第15話「本当にぶつくさうるさいですね、こんなところで道草を食ってないで豚草でも食べたらどうです?」

「おや、コーエン様。こんなところで道草を食っているとは流石は無職のニート、いいご身分ですね。庭の人食い草に食べられてはいかがですか?」


 魔王城の廊下にて、出会い頭にいきなり毒をはいてきたこの女性の名前は、レヴィア・タンザナイト・フォンテーヌ。

 グレーの瞳に、明るいブロンドの髪が特徴的な魔人である。

 もっとも、グレーの瞳は死んだ魚のように薄汚れ、ブロンドの髪はボサボサである。

 ちゃんとしていれば、物凄い美人なのを知っている身としては––––勿体ないなと思う。

 ちゃんとしていない理由には予想が付くが。


「また夜勤明けですか?」

「ええ、十八時間は働いております」


 要するにお疲れなのだ。

 彼女は、ハニーの右腕として魔王城で働いているのだが、主な仕事が夜の魔王なのである。

 これは、けっして仕事がブラックだから、夜の魔王なのではなく––––レヴィアさんは、夜間の間、ハニーの代理で魔王をしている。

 ハニーが美容の為に寝るからだ。


 おまけに不眠症や、起きている間に仕事をしていないと落ち着かない性格も相まって、激務な毎日を送っているらしい。


「それで、本日はどのようなご用件で? 冷やかしですか?」

「魔王城に冷やかしにくるって相当勇気あると思います」

「それとも、愛しのハニー様に会いに来たのですか?」


 冷やかしているのはどっちだろうか?

 まあ、要件は間違ってないのだが。


「そうです、ハニーにお弁当を届けに来ました」


 本来なら朝、ハニーが魔王城へ移動魔法で飛ぶ際に渡すのだが––––ちょっと凝ったものが作りたくなってしまった(料理人のサガだ)。

 おまけに、作りたい物の材料も手元になく、市場に買いに行く必要もあったので、結果的にハニーの出勤には間に合わなくなってしまった。

 ってなわけで、作るのが遅れてしまったため、こうしてランチの時間に魔王城までデリバリーをしている。


「ハニーは執務室に居ますか?」

「おそらく」

「では、向かいますね」


 と、僕は執務室の方に足を向け歩き出したが、レヴィアさんも着いて来た。


「何で着いてくるんですか?」

「おや、豚の鳴き声がしますね……この近くに養豚場は無かったはずですが……」

「人のこと豚扱いするのやめてもらっていいですか⁉︎」


 この人は、ハニーとは違うベクトルでいつも機嫌が悪いんだよね。

 主に僕に向かって毒を撒き散らす。

 なんだか、ハニーが可愛く見えてくるな。


「ていうか、ついさっきまで普通に話していたでしょう⁉︎」

「本当にぶつくさうるさいですね、道草ではなく豚草を食べては?」


 妙に言い回しが上手いレヴィアさんである。


「あのですね、僕は豚ではなく人間なんですよ」

「では敵ですね」


 そうだけど! 魔人にとってはそうだけど!


「僕は違うでしょう? 何もしないし、人畜無害でしょう?」

「ああ、なるほど、なるほど。家畜は家畜でも、豚ではなく、人畜であると。家畜(人)であると」

「人畜だけ切り取らないでもらえます?」


 だからさ、なんでそう言い回しが上手いの?

 ハニーも結構そういう所あるけどさ、何? 魔人ってそういう感じなの? これ、魔人の必須スキルか何かなの?


「そもそも、なんで人扱いしてくれないんですか?」

「してますよ、人畜でしょう?」

「まず、家畜から離れてもらっていいですか?」

「なるほど、なるほど。道草を食べていたので、自分は家畜ではなく、野生の豚だとおっしゃりたいのですね?」

「違うからな」


 今度は家畜から野生の豚にされてしまった。

 何があっても豚扱いを継続したいらしい。

 人ではないと認識したいらしい。

 いや、そもそもだ。

 そもそもさ、人じゃないのはそっちだろ!

 人外で人で無しはそっちだろ!

 魔人なんだから!


「でもその理論だと、ハニーは豚と結婚したことになりますよね」

「毎日尻にかれているのでしょう? この豚野郎」

「罵倒して意味を通してきただと⁉︎」


 もうなんか、罵倒というよりかは抜刀ばっとうだ。

 切り刻むって意味でな。


「それとも、尻に敷かれたのではなく、胸に惹かれたのですか、この豚野郎」

「…………」


 半分くらい事実だから、言い返せないぞ。


「まったく、とんだ変態野郎ですね。豚小屋ではなく、豚箱の方がお似合いでは?」

「……すいません」


 なんか、何も悪いことしてないのに謝っちゃった。

 こ、心が。心が痛い。

 口撃力が高過ぎる。こっちのメンタルポイントがゴリゴリと削られていく。

 だけど、この謝罪が効いたのかは分からないが、レヴィアさんがこれ以上爆撃のような毒舌を放つことはなかった。


「時にコーエン様、ご相談があるのですが」


 え、いきなり話変わるじゃん。

 本当に何なの? 女の人の心理ってマジでどうなってるの?

 まあ、これ以上荒波は立てたくないから話を合わせるけどさ。


「何ですか?」

「先日、コーエン様のアドバイスのおかげで魔王様が戦闘中でも軽快に動けるようになったのですが––––」


 ああ、あの重力魔法で胸を浮かせる案な。


「最近また、動かなくなってしまいまして」

「え、何でですか?」

「動くと前髪が乱れるからと」

「……そうですか」


 なんかさ、ハニーってさ、魔王辞めた方がいいと思うんだよね。

 いるか? 戦闘中に前髪を気にする魔王っているか?

 戦闘中にコンパクトミラー出して、前髪直してるの?

 それとも、勇者の剣に映る自分の姿を見て直すのか?

 ヤバすぎだろ、煽り性能高過ぎだろ。


「何とかしてもらえませんか?」

「そうだな……」


 前髪も重力魔法で……いや、アレは固定出来るタイプの魔法じゃないな。

 じゃあ、僕の時間停止の魔法で……いやこれもダメだ。毎日お弁当プラスそれをやるんじゃ、流石にレッドアイの魔力でも持たないな。

 どうするか、前髪か……。

 帽子とか勧めてみる? でもそれだと激しく動くと帽子が飛んじゃって、余計に意味なさそうだし……。

 あ、そうだ。いい案があるじゃん。


「ハニーに、『前髪作らない方が可愛いよ』って言っておきます」


 あとは、動けばダイエットになるぞって言えば、ハニーなら喜んで動くだろう。

 もう手慣れたものだ。

 ハニーの扱いも、豚扱いも。

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