第21話「じゃあ、僕よりも歳下の格好をしてるのはおかしくない?」

「…………」


 沈黙が我が家を支配する。

 しかし、母さんは依然とニコニコしている。


(なんでバレたの⁉︎)


 ハニーから念話が飛んで来た。

 相当焦っているのが伝わる。


(それはね、やっぱりあの重力魔法かな?)


 母さんに割り込まれた⁉︎

 今まで割り込まれた事なんて無かったぞ⁉︎ どうなってやがる⁉︎

 やばい、やばい、やばい!

 どうする、どうやって誤魔化す?

 重力魔法は、魔術を扱えるものなら一目瞭然の超強力魔法だ。

 それも、魔王様が操る固有魔法である。

 ハニーの目の色が赤ではない以上、レッドアイの高い魔力による魔法とは言えない。

 そうだ、アレは僕の魔法って言うのはどうだ? ハニーと念話で口裏を合わせてタイミングよく魔法を使ってもらえば––––いや念話は割り込まれるから使えない……くそっ、どうする⁉︎

 いや、僕とハニーならアイコンタクトで行けるはずだ。


 僕はハニーをジッと見つめる。

 ハニーも見つめ返して来た––––いける!


「実はアレ、マジックなんです」


 あれ? なんかハニーの口から僕の想定していたのと違う言葉が出てきたぞ? あれー? ハニーさん?

