて飛んでくる。

 さて、どうするか。間違いなく直撃コースだし(コントロールはいいみたいだ)、また移動魔法を使ってかわすか?


 いや、何もしなくていいか。


 火球は、僕に当たる直前に、跡形もなく消失した。


「え、なんでっ?」

「おい、魔法が消えたぞ⁉︎」


 魔法戦闘の基本は、常時魔力を放出し、魔力壁を形成し、相手の魔法を魔力で打ち消す。

 この程度の威力なら、キャロ曰く『下品に垂れ流している魔力』で十分に打ち消せる。


 驚く生徒達様子を見るに、対魔人用の魔法戦闘を見たことがないみたいだな。

 攻撃魔術師は魔力量が足りないから、こういう事はしないし、出来ないからな。


 さてさて、今度こそ本当に終わらせるか。

 僕は一歩、一歩、生徒達に向かって歩みを進める。

 途中、いくつかの魔法が直撃するが、魔力で打ち消しているのでノーダメージだ。


 そして、水の魔法を使い、生徒達の口元を水で覆った。


「ん––––––––––––––––っ!」

「あばばばばばばばばばばっ!」

「いぎでぎねぇぇぇぇぇえっ!」


 これで、呼吸は出来ないし、魔法の詠唱も出来ない。

 文字通りの口封じだ。

 地味……だけど、ちょうどいいだろう。


「おい、コーエン!」


 ライル先生が慌てた様子で、こちらに駆け寄ってきた。


「なんでしょう?」

「ばか、お前やり過ぎだ!」

「どうしてです?」

「息が出来てないだろう!」

「問題ないですよ」

「問題ありありだ! すぐに水を消せ!」


 ライル先生は慌てているが、僕は落ち着きながら言う。


「は?」

「だから、飲めばいいでしょう。僕の出した水は美味しいって評判ですよ」


 実際何人かの生徒は気付いたようで、口元の水を飲み、対処していた。

 周りの生徒達も、それを見て同じように対処する。


「ほらね、ライル先生よりも生徒の方が応用力も対応力も上じゃないですか」

「お前なぁ……」

「みんなちゃんと教育出来てるじゃないですか」


 社会に出てみると分かるのだが、こういうのに気付けるかどうかの方が、攻撃魔法をちゃんと使えるよりも重要だったりする。


 魔術学校では魔法をメインに教えてはいるが、それ以上に道徳的なことや、生徒自身が物事をしっかりと考える––––ということを大事にしている。

 だからこそ、水を飲むという発想にいたれたし、それに気付けた。


 まあ、僕としてはもっと教えなきゃいけない事があったとは思うけどね。

 女の人の『大丈夫』という言葉は、『大丈夫じゃない』ということを、僕は学校で教えるべきだと強く思う。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る