第23話「この『妹も君に会いたがってる』って何かしら?」

「今日王都に行ってくる」


 僕は魔王城に出勤しようとするハニーに声をかけた。

 するとハニーは、不思議そうに小首を傾げる。


「どうしてかしら?」

「これ」


 僕は今朝郵便ポストに入っていた手紙をハニーに手渡した。

 ハニーは手紙を読んでから、疑うように目を細める。


「誰これ」

「友達から」

「女?」

「男だよ」

「信用できないわ」


 僕は手紙の封を止めてある蝋印ろういんを指差した。


「それ、王室の蝋印なんだよね」

「ふぅん……」


 ハニーはもう一度手紙を読み直す。


「随分と仲がいいのね」

「まあ、うん」


 手紙の内容を要約すると、『最近会ってないからちょっと遊びに来いよ』的な感じだ。


「で、この人はどんな人なの?」


 なんだ、ハニーは知らないのか。

 でも魔王が人間のことを知らないのは当たり前か。


「王様」


 僕の回答にハニーは、いぶかしむような視線を向ける。


「……ダーリン、王様と友達なの?」

「うん」


 話すと長くなるのだが、そこそこの付き合いがある。

 初めて会ったのが定食屋で、よく会ったのが定食屋だと言えば、どんな感じの奴か分かると思う。

 ハニーは更に手紙を読み進め、ある一文を指差す。


「この『妹も君に会いたがってる』って何かしら?」


 あ、これ、ヤバいやつだ。


「あー、アレじゃない、お世辞じゃない?」

「この文章を書く人にお世辞が言えるとは思えないけど?」


 うん、当たってる。王様なのに、そういうの出来ない人なんだよね。


「王様の妹ってことは、お姫様よね」

「まあ、そうなるな」

「どういう関係?」

「そう言われても、友達の妹としか」

「ふぅーん」


 ハニーは不満そうに目を細め、


「で、おっぱい大きいの?」

「…………」


 悪魔の質問をして来た。

 真面目に答えると、結構大きいのだが––––素直にそう言うとハニーは絶対に機嫌悪くなるし、嘘をついて「普通だよ」とか、「小さいよ」とか言ったとしても、嘘がバレたらもっと大変なことになる。

 はぁ、なんでおっぱいが大きいか、大きくないかの話で、こんなに悩まないといけないんだろう?

 どうするかな……いや。

 ここは素直に言おう。小細工なしだ。


「結構大きい」

「へぇ」


 ハニーの目付きは更に険しくなった。


「美人なの?」


 また同じような質問だ。

 本当のことを言えばかなり美人なのだけれど、そう言った場合のハニーの反応は予想出来るし、嘘をついてバレた反応も以下略。

 そうだな、無難だけどハニーを立てるか。


「ハニーの次くらいに」


 これは事実だしね。

 嫁バカと言われても構わないから言うけど、ハニーの美しさは世界一だからね。


「ふぅん」


 しかし、ハニーの反応は何とも言えないものだった。

 ハニーは自身の毛先を触り、無表情のままクルクルともてあそぶ。

 これは、ハニーが機嫌が悪い時にやるやつだ。


「会うの?」

「いや、会わないだろ」

「なぜ?」


 ハニーは不機嫌になればなる程、言葉数が少なくなっていく。

 つまり、かなり不機嫌になっている。


「なぜと言われても、用があるのは王様なんだから、妹には合わないだろ?」

「でも、手紙には『会いたがってる』って書いてあるじゃない」

「だから、それは––––」

「お世辞、ではないわよね」


 そうだった。それはさっき言われた。


「ねえ、ダーリンは、私がカッコいい人と会う予定があったとしたら––––嫌じゃないの?」

「そりゃあ、嫌だけど、僕はハニーを信じてるから」


 信じているから、ハニーがその人に惚れ気を抱いたり、浮気したりするわけないだろ––––と僕は言った。


「……そんなの、当たり前でしょ」


 ハニーは小さな声でささやいた。


「私は……ダーリン一筋だもの」


 そして、僕の胸に頭を埋める。


「……抱っこ」

「はいはい」


 僕は、ハニーの小さな肩から手を回し、ぎゅっと抱きしめる。


「何か心配はある?」

「……ないわ」


 何とかハニーの誤解というか、思い違いというか、心配事を取り払うことが出来た。

 ハニーはその後、数分間頭をグリグリと僕の胸に押し付けてから、顔を上に向けた。


 顔を見れば分かる。

 はいはい、しますよ。

 チュッとね。

 僕がハニーのくちびるに軽くキスをすると、満足したのか、身体を離した。

 よし、これで王都に行けるな––––と思ったのだが、


「でも、行くのはダメよ」

「え、何で?」

「だって、この前の勇者のことがあるでしょ?」


 なるほど……ハニーの言わんとしていることも分からなくはない。

 ハニーは先日会ったキャロに、僕が魔王に操られている––––的な嘘をついた。

 それは、人間にとって宿敵でもある魔王と結婚した僕を、裏切り者にしないための嘘である。

 要するにハニーが言いたいのは、キャロからその話がギルドに伝わり、王都に行った際に、何かしらの接触があるのでは? と疑っているのだろう。

 だが、それは無い。


「大丈夫だよ、ハニー。昨日バルーニャ支部のギルド行ったし」


 当たり前だが、バルーニャのような人が多く住む町にはギルドがある。

 ギルドでは、モンスター討伐の依頼や、アイテム収集の依頼など、勇者や冒険者向けの仕事を斡旋あっせんしている。


 他にも魔術師向けの依頼もあったりするのだが、並の魔術師では手に負えないものがあったりすると、僕に直接依頼が来る事もある。

 昨日はそれの関係で、ギルドに顔を出していた。

 ちなみに依頼の内容は、『娘の誕生日ケーキを作って欲しい』だった。

 これは、僕にしか出来ないね、うん。

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