第11話「私は器の大きさも胸の大きさも違うの。小皿のあなたと違って、私はどんぶりなの」

「……どういうことですか?」


 キャロは椅子から立ち上がり、距離を取る。

 当たり前だ。

 魔王と相対したらそうするのが当然だし、何より––––今のキャロには武器が無い。

 正真正銘の無防備だ。

 それを知ってか、ハニーは余裕の表情でコーヒーにお砂糖を追加し(ハニーなら武器があっても余裕だろうが)、一口飲んでから、


「どうも何も、ダーリンは魔王である私と結婚したのよ」


 キャロは驚くような表情で僕を見る。


「本当なんですか?」

「……本当だ」


 今更嘘を言ってもしょうがない。


「気にはなっていたんです。指輪が魔王のしていたのと似てるなって……」


 そりゃあ、本人だし。


「それに、いい匂い……魔王と同じ匂いがするなって」


 ハニーって長年同じ香水使ってるからね。


「でもネイルのデザインが違うから、似てるだけで別人かなって」


 ハニーのネイルは毎月変わるからな。

 てか、ネイルで判別するなよ。顔とか雰囲気で判断しろよ。


「噂は本当だったんですね。虹炎こうえんが寝返ったって」


 キャロは声を震わせながら、未だに信じられないという面持ちで僕を睨み付ける。

 その視線は、かなりキツい。

 人間側から見たら、そう見えるというのは分かりきったことだった。

 言い訳のしようもないし、するつもりもない。


「だから……、だから、魔術師を辞めたんですね」

「さっきも言ったが、僕は一度たりとも魔術師だったことはない」

「……尊敬してたのに」


 かろうじて聞き取れるくらいの小さな声だった。


「それに––––」


 続く言葉は消え去り、代わりに一粒の涙が溢れた。


(あーあ、女の子を泣かせた)


 ハニーから念話が飛んで来た。


(頼む、見逃してやってくれ)

(でもそうしたら、この子、ダーリンの事を裏切り者だって広めるわよ)


 それは––––そうなるだろう。

 そうなったら僕はもう、人間社会では生きられなくなる。


(まあ、魔王城で暮らせばいいんじゃない)


 ハニーの提案は妥当だ。

 魔王城で暮らすのは避けたいが、それをキャロの命を天秤にかけることなどあり得ない。

 僕にとってキャロは大切な後輩なんだ。

 例えハニーと敵対する勇者であっても、死んで欲しくない。


 ––––でも。

 人間から拒絶され、人間社会から拒絶されるのは辛い。

 それを今改めて感じた。

 魔王と結婚したとは言え、僕は人間なんだ。

 そんな僕の心情を察してたのか、ハニーは、


(ま、私に任せなさいな)


 こちらをチラリと見て、自信満々に大きな胸を張って見せた。


「せっかくだし、冥土の土産として、私の野望を話してあげるわ」


 ハニーの声色は、いつもとは違った。なんというか、艶っぽい声だ。

 なるほど、仕事モード(魔王)の声か。


「私の野望は、高い魔力を持つダーリンとの子を成して、各大陸に配置することよ」


(え、マジ⁉︎)

(嘘に決まってるでしょう)

(なんだ、嘘か)

(子供の将来はちゃんと考えがあるもの)

(どんなだ?)

(ちゃんと学校に行かせて、将来は安定した職業に付いてもらうわ)

(え、マジ?)

(嘘に決まってるでしょう)

(なんだ、嘘か)

(将来はダーリンと私のクレープ屋さんを継いでもらうわ)

(え、マジ?)

(マジよ)


 というか、僕もやるのかクレープ屋さん。

 ……ふむ、考えてみると自分の店を持つのも悪くないな……むしろアリだな。

 じゃなくて!

 今のハニーの狂言を聞いたキャロは、僕を見てからハニーを見て、もう一度僕を見てから、


「じゃ、じゃあ、七回もするんですか……?」


 顔を赤らめた。

 七が何かと言うと、まあ––––大陸の数である。

 そもそも、七回丁度で、七人産まれるわけないだろうに。

 あれ、何故かハニーまで顔を赤らめてるぞ。


(おい、自分で言って何恥ずかしがってるんだよ)

(だ、だって、七って、七つ子⁉︎ 私、七つ子を産むの⁉︎)

(一度で産まなくてもいいだろ! それにハニーが自分で言ったんだろ⁉︎)


 というか、ハニーの中で七人は決定事項なのか⁉︎

 ハニーが魔王業で忙しいのだから、子育ては僕が中心になるとは思うが、そんなには見きれないぞ。

 せめて、四天王とかで四人くらいにして欲しいよね。

 いや、それでも多いな。

 ハニーが現役で魔王をやっている手前、二人で「子供はまだ早いよね」と話して以降、こういう話はしてこなかった為、ハニーがそんなに沢山の子供を欲しているとか知らなかったな。


