第13話「誰の胸と比べて?」
「い、いやあああああああああっ!」
突然、脱衣室からハニーの叫び声が聞こえて来た。
脱衣室まで10メートルも離れていないが、僕は移動魔法で急行する。
「ハニー、どうした⁉︎」
「見ないで!」
僕を見た裸のハニーは、慌てた様子でしゃがみ込む。
いやいやいや、見ないでと言われましても。先程まで一緒にお風呂に入ってたじゃないですか。
ハニーって、お風呂も、お風呂を出てからもやたらと長いんだよね(トータルで二時間オーバーだ)。
フェイスケアやら、ボディークリームやら、やることが沢山あるらしい。
一緒に入るのは、それらを含めたハニーのバスタイムがやたらと長くなってしまうからである。
ハニーはいつもご飯の後にお風呂に入るので、晩御飯の片付けや、明日のお弁当の仕込みに手間取って入るのが遅れた場合、何時間も待たされることになるからな。
そうそう、話は
なんと自家製のメロンパンを入れたんだぜ!
最近凝ってるんだよねー、自家製パン作り。
自分で作ったパン生地をこねてから、かまどで焼いている。
パン生地の素材を変えてみたり、焼き加減を変えてみたり。色々調整した。
そして、日夜研鑽を積んだダーリンパン工場は、遂に菓子パンまで作れるようになった。
ハニーからも、僕のパンは美味しいって好評だったし、明日のお弁当は絶対に喜んでくれるはずだ。
––––それはさておきだ。
僕たちは今更裸を見られた所で、恥ずかしがる仲ではないのだが?
夫婦なんだが?
と言うか、数十分前に、ハニーが頭を洗う時に胸がプルンプルン揺れるのを見てるんだが?
ま、まさか、見てるのバレたのか⁉︎
見過ぎで嫌われたのか⁉︎
僕は高速で頭を下げた。
「ごめん、おっぱい見過ぎて」
「それは、別にいいわ。見たいなら見ればいいじゃない」
あ、見てもいいんだ。
え、でも違うというなら、何だ? 何が見ちゃダメなんだ?
ここは、女性心理になって考えてみよう。
女の人がお風呂上がりに見られたくないもの––––なんだ?
すっぴん……は違うな。
大体、これもお風呂で散々見てるし、ハニーは休日とか普通にすっぴんだし。
というか、ハニーは別にお化粧をしていなくても、顔に「私が世界で一番綺麗」と書いてあるくらい自分の顔面に自信を持っている。
僕はハニーのそういう所がちょっと好きだ。
でもこれも違うとなると……いや、待て待て。
そもそも僕は、ハニーの叫び声が聞こえたから急いで来たんだ。
それも移動魔法を使って"急いで"だ。
"見られたくないもの"が何かはさて置き、それ以前に何かがあったのは確実で、僕の予想は、
「さっき、ハニーの叫び声が聞こえたけど、もしかして虫か?」
「違うわ」
良かった違うのか。
いやー、焦った。
だってさ、もしもさ、虫が出たならさ、ハニーこの辺吹き飛ばすって言ってたじゃん?
アレ、冗談には聞こえないんだよね。
ハニーならやりかねない。
でも違うとなると、本当に何なんだ?
何が魔王様でもあるハニーに、叫び声を上げさせたのだろうか?
「ハニー、一体どうしたんだ? 何があったんだ?」
「……これ」
ハニーは足元にある何かを指差している。
何だろうと目を凝らしてみる。
「体重計?」
そこにあったのは、まごう事なき体重計であった。
「体重計がどうしたんだ?」
「……ちょっと待って」
ハニーは僕を静止してから、もう一度体重計に乗り、体重計を測る。
そして言う。
「これ、壊れてるわね」
「…………」
あーなるほど、なるほど。
見ないでって言うのは体重計のメモリですね。
もしくは太った自分の身体ですかね。
まあ、どっちでもいいんですけどね。
「ハニー」
「壊れてるわ」
「ハニー」
「だっておかしいもの」
「ハニー」
「私がこんなに重いわけない」
ハニーって結構太りやすいんだよね。
仕事とかでストレスが溜まると、甘いものをよく食べる。
別に見た感じ太ってるようには見えないんだけど、ハニーってやたらと体重気にするんだよねー。
仕方ないなぁ。擁護してやるか。
「ハニー、まずは僕の話を聞け」
「許可するわ」
「まずハニーは胸が大きい」
「そうね」
「両方で多分三キロくらいはあると思う」
「随分と正確ね」
「持ち上げた時の重さが、市場で買った三キロのお肉くらいだった」
「はあ? 私の胸が贅肉だって言いたいの?」
「違う違う違う!」
やばい、擁護しようとしたら変な誤解を与えてしまった。
ここは、ハニーの胸の素晴らしさを語るしかない。
「ハニーの胸の素晴らしさは、大きさだけではなく、その柔らかにもあるのだが、何より形がとても綺麗で、重力に逆らうかのように形取るハニーのおっぱいを見ていると、絵画や彫刻のような芸術作品を見ているのかと錯覚してしまい、日々の疲れやストレスを忘れて癒されるし、一揉みすれば、難病だって克服すること間違いなしだね」
「じゃあ、私は胸以外に価値はないってわけ?」
「違う違う違う違うっ!」
くっ、ちょっとストレートだったな。いまのは流石に胸ばかりフォーカスし過ぎた。
ハニーは胸以外も素晴らしいのだから、そこからフォローしよう。
「ほら、ハニーはスタイルいいじゃん?」
「そうね」
認めるスタイル。嫌いじゃない。
「大事なのはさ、体重じゃなくて見た目のバランスなんじゃないかな?」
「はあ? 胸だけ大きくて、バランス悪いって言いたいわけ?」
「違う違う違う違うっ!」
しまった! またやってしまった! 確かにハニーは胸だけ大きいけど! ウエストとかアンダーバストとかやたら細いのに、胸だけ大きいけど!
小顔なのも相まって、顔より胸の方がデカいけど!
くそ、何を言っても悪い意味で受け取られる、ネガティブハニーの日だったか(数ヶ月に一回訪れる)。
あ、あれだ、学校で学んだ知識を総動員しろ!
「ハニー」
「今度は何?」
「ハニーはさ、鍛えてるから筋肉量が多いじゃん?」
「まあ、そうね」
「これは魔術学校の授業で習ったんだけど、筋肉って脂肪よりも重いからさ、鍛えると体重って増えるらしいよ」
「じゃあ何? 私の胸が筋肉みたいに硬いって言うの?」
「いや、そんなことは……」
「誰の胸と比べて?」
あ、やば、地雷踏んだ。
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