第17話「人間のオスは罵倒されるのが好きだと聞いておりましたが?」

 昼食を取っていると、コンコンと扉をノックされた。


「魔王様、レヴィアですが」

「いいわよ」


 ハニーから入室の許可がおり、レヴィアさんが執務室に入ってきた。

 シャワーを浴びた直後だからだろうか、顔色は先程よりも良さそうに見える。


「すいません、ランチ中でしたか」

「別にいいわよ」


 とハニー。


「それで、要件は何かしら?」

「少し仮眠を取らせていただこうかと」

「別に毎回許可を求めなくてもいいわ」


 なんだか新鮮だな。こういう部下と上司の会話は。


「それにレヴィはもっと休みなさい」

「大丈夫です」

「大丈夫じゃないわ、そんな肌だとファンデを乗せた時に粉吹いちゃうわよ」

「お化粧はしませんので」


 したら美人なのにな––––とか考えていると、何故かハニーに耳を引っ張られた。


「何すんだ」

よこしまな考えをしていた制裁よ」

「なんで分かったの⁉︎」

「正妻だから?」


 もうこれさ、魔人ジョークって名前にしようぜ。

 うん、それがいい。

 ふと、レヴィアさんが僕の持って来たお弁当を見つめている事に気が付いた。

 レヴィアさんは、僕の視線に気がつくと、


「美味しそうですね」


 と言い、今度は僕に視線を向けた。


「美味しくなさそうですね」

「豚設定まだ継続してんの⁉︎」


 それともまさか、魔人って、


「魔人って人間を食べるの?」

「食べるわけないでしょ」


 ハニーが呆れたように答えた。

 そして、もごもごと口を動かし、


「ま、まあ、わ、わたしは、その……ダーリンのこと、その、た、食べ……あわわわわわっ」


 耳まで真っ赤になりながら、自滅する魔王様。

 ハニーってさ、上手いこと言いたいが故に下ネタも頑張って言おうとするけど、恥ずかしがっていつも言えないんだよね。

 仕方ないなぁ、拾ってやるか。


「まあ、食わしてはもらってるな」

「……は?」


 なんか、凄い目で睨まれた。

 しかも、レヴィアさんにまで厳しい視線を向けられている。

 なんで? 今の良くなかった? 結構良かったと思うんだけど?

 え、魔人ってジョークに厳し過ぎない?

 ……気まずいから、話逸らしちゃお。


「そ、そうだ、レヴィアさん、一口食べますか?」

「大丈夫です、もう歯磨きをしてしまったので」


 寝る気満々だ。

 寝れるかどうかは別にして。


「レヴィ、明日は休んでいいからゆっくり寝なさい」

「いいえ、大丈夫です」


 ハニーの折角の申し出を断るレヴィアさん。


「休まないと、減給するわよ」

「構いません」


 脅しも通用しない。

 というか、休まないと減給って……逆だろ普通。


「ねえ、どうしてそこまで働きたがるの? 魔王軍は現在働きた方改革中なのよ?」


 この前、首無しの騎士を働かせ過ぎた事を反省したのだろうか?

 いい事だとは思うけど……健全な魔王軍って、なんか違う気もする。


「もしかして、お給料が足りないのかしら?」

「いえ、私には勿体無いくらいです」


 多分、すげー貰ってるんだろうなぁ。


「じゃあ、次期魔王の座を狙ってるの?」

「魔王様は、ハニー様以外考えられません」


 まあ、僕としては早く辞めて欲しいけど。

 別に女の人が家庭に入るべきとか言うつもりはないけど––––出来るだけ一緒に居たいからね。

 幸い、お金の心配とか無いし。

 でもハニーが魔王をやりたいって言うなら、応援するしサポートもするけどね。

 全く、僕も微妙な立場である。


「分からないわ、一体何がレヴィをそこまで働かせるの?」


 ハニーは困ったように、レヴィアさんを見つめる。

 思えば、僕はこの二人の関係ってそんなに深くは知らないんだよなぁ。

 レヴィアさんは少しだけ考えてから、


「そうですね、正直に申しますと私には働いているという感覚がありません」

「どういうこと?」

「魔王様に無償でお仕えするのが、我々魔族の使命ですから」


(旧時代の影響ね)


 なんか、ハニーから念話が飛んで来た。


(どういうこと?)

(ほら、前はゲンコツ支配だったって言ったでしょ?)

(ああ、給料制になる前の話だろ?)


 給料を渡すのではなく、言うことを聞かないと殴るぞ––––と脅し、言うことを聞かせる魔王らしいやり方だ。


(でも、それがどう関係してるんだ?)

(あの方法だと、お金はかからないけど、みんな脅しが怖くて倒れるまで働くのよ。そのせいで、全体のパフォーマンスが落ちて、本来の戦闘力を発揮出来なくなるの)


 なるほど、言ってることは分かる。

 魔族だって、眠かったり疲れていたりすれば、戦闘力は落ちるし、咄嗟とっさの判断も鈍くなる。

 それを改善するための、給料制か。

 だが、以前のゲンコツ支配が強く根付き過ぎた影響もあって、レヴィアさんのように限界まで働くのが普通だと考える者もいると。


(レヴィは基本的な能力が高い分、無理が出来ちゃうの。限界までね)

(限界が来る前に、なんとか理由を付けて休ませたいんだろ?)

