第18話「魔王様が可愛いのは認めるけどぉ、自分で自分のこと可愛いって言うのはぁ、ぶっちゃけ可愛くなくなくなーい?」

「もう本当にあり得ない! 死ねばいいのに!」


 魔王様のご帰宅である。ご機嫌は悪そうだ。


「おかえり、ハニー」

「ねえ、ちょっと聞いてよ!」

「お弁当箱」

「分かってるわよ!」


 顔は怒りの形相だが、しっかりとお弁当箱を出して、「ごちそうさま!」と言うハニー。

 なんか、可愛いな。


「で、どうしたのさ?」

「そう、あのね、今日魔王城で部下たちが、私のこと『魔王様ってぇ、見た目はいいけどぉ、性格は悪いよねぇ〜』って、悪口言ってたのよ!」

「あー」


 ま、まあ、良くは、ないよね。

 言わないけど。


「え、それは直接言われたの?」

「化粧室で聞いたわ」

「それは、えっと、ハニーがトイレに入っていて、外から話し声が聞こえてきたってこと?」

「そうよ!」


 トイレでもなく、お手洗いでもなく、化粧室って言うのちょっと好きだな。

 えーと、状況を整理すると、本人の居ないところで悪口を言ったつもりが、本人が近くに居ましたよってやつか。

 ふむ、最悪だな。

 ハニーは更にヒートアップしながら、話を続ける。


「それでね!」

「うん」

「『むしろぉ、いい性格してるって感じぃー(ドヤっ)』って下手な事も言ってた!」


 見た目はいいのに性格は悪い。でもいい性格はしている。

 結構上手いと思うけどなぁ。

 魔人ジョーク的にはダメなのか。


「しかもね!」

「うん」

「『それにぃ、魔王様が可愛いのは認めるけどぉ、自分で自分のこと可愛いって言うのはぁ、ぶっちゃけ可愛くなくなくなーい?』って言ってた!」


 なくなくなーい。

 なくなくなーい。

 ハニーが悪口を言ったやつの口調を真似するのは可愛いな。

 それはさておき。


「で、どうしたんだ?」

「どうもしないわよ!」

「え、消し飛ばさなかったの?」

「そうしようと思ったけど、我慢したわ」

「おお、偉いなハニー」

「褒めて」


 と、ハニーは頭を僕に擦り寄せて来たので、いい子、いい子をしてあげた。

 満足そうな表情で目を閉じるハニー。可愛いな。

 ……で、これはいつまで続ければいいんだ?


「もういい?」

「もっと」

「あとどのくらい?」

「寝るまで」

「晩御飯出来てるけど?」

「匂いからして、今日は––––パエリア?」

「アサリは食べやすいように全部殻から出したぞ」

「ダーリン大好き」


 チュッと不意打ち気味にキスをされた。

 なんだ、結構ご機嫌じゃないか。

 最初はカリカリしていたから心配したけど、問題はないみたいだ。


「我慢した理由他にもあるんだけどね」

「あ、ああ」


 まだ、話は続くらしい。


「なんか、見た目はいいとか、可愛いとか、外見だけはやたらと評価されてたから、見逃してやったのよ」

「ハニーは美人だからな」

「当たり前よ」


 ここで、僕はあることに気が付いた。


「ハニー、前髪下ろしたの?」

「あ、うん……下ろしたわ」


 以前、レヴィアさんから『魔王様が前髪を気にして戦闘中に動かなくなった』との相談を受けた。

 対処法として、『ハニーは前髪を作らない方が可愛いよ』と言ったことがあり、翌日からハニーは前髪を上げたり、横に流しおでこを出すようになったのだが––––今日のハニーはおでこが見えない。


「どうしたんだ?」

「……別に気分よ」


 浮かない表情のハニー。

 ははん、何かあったな。

 分かるぞ、旦那だからな。


「ハニー、誰かに何か言われたのか?」

「言われてないわ」

「ハニーはおでこ見えた方が可愛いよ」

「知ってるわ」


 あ、知ってるんだ。自覚はあるんだ。

 なるほど、可愛くはないな。

 言わないけど。


「じゃあ、なんで急にやめちゃったんだ?」

「そ、それは……」

「それは?」


 ハニーは節目がちに僕の顔を見る。

 そして、ベールを脱ぐように––––前髪をゆっくりと上げた。


「ニキビが……出来ちゃったの」

「うわ、可愛い」

「可愛くないっ!」


 え、ニキビ出来ちゃって、それ見せたくないから前髪下ろしたんでしょ?