 キャロは顔を赤らめたまま、モジモジとたずねる。


「じゃ、じゃあ、魔王とコーエン先輩は、も、もう……その、したんですか?」


 子供か。クソガキだとは思ってはいたが、そういうとこまで子供か。

 ハニーまでなんかモジモジとしてるし。

 仕方ない。

 折角ハニーが恥を我慢してまでついてくれた狂言だ。

 乗ってやるか。


「結婚してるんだから、してるに決まってるだろ」


 何も恥ずかしがることはない。それが当たり前だろう。

 ハニーも恥を捨てたのか、吹っ切れるように、


「そ、そうよ、毎日……しまくりよ!」

「あ、あわわわわわわわわわわっ」


 キャロがプルプルと身悶えしはじめた。


「その目的の為に、私はこの美貌に磨きをかけ、ダーリンを魅了し、そして遂に手に入れたわ」


(え、そうなの⁉︎)

(なわけないでしょ)

(なんだ嘘か)

(でも、ダーリンを落とすために努力したのは本当よ)


 そう言われると、ハニーにそこまで想われていたんだと実感して、ちょっと嬉しくなってしまう。


「私の美貌の前では、どんな男だって意のままに操れるの」

「で、ではコーエン先輩は操られているのですか⁉︎」

「そうよ」


(え、そうなの?)

(なわけないでしょ)

(なんだ嘘か)

(でも、『おっぱい揉ませてあげる』って言えば何でも言うこと聞くでしょう?)


 それは、まあ、男なら、うん。

 聞いちゃうよね。

 仕方ないよね。

 なるほど、ハニーの意図が分かって来たぞ。

 魔王としての目的、『高い魔力を持つ僕の子を産んで勢力の拡大』の為に、『僕を操っている』と騙し、僕が人間を裏切って魔王側に着いたのではなく、あくまで操られているというテイにするつもりだな。

 悪くない考えだ。


「くっ、まさか魔王の美しさはその為だったとは」


 ハニーが美しいのは、ただ単に本人の美意識が高いからなんだけどなぁ。

 まあ、その美しさに魅了されたのは事実なので強ち間違ってないのだけれど。

 ハニーは美しいと言われ機嫌を良くしたのか、上機嫌にマウントを取り始めた。


「大体、未婚者が既婚者にかなうわけないでしょ」

「ぐっ……」


 まずは定石の結婚マウントで一点。


「それに私は器の大きさも胸の大きさも違うの。小皿のあなたと違って、私はどんぶりなの」

「ぐっ……」


 さらに巨乳マウントで追加点を重ねる。

 しかも、器の種類で胸の大きさと形を表していた。妙に上手いのでボーナスポイントも加算だ。

 でも器が大きいは違うと思うな。

 ハニーは態度も胸もデカいし、いつも胸を張って威張ってる。

 豊満で傲慢だ。

 はい、僕にもボーナス点。


「さらにまつ毛の上に綿棒が二本乗るわ」

「ぐっ……」


 お次はまつ毛の長さマウントで追撃。

 でもそれは、まつ毛エクステのおかげなんじゃないかな。


「そして、肌は水も剣撃も弾くくらい潤っていて滑らかよ」

「ぐっ……」


 続いて美肌アピールで一点。

 でも、剣撃を弾くのは単純に強いからじゃ……。

 そして、ハニーはトドメと言わんばかりに、


「分かったら、チビで貧相なお子ちゃまはお家に帰ってママのおっぱいでも飲んでなさいな」


 悪態をついた。

 これ絶対に、この前ビッチとか牛魔王とか言われた腹いせだろ!

 しかも、今時ママのおっぱいとか言わないだろ!

 魔王ならもっと威厳のある語り文句を言って欲しかった。


「そして、ダーリンは私のお、お……おっぱいを吸…………そ、それで、……たしが、ママに……はわわわっ」


 しかも、なんか上手い下ネタを言おうとして自滅してるし。

 キャロも中途半端に言わんとしてることを理解したようで、


「こ、コーエン先輩のフケツ! ヘンタイ! インキンタムシ!」

「インキンタムシ⁉︎」


 人にあらぬ疑いをかけて走り去って行った。

 でも良かった。戦闘にならなくて。

 あれ、なんかハニーが目を細めて僕を見ている。


「何だ?」

「インキンタムシなの?」

「だったら、ハニーもインキンタムシだぞ。移るから」

「……あ、え、……そ、そうね」 


 本日何度目かも分からないハニーの赤面で、勇者と魔王のエンカウントは終わった。

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