第12話「ほら、私ってほら、なんか……性格がアレでしょ?」
––––後日。
僕はハニーから結婚記念日のプレゼントを貰った。
「こ、これは––––」
この輝きに、圧倒的な神秘性を帯びた刃先。
ま、まさか、まさか……、
「これオリハルコンの包丁か⁉︎」
「そうよ」
間違いない。
ハニーからプレゼントされたこの包丁は、材質にオリハルコンが使われている。
刃渡りは21センチ程度で、刃先は両刃で「V字」になっている牛刀だ(僕は三徳包丁よりも牛刀の方が好みなのでこれは有難い)。
「オリハルコンは無理って言ってたじゃないか!」
驚く僕を他所に、ハニーは平然と答える。
「拾ったのよねー」
「拾った⁉︎ どこで⁉︎」
「なんか、魔王城の近くで拾ったのよねー」
「…………」
僕はキャロが魔王との戦闘の際に、オリハルコンの剣を落としたという話を思い出した。
「これ、キャロのじゃ……」
「拾ったの」
「いや、拾ったって人の物を勝手に使っちゃ……」
「私は魔王で、略奪は魔族の基本だもの」
そう言って大きな胸を張るハニー。
それはそうだが、しかし、なんか腑に落ちないものがある。
「まあ、正解に言うと折れた剣を拾ったの」
「折れたってことは、ハニーが折ったのか?」
「ほら、小指でガードしたって言ったでしょう?」
「まさか、それで折れたのか?」
「そうね、ネイルは剥がれたけど」
小指でガードだけでも意味不明なのに、オリハルコンの剣をへし折ったと言うのか?
ガードしただけで?
今更ながらに実感するが、ハニーは次元が違い過ぎる。
「だから、不用品をリサイクルしただけよ。遠慮せずに使いなさいな」
「ま、まあ、それなら……」
ごめんな、キャロ。有り難く使わせてもらうよ。
「あとこれもあげるわ」
ハニーが手渡してきたのは、果物ナイフだ––––オリハルコン製の。
「余ったオリハルコンで作ってもらったの。あると便利でしょ」
「……まあ、確かに」
果物ナイフって、果物や野菜の皮を剥いたりする時によく使うからな。
「あとこれも」
次に渡して来たのは、細長い刺身包丁だ。
「お魚を
「おお、ありがとう」
当然、これもオリハルコン製だ。
というか、僕は刺身包丁は持ってないので、いつも普通の包丁で魚を捌いていて、それで十分事足りていたのだが……。
まあ、折角だし使うか。
てなわけで、ハニーから包丁を三本もプレゼントされてしまった––––オリハルコン製の。
……多分これ、剣一本丸ごと包丁になってるな。
すまん、キャロ。今度もし会う機会があったら、好きな物作ってやるからな。
「お返しは三倍ね」
「はあ⁉︎ 無理に決まってんだろ⁉︎」
僕の反応を見て意地悪そうに笑うハニー。
おいおい、ハニーさんよ、何を言ってるんだい?
オリハルコンの包丁三本の三倍って……何をあげればいいんだ?
いや、無理無理無理。
一応、僕もプレゼントと言える物を用意はしてあるけど––––物は物でも食べ物だしなぁ。
「ほら、早速その包丁を使って何か作ってちょうだいな」
「あ、ああ……えと、カルパッチョとかでいい?」
「いいわよ」
「牛ヒレとサーモンどっちがいい?」
「そうね……サーモンかしら」
「おっけー」
お返しのプレゼントは後で考えるとして、とりあえずエプロンを巻いて、料理の下準備を始めるか。
しかし、だ。
魔王を討伐するために作られたものを、魔王に出す食材を切るために使う事になるとは、誰も想像出来ないだろうな。
でも良かったのかも知れないな。
これはスカーレット先生が言っていた言葉なのだけれど––––包丁というのは、唯一誰も傷付けることなく、人を幸せに出来る刃物なんだ。
受け売りだけど、僕もそう思う。
魔法だってそうだ。
僕も王都魔術学校に入学するまでは、魔法というものは、攻撃手段や、回復魔法など、戦闘面に使う物だと思っていた。
だけど実際は、火を起こしたり、綺麗な飲料水を確保出来ない地域で水を出したりなど、人間の生活に寄り添ったものが多く、魔術学校ではそういう生活魔法を中心に教えている(魔法攻撃が魔人に効かないのも大きな理由だとは思うが)。
魔法と言うのは、戦闘に使うものでもあるが、人類の生活を助ける為にもある––––と僕は魔法学校で教わった。
それもあってか、卒業生の多くは魔術師として人々の生活に寄り添った仕事をする者が多い。
僕がレッドアイでありながら、バルーニャの人々に避けられない理由も恐らくこれだ。
市場に行って、食材を保存するための氷を出すだけで、拍手喝采を浴びるからな。
もちろん、バルーニャの治安がいいのもある。
バルーニャは魔族の領地からはかなり離れている安全な都市の一つで、人が多く住んでいるのもあって、警備も厳重だ。
何より。
魔王の居住区を襲うような不届き者は居ない。
ハニーってさ、人間からも恐れられているけど、魔族からも恐れられてるんだよね。
さて、そろそろこの包丁の切れ味を試しみますかね。
ハニーのオーダーはサーモンだから、そうだな……玉ねぎとサーモンにするか。
僕は世界樹のまな板の上に、皮を剥いた玉ねぎを置き、まずは半分に割るためオリハルコンの包丁を玉ねぎに差し込む––––ザクッとね。
……な、なにぃ⁉︎
全く力を入れていないのに、スルッと豆腐みたいに切れたぞ……!