 乙女じゃん。可愛いじゃん。


「きっとストレスのせいよ!」


 うん、ハニーってストレス多そうだもんね。性格的に。

 というか、今日の出来事は関係してそうな気もする。


「これじゃあ、戦闘中に『あ〜っ! ぷぷぷっ、魔王ってば、ニキビ出来てるぅ〜!』ってバカにされちゃうわ!」


 なんか、口調がキャロぽかった気もしたが(キャロなら絶対バカにする)、戦闘中にそんなことを気にする余裕があるのはハニーだけだぞ。


「とりあえず、家にいる間だけは、前髪上げとけば? 髪で擦れちゃうのってダメらしいし」

「……そうね」


 ハニーは渋々前髪をピンで止めた。ちょうどおでこの中心辺りにニキビが出来ていた。

 あー、確かに目立つなぁ。


「もう、本当にあり得ない。死ぬわ」

「ニキビぐらいで死なれたら困るわ!」


 人間も最強の魔王を倒したのが、ニキビだったと知ったら、腰が抜けるわっ。


「美しくなければ生きている意味は無いわ」

「ニキビ一つで、ハニーの美しさは変わらないよ」

「…………ほんと?」

「ほんとほんと」

「笑ったりしない?」

「しないしない」

「……大仏」

「あはははははははははははははっ!」


 い、いや、大仏は卑怯じゃない?

 おでこにニキビがある状態で大仏はダメじゃない?


「ほら、笑ったじゃない!」

「い、いやだって……」

「笑わないって言ったのに!」

「笑わせにきたのはそっちだろ!」


 大仏な、懐かしいな。

 僕の生まれ故郷にあるんだよな、大仏。

 僕の生まれ故郷は、バルーニャや王都とは雰囲気がだいぶ異なり、レンガよりも木材を使用した家が多く、屋根の形もちょっと違う。

 いやぁ、懐かしいね。

 そうだ、僕もハニーに話があるんだった。


「ハニー来週さ、お母さん来るから」

「はあ⁉︎ 来週⁉︎」

「うん、来週」

「もっと早く言ってよ!」

「え、一週間もあるよ」

「ダメよ、ネイルにも行かなきゃだし、髪も行かないとだし、あと––––ああ、ニキビがっ」

「別に良くない?」

「ダメよ!」


 ハニーってなんか、僕のお母さんの前だと普段よりも見た目を気にし出すんだよね。

 何なんだろう? 別にすっぴんでも世界一綺麗なのに。


「ああ、ダメ、髪が長過ぎるわ」

「普通じゃない?」


 てか、一か月前に行ったじゃん。

 ハニーは今付けたばかりのピンを外してから、コンパクトミラーを取り出し、前髪を整える。


「どうしよう、前髪変じゃない?」

「うーん、そう言われるとちょっと長いかもなぁ」


 微妙にだけどね。

 ハニーの前髪は、普段は目にかかるくらいなのだけれど(大体ふんわりと流している)、今は鼻の辺りまで伸びている。


「でも、上げとけば良くない?」

「ニキビあるでしょ」

「治るでしょ」

「治らなかったらどうするのよ!」

「別にそこまで気にしなくても……」

「私は気になるの!」


 ニキビを気にする魔王様ってどうなんだろう?

 可愛いとは思うけど。

 ハニーはコンパクトミラーを見ながら、前髪を手櫛てぐしで整え、顔を歪めた。


「やっぱり長いわ」

「少しだけだろ?」

「そうだけど……」


 やはり不満そうなハニー。

 そして、何かを決心したのか、数回頷き、


「決めた、もう自分で切るわ」

「やめとけって!」


 それ、絶対ダメなやつだ!


「だって、美容院の予約は再来週だし」

「早めてもらえばいいだろ!」

「人気のある所だから、無理なの!」


 そうなの? 僕の知らない世界の話だ。


「自分で切るのはまずいって」

「大丈夫、私ならやれるわ」


 その自信はどこから来るのだろうか? 自分の美貌にだけはやたらと自信満々のハニー様だが、それとこれは別だろうに。


「でも、僕の母親が来るだけだぜ?」


 そう言うと、ハニーは目を見開き「何言ってるのよ!」と語気を強めた。


「お義母様に会うのよ! ちゃんとしときたいじゃない!」

「ハニーは常に完璧だよ」

「それを決めるのはあなたじゃないわ––––私よ」


 言ってることはカッコいいが、やって来るのは僕の母親だぞ。

 分からないな、そこまで気にする必要は無いと思うのだが。

 僕のお母さん、はっきり言って魔王様がそこまでしないといけないような人じゃないと思うぞ。

 ハニーはいつの間にかハサミを用意し、洗面所へと向かったので、僕も急いでハニーを追う。


「マジでやるのか?」

「止めないで、私の前髪のことは私が一番理解してるの」


 前髪と心を通わせるハニー。

 でも、いま一番心を通わせるべきなのは、ハサミじゃないかな。


「いくわ」


 僕は固唾を飲み、ハニーを見守る。

 ハニーは、ハサミを縦に構え、慎重に前髪を切っていく。


 ちょきん、ちょきん、ちょきん、ちょきん、と。


 一定のリズムでハニーの髪が、ハラリと落ち着いていく。

 ふむ、自信満々に言っただけはあり、結構上手いな。

 なんなら僕の髪も切ってもらいたいくらいだ––––なんて思っていたその時。


 切った一本の髪の毛が、ハニーの鼻付近に落ち、そして、


「は、は、はっ、はくちゅっ」


 ジョギン––––と。


 くしゃみの直後に嫌な音が聞こえた。

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