第20話「ちなみに猫耳とかも生やせます」

「あ、ハニーちゃん、新作持ってきたんだけど––––見る?」


 リビングにて、昼食の準備を進めていると、そんな会話が聞こえてきた。


「いいんですか?」

「もちろんっ」


 母さんがトランクを開けると、中には沢山の衣服が入っていた。

 母さんのもう一つの顔––––というか、本職は魔術師ではない。

 僕の母さんって、有名なファッションデザイナーなんだよね。

 そして、ハニーは母さんの作る服の大ファンだ。


「あっ、すごいっ、可愛いっ」

「でしょーっ」

「あ、こっちも可愛い!」

「でしょーっ」


 繰り広げられる女子トークを他所に、僕は今朝市場で仕入れたお魚をハニーに貰った包丁でさばく。

 母さん、お刺身好きなんだよね。

 それもあって、今日は市場の人に話をつけて、その日一番いい魚を売ってもらった。


 この辺は市場の人といい関係を築けている恩恵と言えるな。

 まあ、ハニーを連れていけば、大体オマケとかしてもらえるんだけど。


 ––––肉屋さんにて。


「あら、ハニーちゃん今日も美人さんだねぇ。はい、オマケっ」


 ––––魚屋さんにて。


「相変わらずお前の嫁さんはべっぴんさんだな! サービスしとくぜ」


 ––––八百屋さんにて。


「ねーねーママー、あのお姉さんどうして胸にスイカ付けてるの?」


 最後のは少し違うような気もするが、美人は得である。

 見た目がいいというのは、本当に強力な力となり得るのを実感する。

 そう考えると、ハニーが見た目にこだわるのも少しは理解出来るな。

 なーんて考えていると、そのご本人様が僕の目の前に来た。


「どうかしら?」

「おお、いいんじゃない」


 ハニーは母さんの作ったものと思われる服に着替えていた。

 シンプルな白色のブラウスに、腰の所がコルセット状になっている黒色のハイウエストのスカートを合わせ、清楚な感じに決めている。

 だが、胸の所は全然清楚じゃないね!

 コルセットで腰を締めてるから、胸の所がとても清楚じゃないね!