こ、これがオリハルコンか!
すごい、凄過ぎる!
「ハニー、これ凄いよ!」
驚く僕を見て、ハニーは上機嫌に笑った。
「喜んで貰えてよかったわ」
「そりゃあ、オリハルコンだからな、嬉しいに決まってる」
前から欲しいって言ってたしね。
料理に道具は関係ないって言う人もいるけど、僕はそうは思わない。
オリハルコンの包丁のような素晴らしい切れ味を持った包丁を使えば、繊維を傷付けることなく食材を切れる。
一口食べれば分かるが、いい包丁の方が舌触りや味が格段に良くなるし、食材によっては鮮度も変わってくる。
なので、料理をするにあたっていい道具を用意するというのはとても大事なのである。
「ねえ、ダーリン」
切った玉ねぎを水に漬けていると、僕の横にヒョコッと寄り添うようにハニーが近付いて来た。
「何だ?」
「どうしてアイランドキッチンにしたの?」
「そうだな……憧れかな」
我が家のキッチンは、オーダーメイドであり、僕の理想のキッチンになるようにお願いした(お金は勿論ハニーだ)。
やはり、料理人ならキッチンが戦場でホームだからな。
自分が一番やりやすいキッチンがいい。
で、何でアイランドキッチンにしたかと言うと––––前にスカーレット先生の家で見たアイランドキッチンが忘れられないからだ。
広いスペースにある開放感のあるキッチンは、とてもオシャレに見えて、料理をするスカーレット先生は、もう踊ってるかのように素敵だった。
僕もいつか、こんな風に料理を楽しみたいなと思い、夢を叶えたというわけだ。
広いキッチンなので、ハニーと二人で料理も出来るしね。
したことないけど。
「ハニーもたまには料理すれば?」
「私が料理出来ないの知ってるでしょ?」
そうなんだよね、ハニーって料理出来ないんだよね。
クレープ屋さん目指してるのに。
まあ、ハニーの野望は自身が考案したハニークレープという(ハチミツを生地に加えた甘々クレープ)、甘党が絶対に喜びそうなクレープを全国で売ることであり、別に自分が作らなくてもいいらしい。
ハニー曰く、
「ハチミツの種類と中身のバリエーションを変える事で、無限の組み分けを実現出来るのよ」
だそうだ。
そして、その夢を叶えるための料理人が僕というわけだ。
あれ、もしかして僕って、料理のセンスでハニーに惚れられた感じ?
「なあ、ハニーが僕のこと好きな理由って料理が上手いから?」
「そうよ」
そうなんだ。いや、別にいいけどね。好かれている理由がなんであれ、僕は別にいいけどね。
「あとは、そうね––––」
そう言ってハニーは、更に僕に近付いてきた。
「ワガママを言っても、受け入れてくれるところ––––かしら?」
「あ、言ってる自覚はあるんだ」
「……は?」
「何でもないです」
物凄い剣幕で睨まれた。
凍てつく波動放ってたね。
「ほら、私ってほら、なんか……性格がアレでしょ?」
「あ、自覚はあるんだ」
「……は?」
またまた物凄い剣幕で睨まれた。
目から即死呪文放ちそうな勢いだ。
「とっ、とにかく、ダーリンって私が何言っても受け入れてくれるし、いつも私を一番に考えてくれるでしょ」
「まあな」
そりゃあね、好きだからね。
「なんか、いいなって思ったの」
「……そ、そうか」
「大切にされてるなって思ったの」
「……えと、その、僕にとって、えと、あー」
「なぁに?」
ハニーは優しい眼差しで僕のことを見つめる。
仕方ない、言うか。
「大切にするに決まってるだろ、僕にとってハニーは、その……宝物……だし」
「あ、照れてる、可愛い」
「うるさい、キスで口を塞ぐぞ」
「いいわよ」
僕はハニーをジッと見つめてから、くちびるに軽くキスをした。
そして、恥ずかしさを誤魔化すように言う。
「はい、これ結婚記念日のプレゼントね」
「ちょっ、ちょっと待って! オリハルコンの包丁あげたのに⁉︎」
「文句あるなら、カルパッチョは僕一人で食べるし、食後のデザートに作っておいたクレープもあげないぞ」
「そ、それは困るわ……」
動揺するハニーを見て僕は苦笑した。
昔から言うよね、胃袋を掴むのが一番強いって。
どうやら、その強さは魔王にも通用するらしい。
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