第14話「この前、すれ違った人の胸見てたじゃない」
「ねえ、いつ揉んだの?」
冷たい目で僕を見据えるハニー。
やばいよ、凍てつく波動を放ってるよ。
とにかく否定しないと。
「僕はハニー以外の胸を揉んだことはない」
「どうかしら、嘘なんていくらでもつけるわ」
ハニーってさ、いーつもこれ言うんだよね。
「ハニー、僕を信じてくれ、断じてない」
「ふーん、この前すれ違った人の胸見てたじゃない」
ぐっ……、だって、だってさ、歩く時に揺れてるんだもん。
ほら、動くものって見ちゃうじゃん?
風に舞う木枯らしとか見ちゃうじゃん?
海上を移動する船とか見ちゃうじゃん?
それに大きい物って見ちゃうじゃん?
大きな城とかつい見ちゃうじゃん?
目の前から背の高い人が歩いて来たら見ちゃうじゃん?
これは人間の
僕は悪くない。
なーんて、言い訳したらもっと酷いことになると僕は理解している。
大丈夫、ここは
「ハニー」
「何?」
「僕がハニーを悲しませるような事をするわけないだろ」
「…………」
無言で僕を見つめるハニー。
これは僕の紛れもない本心だ。
ハニーが悲しむ所など絶対に見たくないし、自らの行動でそんな事になったら、僕はとても辛い。
僕はハニーが大好きなんだ。
でもハニーはまだ納得していない様で、不満そうに毛先をいじる。
よし、ここは押して行くか。
「そもそも、ハニーよりいいおっぱいの人が居るわけないだろ」
「じゃあ、私よりいいおっぱいの人がいたら別れるの?」
うわ、そう来るの? もうさ、頼むからこの手の質問はさ、正解の回答をさ、学校で教えて欲しいよね。
なんなの、このもっといい人がいたら––––みたいな話。
ズルくない? 難問じゃない?
だが、解くしかない。
ハニーを不機嫌にしたら最後。山を吹き飛ばし、海を割り––––最終的には人類を滅亡させるかもしれない。
ここで、ハニーのご機嫌を取ることは、世界を守ることに繋がるんだ。
頭を
魔術学校のテストの時でさえ、こんなに頭使ったことないが––––なんとかハニーの納得する答えを捻り出せ。
「えと、もしも判断基準がいいおっぱいだというのなら、ハニーはそのいいおっぱいの人よりも、更にいいおっぱいになるように努力する人でしょ?」
「当たり前でしょ」
即答するハニー。
「僕はそうやって、ずっと好きでいてもらえる為に努力するハニーが好きなんだ」
スカーレット先生はこう言っていた。
好きになるのは簡単だが、好きでい続けるのは難しいと。
僕はハニーのことがずっと好きだ。
「僕がハニーのことを大好きなのは、ハニーがいつも素敵でいるために努力してるからでしょ?」
「……大好きなの?」
「大好き」
「……ふぅん」
「大好き」
「二回言わなくていい」
「大好き」
「……もうっ、分かったからっ」
照れたように顔を背けるハニー。
良かった。ハニーも納得してくれたようだ。
人類のみんな、僕はいま世界を守ったぞ。
ハニーは、この話はもう終わりと言わんばかりに話題を元に戻す。
「なら、痩せないとね」
ハニーは不満そうにもう一度体重計に乗り、自らの体重を受け入れ、ため息をついた。
「大体、最近ダーリンが美味しいパンを作るからいけないのよ」
「いや、ハニーが美味しそうに食べるからつい、な」
「美味し過ぎるのよ」
いやぁ、好評なのは素直に嬉しいね。
「何なのあのモチっとした食感に、香ばしい香りは! ダーリンの前世はパン屋さんだったの?」
「僕も正直自分の才能が怖い」
もうね、本当に美味いんだよね。王室に献上出来そうなくらい美味いんだよね。
「とりあえず、明日のお弁当は要らないわ」
「えっ、もう作っちゃったんだけど」
「ダーリンのお昼ご飯にしてちょうだい」
「メロンパン焼いたんだけどなぁ」
「め、メロンパンですって⁉︎」
ハニーは食い付くように、目を輝かせた。
「外はカリカリ、中はフワフワで、中身にマスクメロンを贅沢に使ったクリーム入れたんだけどなぁ」
「あ、あああ、ああ……」
ハニーは両手で頭を押さえながら、プルプルと震える(当然胸もプルプルと震える)。
「そっかぁ、要らないのかー」
「……い、いらないわ!」
「じゃあ、僕が食べちゃうかー」
「ちょ、ちょっと考えさせて……」
「はいはい」
ハニーは数秒間ウンウン唸ったあと、何か思い付いたようで、ニヤリとイタズラっぽく笑ってから、もう一度体重計に乗った。
「見て」
「見ていいのか?」
「いいわよ」
体重計のメモリが差していた数字は、0を自然数に含めないとするなら最小の数字でもある『1』。
または、整数の通常順序において、0の次であり、2の前となる数字。
「これなら、何の問題もないわね」
「いや、ダメだろ!」
ハニーって、飛べるんだよね。それも自由飛行が出来る。
魔人の中にも飛べる者はいるが(大体羽根生えてる)、完全な自由飛行が出来るのはハニーだけだ。
ハニー曰く、「重力を操ってる」との事である。