「ダーリン胸ばっか見過ぎ」


 バレた。


「見てない、僕は全体というか、中心点を見ていた」

「中心ならヘソじゃないの?」

「だから、その辺りを見ていた」


 嘘だ。本当はガッツリとその上を見ていた。


「まあ、別にいいけど」


 ならさ、最初から咎めないで欲しい。

 てかさ、見ていて怒る時もあれば、怒らない時もあるのなんでなの? その差はなんなの? こういうのこそ学校で教えるべきじゃない? 女心ってのは魔法よりも難しいよ。

 などと悩む僕を他所に、未だに猫の姿をしている母さんも、トテトテとこちらにやってきた。


「ハニーちゃんっ、気に入ったのなら、それあげるよー」

「いいんですかっ?」


 ハニーは目をキラキラと輝かせた。


「もちろんっ。そもそも、その服はハニーちゃんに着てもらおうと思って作った服だしねっ」

「やったっ」


 上機嫌に喜ぶハニー。

 なんか、こういう姿を見るとぜーんぜん魔王様には見えないよね。

 さて、こっちの作業も大体終わったな。


「二人ともお魚切り終わったから、運ぶの手伝って」

「なら、私が運んであげる」


 と、ハニーは重力魔法で皿を浮かせた。


「わっ、すごーいっ」


 母さんはそれを見て歓声をあげる。

 分かるぞ、物を浮かせる魔法ってハニーの重力魔法くらいしかないからな。

 しかもハニーはコントロールも正確で、お皿を割ることも、皿の上のモノをこぼすこともない。

 コレを見るだけで、一流の魔術師ならばハニーのスゴさが良くわかるはずだ。


 ハニーがお皿を運び終わり、二人と一匹でテーブルに並んだお刺身を囲んだところで、僕は母さんに注意をする。


「母さん、流石にご飯の時は猫はやめて、せめて人になってよ」

「えー、こっちの方が少ない量でお腹いっぱいになるからエコだよ?」


 猫の姿にはそんなメリットもあるのか。なるほどなぁ、小さいから食べる量も少なくて

 いいのか。

 しかし、沢山食べてもらわないといけない事情がある。


「でもさ、三人でも食べ切れるかどうかの量を用意したからさ、僕としては沢山食べてもらわないと困るんだけど」

「あ、それなら仕方ないねー」


 そう言って、母さんは姿を変える。

 黒い髪に、小さな背丈。幼い表情には、赤い瞳が輝いていた。

 レッドアイ。

 ……レッドアイはレッドアイだけど、その姿は––––


「小っちゃい頃の僕じゃん!」


 人間になってよとは言ったけどさ、なんで子供の頃の僕になるの⁉︎


「ちょっと! 恥ずかしいからやめてよ!」

「ちなみに猫耳とかも生やせます」


 ニョキっと僕の––––じゃなくて、小さな僕の頭から猫耳が生えてきた。


「やめろぉぉおおおおおおおおおおおっ!」

「あっははははーっ、だーくん必死だっ、にげろーっ」


 逃げる母親に追いかける息子の図。

 くそ、地形を変化させずに相手の行動を制限する魔法は––––時間停止! はダメだ。魔力消費がデカすぎる。

 いや、ハニーの重力魔法で止めてもらえば……!


「ハニー、母さんを止めてくれ!」


 と叫んだものの、ハニーは僕の母さんを見て身悶えしていた。


「あ、あああ、可愛すぎるわ……」

「ハニー!」

「……子供、欲しいかも」


 なんか、トリップしてない⁉︎


「産まれたら、きっとあんな感じよね……私とダーリンの子供なら絶対に可愛いし……」

「ハニー! 母さんを重力魔法で止めてくれ!」

「久しぶりにあのプレゼント着ちゃおっかな……」


 それは僕が昔あげて酷評されたやつじゃないだろうな⁉︎

 いや、今はそんなことはどうでもいい!


「ハニー!」

「え、ああ、何かしら?」


 やっと現実の世界に戻って来たか。


「母さんの動きを重力魔法で止めてくれ!」

「何故?」

「何故って……あの変身を解くんだよ!」

「可愛いじゃない」

「こっちは恥ずかしいんだよ!」


 恥ずかしがる僕を他所に、母さんは猫耳どころか、尻尾まで生やしてニヤニヤ笑っていた。

 そして、両手を顔の近くに寄せ、猫のポーズを取る。

 や、やめろ、やめてくれ––––


「だーにゃん、だにゃっ」

「ぐあああああああああああああああっ!」


 僕のメンタルポイントがゴリゴリと削れる音が聞こえて来た。


「はぁはぁはぁはぁはぁはぁ……」

「だーくん、大丈夫?」

「誰のせいだと思ってるんだ!」


 数分後、母さんは満足したのか、猫耳と尻尾だけは取ってくれた。

 未だに僕の子供の頃の姿なのは容認し難いが、これ以上恥ずかしい思いをするのはごめんなので、喉に出かかった言葉を今はグッと飲み込む。


 てなわけで、やっと昼食である。

 三人で仲良く、お喋りなんかしながら、お刺身を食べる。


「あ、そういえば、さっきのハニーちゃんの魔法凄かったねっ」

「あれは、重力を操作してるんです」

「ハニーちゃんは、本当に魔法の達人だねっ」

「いえ、そんな……」


 喧騒けんそんするハニー。


「私や、だーくんよりも凄いよっ」


 ニコニコの母さん。

 しかし穏やかな光景だな。魔王様と一人の母親が一つのテーブルを囲んで談笑している。

 そういえば、前もこんなことあったよなぁ。

 確かあの時は……そうそう、キャロとハニーと僕がカフェで楽しく話してたっけ。

 それで、ハニーのサングラスが落ちて大変なことになったよなぁ––––などという思い出は、母さんの一言によって唐突にに切り裂かれた。


「本当にハニーちゃんの魔法は凄いよっ」


 母さんはハニーを見据えて言う。

 ニコニコしながら。


「流石はさんだねっ」

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