第24話「……はい、マーキングしてあげたわ」

「というか、ギルドには何回か顔を出してるけど、特に何もないぞ」

「それは王都と離れてるからじゃないの?」

「まあ、それもあるかも」


 ハニーの言うことも一理ある。

 距離が離れていると当然情報伝達も遅くなる。

 魔族と違って、普通の人間は念話が使えないしね。

 念話って魔力が低いと、ノイズが発生したり、声が届くのに時間がかかったりするんだよね。

 しかも、念話をする相手との距離が離れる程、必要とされる魔力量は増える。

 なので、魔力量の少ない人間には長距離の念話は不可能と言える。


 そもそも、念話は魔族系の魔法なので、人間がこの魔法の存在を知っているかさえ怪しい(だから母さんに割り込まれたのは相当驚いた)。


 そんなわけで、人間の情報伝達は手紙などの郵送手段が主なものとなる。

 当然距離も離れれば伝達速度は遅くなる。

 余談だけど、人間は魔族に比べて、そういう情報戦で確実に負けるので、戦とかでは不利になる事が多いらしい。


 とまあ、話は少し長くなってしまったが––––ハニーが言いたいのは、王都とバルーニャはそれなりに距離があるので、まだ情報が伝わってないのでは? ってことだ。


「それか単純にキャロが王都に戻ってないだけかも。ほら、三年は戻ってないって言ってたし」


 僕の考えを聞いたハニーは、ため息をついた。


「あのね、ダーリンは楽観的過ぎよ」

「そうかな?」

「そうよ、何事も一番最悪なケースを想定して動くべきなのよ」


 なんか、経営者みたいなことを言う魔王様だな。

 いや、一応経営者なのか。魔王軍の。

 ハニーは心配そうに腕を組む。


「どうしてもって言うなら、私も同行するわ」

「仕事は?」

「休むわ」


 おなじみの、魔王様は魔王なので、好きな日に仕事を休む暴虐武人休暇だ。

 だが、それには別の問題も発生する。


「魔王様が王都に行くのはもっとダメじゃね?」

「どうしてよ、世界のどこに行こうと私の自由でしょ?」

「そりゃあ、そうだけど……」


 そりゃあね、魔王様だからね。

 誰からも指図されることはないし、制限を課されることもない。

 でも、王都は一番人が多く住む街であり、もしもハニーが魔王だとバレてしまえば、大変なことになる。

 そのリスクを考えれば行かない方がいい。


 そんなことを言ってもハニーは聞かないだろけど。


 だって、ハニーの優先順位って、僕が一番なのではなく––––僕以外の選択肢が存在しないんだよね。

 仕事よりも僕。世界よりも僕。嬉しいんだけど、重いとは思う。

 嬉しいけど。


 うーん、王都に行かないのが一番いいんだろうけど、行かなかったら逆に心配されるだろうし……。


「ハニー」

「なぁに?」

「ハニーが僕を心配してくれてるのは、嬉しいんだけど、一人で大丈夫だよ。何かあったら念話するし。行かないと逆に怪しまれると思うんだよね」

「でも……」

「お土産にクレープ全種類買ってくるから」

「それならむしろ私も行くわ」


 あ、やべ逆効果だった。


「じゃあ、クレープ全種類食べて、作り方覚えて、いつでも作れるようにするから」

「それは私が行かない理由にはならないわよね?」


 うん、ならないね。全くもってその通りだ。

 ハニーはしばらく考えてから、諦めたように本日二回目のため息をついた。


「しょうがないわね……」

「いいのか?」

「いいわよ、ただし、十分に一回は念話してちょうだい」

「子供か」


 それは流石に心配し過ぎだぞ。


「じゃあ、一時間に一回」

「それなら、まあ……」

「連絡が無かったら、即座にダーリンの元に飛ぶから」


 あまりに過保護だが、これでもハニーなりに譲歩したのだろう。


「分かったよ、忘れないように気を付ける」

「あと、お姫様とはなるべく会話しないで」

「はいはい」

「帰って来た時に他の女の匂いがしたら、世界を滅ぼすわ」

「じゃあ、ハニーの匂い付けてよ」

「な、なななななな、何言ってんのよ⁉︎」

「ほら、早く」


 と、僕は照れるハニーに近付いた。

 日頃の仕返しにちょっとからかってやるか。


「ほら、マーキングしたら?」

「……まっ、マーキングって! バカじゃないの⁉︎」

「ハニーの匂いを付けとけば、安心でしょ?」

「そ、それって……」


 何を想像しているのかは知らないが、ハニーは耳まで真っ赤になっていた。

 可愛いなぁ。

 ハニーって、戦闘をする時は高い防御力を発揮するのに、こういう時は防御力ゼロになっちゃうからなぁ。

 まあ、そろそろオチという名のネタバラシをしてやるか。


「いや、ハニーの香水を付けさせてもらおうかなって」

「……むうううううううううぅっ!」


 上げた腕を勢いよく下ろし、怒ったように悔しがるハニー。可愛いなぁ。

 しかし、次の瞬間。

 何を思ったのか、ハニーは僕に抱きつき、首にキスをした。

 まるで、吸血鬼が血を吸うようなキスを。

 ちゅうちゅうと。


「……はい、マーキングしてあげたわ」


 なんとハニーにキスマークを付けられてしまった!

 鏡で首筋を確認すると、赤くなっていた。


「なんか、虫にさされたみたいじゃん」


 僕が気にするように首筋を触るのを見て、ハニーは悪戯っぽく笑う。


「でも、悪い虫は付かないでしょ?」

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