 しかし、母さんは騙されない。


「ハニーちゃん、魔力見えてたよ」


 一流の魔術師は、魔力を視認出来る。

 僕が猫に変身した母さんに気付けたのも、同様にハニーがすぐに気が付いたのも、それが理由だ。

 ハニーが重力魔法を使った時、僕の目には当然ハニーの魔力は見えていて、母さんも見えていたことだろう。

 つまり、ハニーのマジックプランは大失敗である。


「あ、誤解しないで欲しいんだけどね、別にとがめたりしたいんじゃないの」


 母さんは僕に向かって、落ち着いた口調で言い、


「ハニーちゃんがいい子なのは知ってるしね」


 ハニーの方を見て、ニッコリと笑った。


「それに、私も魔人のことはそれなりに詳しいつもり」


 そう言って母さんは、小さな僕の姿からいつもの––––つまり、自身の若い頃の姿に変身する。

 長い黒髪に、大きな黒い瞳。

 おそらく十代後半と思われる姿だ。


 なんか、女の人若作りを悪く言うつもりはないけどさ、自分よりも外見が若い母親はちょっと未だに受け入れなれない。

 いや、今はそんな僕個人の感情はどうでもいいんだよ。


「母さん、魔人に詳しいってどういうことだよ?」

「うーん、話すと少し長くなっちゃうんだけど、まずはコレを見て」


 母さんは自分の瞳を指差した。

 そして、目の色は黒から––––赤に変わった。

 赤く輝く瞳。魔力エリートの証。

 ––––レッドアイ。


「隠してたんだけどね、だーくんと一緒で、私もレッドアイなの」


 隠してた理由はダーくんなら分かるよね、と母さんは申し訳無さそうに言う。


「だーくんも知ってると思うけど、世間がレッドアイに向ける感情は……まあ、良くはないでしょ?」

「うん」


 よく知っている。それは、とてもよく知っている。

 そうか、見た目を自由に変えられる母さんなら、目の色を変えるくらい造作もないもんな。


「魔人の地肉を食べたとか、魔人の血を引いているとか、そんな噂があるでしょ?」

「噂であって、真実ではないじゃん」

「ううん、私とだーくんにおいては、半分あってるの」


 私のおばあちゃんはね魔人なの––––と母さんは驚愕の事実を告げた。


「だから、私はクォーターになるのかな? 私の1/4は魔人なの。それで私のお母さんは、魔人と人間の間に産まれたハーフなの」

「じゃ、じゃあ、僕の中にも魔人の血が流れている……のか?」

「うん、私の半分だから1/8程度ね」


 僕は、自分の出生を聞いて驚きを隠せないでいた。

 そんな気持ちを察してくれたのか、ハニーがそっと僕の手を握ってくれた。


「大丈夫?」

「あ、ああ」


 しかし、そう考えると整合性も取れる。

 僕や母さんが、魔術の才能に秀でているのはその為か。


「ごめんね、本当は隠しておくつもりだったんだけど、魔人と結婚したとなると––––言わないといけないなって思ったの」


 本当に申し訳なさそうに母さんは謝る。

 僕は人間じゃなかった。今までずっとそう思っていて、いや考える事さえ無かった。

 それが当たり前で、自然だった。


 ––––それが今否定された。


 ……そうか、僕は人間じゃなかったのか。

 そうか。

 いや、驚いたしビックリしたけど、落ち着いてはいる。

 意外に。

 僕は人間ではない。

 そうか、そうか。

 それで?

 それが僕という存在になんの影響があるんだ。

 それで、何かが変わるのか?

 いいや、変わらないね。


「問題なんかないよ、僕は母さんの子供で、ハニーの旦那で料理が大好きなダーリンだ。何も問題ないよ」

「……本当? 無理してない?」

「してない」


 強い口調で僕は言い切る。


「そもそも僕、魔人と結婚しちゃったし」


 僕はハニーを見た。


「魔人だとか人間だとか、そんなの関係なくて、僕はハニーが大好きなんだ。だから、結婚した。ハニーもそうだろ?」

「あ、う、うん」


 ハニーは恥ずかしそうに頷きうつむいた。


「だから、僕にとってのそこの境界線ってのは大分前に無くなってる」


 僕の話を聞いた母さんは、嬉しそうに目を細めた。


「そう、大人になったね、だーくん」

「大人になったのなら、だーくんはやめてくれ」

「私にとっては、だーくんは子供だから、いいのっ」


 それは、そう。

 トンデモ理論だけど、それは、そう。

 なら、僕もトンデモ理論を展開だ。


「母さんは僕の母親なんだよね?」

「当たり前でしょ」

「じゃあ、僕よりも歳下の格好をしてるのはおかしくない?」

「え、してないけど?」


 うん?

 なんか話が噛み合ってないぞ。


「いやいや、だってそれ若い頃の姿に変身してるんだよね?」

「あ、これ本来の姿だよ?」


 え、いやいや、それは、あ、見れば分かるじゃん。

 変身してるなら、魔力が見えるはずだ。

 ……………………無いね。


「えええええええええっ⁉︎ 母さん若すぎない⁉︎」


 まさか、母さんが若い頃の姿に変身しているのは勘違いで、元からこの外見だったの⁉︎

 若作りじゃなくて⁉︎

 あっ、もしかして目だけ色を変えてるから、その魔力が見えて僕は変身してると勘違いしてたのか⁉︎

 ぐっ、なんなんだ……変身無しでも自分より若い母親ってなんなんだ。


「まあ、母さんは魔人の血を継いでるからねー」

「……一応納得はしておく」


 魔人って人間より遥かに長生きなんだよね。それで未だに外見が若いわけか。


「ハニーちゃん」


 そして母さんは、ハニーの方へと向き直り、真面目な顔で、


「分かってると思うけど大変だよ」

「はい」

「私のおばあちゃんもね、ずっと隠れるように暮らしたんだって」


 ハニーは何も言わない。


「人間と魔人が付き合ったり結婚したりするよりも、その関係を世間に認めてもらうのはもっと難しいことだよ」

「分かってます」


 ハニーは母さんを真正面から見据えて、頷いた。


「そうっ」


 それを見て、母さんはニコっと笑う。


「分かってるなら安心だよっ。でもね、気を付けてね、他の魔人に人間と結婚したのバレたら大変な目にあうと思うし、魔王なんかにバレでもしたら殺されちゃうよ?」


 僕とハニーは顔見合わせ、吹き出すように笑った。


「あっ、ちょっと! 笑い事じゃないよ! 今真面目な話してるんだよ!」


 怒る母さんをなだめ、僕はニヤリと笑う。


「母さん、僕の奥様は魔王様だから」

「いやいや、え、流石にそれは……」

「結婚式は魔王城で挙げたよ」

「……え、冗談だよね?」


 冗談ではないんだよなぁ。

 いくら母さんでも、ハニーが魔人なのは分かっても、魔王だったのは見抜けなかったらしい。

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