(あと、不眠症も)

(それもだよなぁ)


 でもなぁ、不眠症を一発で改善出来るような魔法はないのだ。

 不眠症ってのは、眠れない原因を探して、それを一つ一つ潰していかないとダメで––––いや、待てよ。魔法……魔法か!


(ハニー、僕に妙案がある)

(聞くわ)


 そうだ、アレがいいかもしれない。

 前にハニーに試したことがあるのだが、その時はハニーのあまりの魔法耐性の高さに効かなかった。

 しかし、ハニー以外ならおそらく効果があるはずだ。


(あのさ、ハニーがレヴィアさんに睡眠魔法かけてあげればいんじゃね?)

(……!)


 これなら、不眠症は一発で改善だ。


(しかも、強制的に休ませられるよ)

(やるわね、ダーリン)


 要するに、強制睡眠で休ませるってわけだ。

 ちょっと人権––––というか、魔人権的なものは(あるのかは知らない)無視しているかもしれないが、休まないのはダメだからね。


 こうして、少し強引ではあるが、レヴィアさんのオーバーワークと不眠症は改善した。


 ––––そして、後日。


「おや、コーエン様。こんなところで油を売ってないで、そろそろ出荷されてはいかがですか? フォアグラのように油が乗っていてちょうど食べ頃ではありませんか」


 魔王城にて、今日もランチデリバリー中の僕に、いきなり毒舌をかましてきたのは、もうお馴染みとなりつつもあるレヴィアさんである。


 あれ、でもなんか––––今日はすごい美人だな。

 グレーの瞳の中にはキラキラとした銀幕の世界が広がっており、明るいブロンドの髪は粒子が飛んでいるかと思わせるくらい周囲を明るく照らしていた。

 すごいなぁ、生活が変わるだけで人はこんなにも変わるのか。


「おや、コーエン様。鳩が豆鉄砲を食らったような顔をされてどうなさいましたか? 鳩頭なのは認めますが」


 中身は変わってないみたいだね。

 でもなんで鳩なんだろう? 

 アレかな、フォアグラからの鳥繋がりか?

 いや、それともフォアグラと油で韻を踏んでるのか?

 それとも、自分は人を踏むのも韻を踏むのも得意だとでも言いたいのか?

 エスプリもSっぷりも効いてるとでも言いたいのか?

 分からない。考えるのを放棄しよう。

 というか、ご機嫌を取る方向で行こう。


「レヴィアさん、今日は綺麗ですね」

「おや、後ろから魔王様が」

「は、ハニー! こ、これは違うんだ!」


 が、後ろを振り向いてもハニーは居なかった。


「嘘ですよ」

「脅かさないでくださいよ!」


 全く。他の人にそんな事を言っている現場を見られたら、世界が吹っ飛んじゃうよ。


「あの、レヴィアさん」

「何でしょう?」

「なんでいつも僕に対して、その、辛辣しんらつというか、意地悪な事を言ってくるんですか?」

「スキンシップですかね?」

「どこが⁉︎」


 今のどこにスキンシップ要素あった⁉︎

 あったのは、ズキンと痛む僕の心だぞ。


「はて、おかしいですね」


 そう言ってレヴィアさんは、不思議そうに小首を傾げた。


「人間のオスは罵倒されるのが好きだと聞いておりましたが?」

「それは、一部のオスの話だからっ!」


 じゃ、じゃあ、毎回浴びるこの毒舌は挨拶みたいなもので、レヴィアさんは僕と仲良くしようと罵声を浴びせていたのか⁉︎

 それで、僕が喜ぶとでも⁉︎

 いいや、あり得ないね。


 「誤解しないでください、僕は罵倒されて喜ぶ一部のオスとは違います」

「魔王様の尻に敷かれているのに?」

「ぐっ……」


 おっとぉ、何を言ってるんだこの魔人さんは。

 やれやれ、そんなはずはないじゃないか。

 全く、人間と魔族、お互いの理解にはまだまだへだたりがあるみたいだね。


 いや、決して魔族と人間の相互理解不足を理由に、話を逸らしてるわけじゃないよ?

 違うからねっ!


「レヴィアさん、それは誤解ですよ」

「尻に敷かれるだけではなく、頭も上がらないのに?」

「え、頭の上にお尻を乗せて座られるの?」

「……えっ、ち、ちが、そういうんじゃなくてっ……」

「なるほど、一部のオスにとってはご褒美ですね」

「あ、だから……、違うんですっ!」

「何がですか?」

「だ、だから……、あ、あうっ、ふみゅうっ」

「ふみゅうって……可愛すぎません?」

「あ、ああああああっ」


 手で顔を覆い隠すレヴィアさん。

 指の間からは、赤く染まった頬が見え隠れしていた。

 どうやら、魔人という種族は下ネタ耐性がないらしい。

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