第16話「あなたの奥様は、ちゃんと働いてるのよ」
「よっ」
「あら、時間ぴったりね」
置き時計を確認するハニー。時刻はちょうど十二時を指していた。
僕は現在、魔王城にあるハニーの執務室を訪れている。
室内の様子は、執務室というだけはあり、大きな長テーブルに、来客用の応接セットなどが置かれており、全体的に朱色と茶色で構成された室内は、落ち着いた雰囲気にまとまっている。
まあ、来客用の応接テーブルにはメイク道具が散乱しているのだが。
ハニーは片付けが出来ない魔王なんだよね。
無に返すのは得意だけど。
冗談はさて置き。
僕は持ってきたお弁当箱をハニーに見せた。
「ほら、これ」
「持ってきてくれたのね。助かるわ」
ちなみにレヴィアさんは、シャワーを浴びるからと執務室の近くにあるシャワールームへと向かったので、今は不在だ。
魔王城なのに、シャワールームがあるのは、戦闘中にかいた汗を気にする誰かさんの為である。
で、その誰かさんはテーブルの上で、何かの資料と睨めっこをしていた。
「何見てるんだ?」
「ああ、これ?」
とハニーは束ねられた紙を振って見せた。
ハニーがやっている魔王業は、ハニーのお父さんの世代から、結構デスク仕事が多くなったらしい。
給料制にした分、統率が効きやすくなった影響で、事務仕事が増えたのだとか。
「これね、来年建設予定の学校の資料」
「学校?」
「そう、学校」
「魔族が?」
「うん」
資料に目を落としたまま、淡々と答えるハニー。
「なんで学校なんて作るんだ?」
「一つは、人間を見習って教養を身につけるためね。魔族ってバカが多いから、知識で人間に負けるわ」
なるほど、ハニーも考えてるな。
「あと、戦闘の時、戦術的に動ける指揮官の数が足りてないから、その育成も兼ねてるの」
「お、おお……」
「何よ、その反応」
「いや、急にまともな事言い出したから」
「あなたの奥様は、ちゃんと働いてるのよ」
奥様はちゃんと魔王様だった。
ただ、なんかその仕事振りは魔王に相応しくはない気もする。
「あとは将来的なことを考えると、全体の教養は絶対に上げとかないとダメね」
「……そ、そっか」
「あ、こういう話ダメなタイプ?」
「なんかそうっぽい」
頭が話を理解しようとするのを諦めているのを感じた。ストレスを感じる。
「まあ、いいわ。ちょうどキリもいいし、お昼にするわ」
「あ、ならさ、お弁当少し多く作ったからさ、僕も一緒に食べていい?」
「もちろんよ」
たまにはね、僕も一緒に食べたいからね。
でもその前にやらないといけない事がある。
––––掃除だ。
「ハニー、掃除するから」
「別にやらなくていいわよ」
「じゃあ、どこでご飯食べるんだ?」
ハニーはメイク道具が散乱している応接テーブルを指差した。
「そこよ」
「無理だろ」
「隙間があるでしょう?」
そりゃあ、あるにはある。
三面に展開されているメイクアップミラーと、アイシャドウの間には置けそうな気もする。
だが、全体的に汚い。
なんでハニーは、見た目は凄く綺麗なのに、こういうのは汚いんだろう?
「ダメだ、掃除をします」
「いらないわ」
「じゃあ、お昼無しね」
「……ぐっ」
というわけで、簡単に掃除をする事になったのだが、ハニーは基本的に戦力外なので(逆に汚すし散らかす)、テーブルとか椅子を重力魔法で浮かして貰い、その間に僕がサッと清掃した(これは家でもよくやる清掃方法だ)。
「ほら、綺麗になった」
「はいはい、ありがとう」
今日魔王城に来たのも、半分くらいはコレをやるためだ。
僕がやらないと誰もやらないからな。
僕は次に、綺麗にしたばかりの応接テーブルにお弁当を広げて、昼食の準備を始める。
今日のお弁当は、三種の変わり種ハンバーグだ。
一つ目はシソ。二つ目はアジ。
そして三つ目は、ハンバーグ自体は普通なのだが、自家製のチョコレートソースを作ってみた。
チョコレートに赤ワインを少し混ぜて、ハニー好みの味付けに仕上げた。
「いい匂いね」
「出来立てだからな」
ハニーは早速チョコレートのハンバーグを一口食べる。
「どう?」
「いいわね」
ご満悦の表情を浮かべるハニー。
僕も一口食べてみる……うん、いいね。
食事を進めながら、気になったことをハニーに聞いてみる。
「レヴィアさんさ」
「レヴィがどうしたの?」
「働かせ過ぎなんじゃないの? 目の下にクマ出来てたぞ?」
「休めって言っても働いちゃうのよ」
それは、どういう心理なのだろう?
魔王様の為にって感じなのだろうか?