要するに1キロなのは、ハニーが自身の身体を浮かせてるからだ。
ズル以外のなんでもない。
「反則だと思います」
「人類の知恵程度では、この魔王を打ち倒す事は不可能よ」
「体重計を人類の代表にしないで」
魔人––––というか、魔族には体重を気にするみたいな文化は無いらしいからな。
これは、ハニーがどんどん人間味を増してるとも言える。
いいことなのか、悪いことなのかは分からないけど。
「大体さ、その重力を操る魔法ってハニーしか使えないんだろ?」
「らしいわね」
僕の
魔力の高い者のみに発現する固有魔法があると、魔術学校で教わった。
「そんな固有魔法をさ、体重を誤魔化す為に使うのはダメだと思うな」
「レインボーフランベがよく言うわね」
「レインボーフランベは必要だろ」
アレやると風味が良くなるし、高い火力を出すとなったら虹炎に決まってんだろ。
「そもそも、ダーリンの料理が美味しいから、私が太っちゃうんでしょ!」
「美味しくて何が悪い」
「食べ過ぎちゃうの!」
「それは言い掛かりだね、自制できないハニーが悪い」
「いいえ、出す量が多いダーリンが悪いわ」
「別に全部食べなくていいっていつも言ってるだろ?」
明日のお弁当とか、僕のお昼に使えるので晩御飯は少し多めに作ってるのだが、ハニーは全部食べちゃうんだよね。
「だ、だって、美味しいんだもん……」
ハニーは拗ねたようにくちびるを尖らせた。
可愛いなぁ。そういうこと言われると、料理を作るのが楽しくなっちゃうよね。
でもさ、前から疑問に思ってる事がある。
ハニーっていっぱい食べるわりに、食べた後お腹出てないんだよなぁ。
さっきも凄い食べたのに、ハニーのお腹はすらっとしている。
一体どういうことなんだ?
「ハニーってさ、食べてもお腹出ないよね」
「腹筋鍛えると出なくなるわよ」
「そうなの⁉︎」
それは、知らなかったな。
前も言ったが、ハニーは鍛えている。魔王としての強さを維持するためではなく、己の美貌を維持するために。
なので、腹筋が割れているわけではないが、余計なお肉が無くとても綺麗なお腹をしている。
「このスタイルは、日頃の努力の賜物なのよ」
「じゃあ、なんで太ったの?」
「フトッテナイ、ワタシハフトッテナイ」
棒読みのハニー。
流石に今のは意地悪だったか。
「何キロくらい太ったんだ?」
「私1キロだから」
真面目には答えないハニー。
「1キロなら胸の方が重いね」
「そうなの! もう本当に肩が凝って大変なのよ!」
よく言うよね、胸の大きい人は色々大変って。
例えば、戦闘中のハニーは一歩も動かない。
ハニーの戦闘スタイルは不動魔王だ。
動くと胸が揺れて痛いらしい(かわす必要が無いだけかもしれないが)。
だがこれは、ハニーの強さを更に引き立てているようで、魔族からは、
「一歩も動かずに勇者を撃退するとは、流石は魔王様だ」
と称えられている。
逆に勇者や冒険家からも、その微動だにしない戦闘スタイルは恐れられており、魔王を一歩でも動かせれば、賞賛される始末だ。
でも動かない本当の理由は、激しく動くと胸が揺れて痛いからだ。
なんか、色々間違ってる気はするが。
他にも、ハニーは胸が大き過ぎて爪先が見えないらしく、足元が見えないせいで階段を降りるのが大変だと言っていた。
だから、重力魔法で飛んで降りるんだよね。
いやー、本当に便利だな重力魔法。
……ん、いや、待てよ。
「それ、胸浮かせればいんじゃね?」
「……!」
ハニーは指をパチンと鳴らし、早速胸を浮かせた。
おお、胸の形も変わって更に美乳になった。
「ダーリン! これ凄いわ! もうブラは不用よ!」
興奮した様子ではしゃぐハニー。
「そんなにか?」
「だって3キロよ? 赤ちゃんを抱っこしてるようなものよ」
それは重いかもな。それを一生となると––––うわ、重いな。
ってことは、もしもハニーと胸以外同じ体型の人がいたとしたら、体重もそのくらい違うのか。
体重を測る上で文字通りのウエイトだな。
でも、今のハニーはそれが無くなったわけで。
「ハニーさんや」
「なぁに?」
「ハニーは胸が大きい分さ、胸の小さな人と比べてその分重くなってるわけじゃん?」
「そうね、差別だと思うわ」
「だよな。だったらその分は測る時にマイナスしてもいいんじゃないの?」
なんと、僕はとんでも理論を展開し、ハニーを騙すことにした。
「そうよ!」
ハニーは騙された。
「ダーリンの言う通りよ! なんで巨乳であるこの私が貧乳と同じ土俵で体重計に乗らないといけないのよ!」
「そうだ、そうだー」
「なら、私全然太ってないわ、むしろ痩せたわ」
「じゃあ、メロンパンは?」
「食べるに決まってるでしょ!」
それから数日間、ハニーの機嫌はとても良かった。
おまけに、軽やかに動けるようになり、戦闘力を更に高めた。
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