「前に一ヶ月近い休養を与えた事があるのだけれど、普通に毎日来てたわ」
レヴィアさんの方が家畜じゃん。家畜同然に働いてるじゃん。
「私としても、レヴィは貴重な戦力だから、しっかりと体調を整えて欲しいんだけどね」
レヴィアさんは、夜の間だけとはいえ魔王の代理を任されている。
それは、ハニーのように見た目がいいからではなく––––単純に強いからである。
もちろんハニーほどではないが、並の勇者や冒険者なら、複数人でも片手であしらえる程に強い。
「不眠症なんだろ?」
「そうなのよねー」
頷き同意するハニー。
「私もそうだったのだけれど、眠れないのは本当に辛いわ」
そうそう、ハニーも昔不眠症だったんだよね(魔王すらも悩ませる不眠症だ)。
結構多いらしいよね、不眠症の人。
特に女性に。
そう考えると、魔人も人間も似てると言えるな。
で、話の通りハニーも昔は不眠症に悩ませれていたのだけれど、アロマとかマッサージとか枕を変えたりとか色々やって、最近は改善したらしく毎日ぐっすり寝ている。
具体的には枕を変えたのが決め手になったとか。
まあ––––その枕って僕なんだけどね。
僕はいつも、眠る時はハニーにぎゅーっと抱き付かれており、夜の間僕の職業は、主夫から抱き枕へとクラスチェンジを遂げる。
要するに、ハニーは僕を抱き枕にする事により、安眠を手に入れた。
反対に僕は胸を押し付けられ、息苦しさを感じるようになった。
ハニーはいつも薄着で寝るので、胸が直接顔に当たるんだよね。
結果僕は、暑いし、動けないし、寝苦しいわの三重苦を味わうことになった。
おっぱいというものは、無駄に弾力性の高い分、胸の脂肪が口と鼻の形にぴったりと吸い付くように張り付き、まじで息が出来なくなる。
しかも、魔王による拘束なので脱出は不可能と言ってもいい。
単純にハニーは力が強いのだ。
でも––––文句は言わない。
理由は勝手に察してくれ。
「ねえ、どうすればレヴィが眠れるようになって、休みを取るようになると思う?」
「うーん、不眠症はこれといった対処法がないし、休みを取らないのは僕にはどうにも出来ないよ」
ハニーが不眠症で悩んでいた時期に調べたことだが、不眠症には、大きく分けて四つのタイプがある。
入眠困難(中々寝付けないこと)、途中覚醒(何度も目が覚めること)、早朝覚醒(起床時刻の前に目が覚め再び寝付けないこと)、熟睡障害(眠りが浅いこと)の四つだ。
ちなみにハニーは典型的な入眠困難で、眠りさえすれば後は問題なかった。
で、レヴィアさんはおそらくこの全部なんじゃないかと思われる。
なんか、一日四時間くらいしか寝てないらしいし。
「睡眠時間が短いとさ、日常に色々影響でるよな」
「お肌も荒れるし、髪質も悪くなるわ」
「あとは、戦闘面でもコンディション不良は避けられないんじゃないの?」
寝不足の状態で、勇者と戦っているとなると、かなり危険な気もする。
「ああ、それは問題ないわ」
首を振り否定するハニー。
「なんでさ?」
「夜は警備が厳重だから、レヴィの居る玉座まで辿り着けないもの」
あ、そっか。
ハニーがいつも城の前で戦うから、忘れていたが、普通はこっちがスタンダードだった。
「それに朝になれば、私も来るから問題はないわ」
うわっ、それは勇者からしたら
城の前に魔王が居ないと思って忍び込んだら、城内の強力なモンスターに襲われ、朝日と共に最強の魔王様もお出ましになると。
エゲツな。
でもさ、そうなると昼間と夜どっちが難易度高いのか気になるよね。
いや、流石に昼間かな。
だって、ハニーを倒すのは不可能だし。
「だから、レヴィには玉座でゆっくりしてもらっているわ」
「なら、結構休めてるんじゃないの?」
なんなら、勇者や冒険者が最深部まで来そうになかったら寝ててもいいんだし(寝れるかはさて置き)。
「それがあの椅子、座り心地最悪なのよ」
「どういうこと?」
「ほら、あの椅子金ピカでやたらと背もたれが高いでしょ?」
「うん」
「見た目の豪華さばかり優先してて、座り心地とか全く考えてないのよ。お尻とか痛くなるし長時間座っていると腰にもくるわ」
だから私は絶対に座らない––––とハニーはムッとした表情を浮かべる。
「特に背もたれについてるドクロの装飾が最悪ね。背骨に直撃よ」
「レヴィアさんが不眠症なのって、その椅子が原因なんじゃ?」
「いや、流石に座らないでしょ」
魔王の椅子に魔王が座らない。
職務放棄もいいところだが、その理由が座り心地が悪いって、ワガママ過ぎない?
「でもそれならさ、椅子変えればいいんじゃないの?」
「そうしたいのは山々なんだけど、あれ相当値段が高かったから、捨てるに捨てれないのよねー」
ハニーってさ、意外に貧乏性なんだよね。
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