第10話「ああ、世界樹のまな板な」
「へー、じゃあ、コーエン先輩はハニーさんに養ってもらっているニートなんですね」
「うるさい」
ハニーと僕の関係とか、僕が家事をやってハニーが働いていることなどを説明した結果(ハニーの職業は魔術師と嘘をついた)、キャロにニート認定された。
「でも本当に助かっているわ」
ハニーがフォローしてくれた。大好き。
「ダーリンがサポートしてくれるから、日々の仕事も頑張れるしね」
「家事と料理しかしてないけどな」
「なるほど、コーエン先輩は昔から火事を起こしたり、モンスターを丸焼きに料理するのが得意でしたもんねー」
「余計なこと言うな」
全くキャロは昔からいらない事ばかり言うね。
僕が一番最初に習得した––––というか、させられた魔法は、水の魔法だったりもする。
用途は勝手に想像してくれ。
だけど、結局は自分で開発した『大気中の酸素を消す魔法』を頻繁に使っていた。
用途はこちらも勝手に想像してくれ。
「でも、コーエン先輩は高い魔力を持つのになんで魔術師やめちゃったんですか?」
キャロは僕の赤い瞳を指差しながら首を傾げる。
「僕は一度も魔術師だったことはない。最初から料理人だ」
「最年少で大賢者の称号を授かったのに?」
「くれるって言うから貰っただけだ」
あれは確か––––魔族の重要拠点を複数壊滅させたとかの実績を評価されて貰ったんだよなぁ。
「
ハニーが感情を押し殺したような口調で淡々と呟いた。
「あ、あたしもその話知ってますよー、あの砦を破壊したおかげで、魔王城までのルートが開拓出来たとか」
「そうだったのか」
「…………」
なんか、ハニーに睨まれてる。
いや、分かるよ。魔王であるハニーの拠点を破壊したんだから、そりゃあ気分も悪くなるよな。
でもちゃんとした理由があるからな。
「あれな、実はあの近くに土地を買ってさ、農業をしようと思ってたんだよ」
ハニーが眉を寄せた。
「魔族の砦の近くで?」
「土地が安かったんだよ」
「そりゃあ、立地条件は最悪ですからねぇ」
キャロの意見に僕も頷き同意する。
「そうなんだよ、砦が邪魔で日が全然当たらなくてさ、作物が全然育たないんだよ」
「…………」
「…………」
ハニーとキャロが、ポカンとした顔で口を開けていた。
「なんだ?」
「だから、砦を破壊したのかしら?」
「ああ」
ハニーの問いに僕は即答で答えた。
「魔族のだから、ほら、良いかなって」
「良いわけないでしょ!」
あ、やべ、ハニーがキレた。
「じゃあなに? あの砦はダーリンが畑をやる為に崩落させられたの⁉︎」
「え、あ、まあ……そうなりますね」
ハニーは呆れたと言わんばかりに、額に手を当てる。
いやでも、日照権は確保しても、土がダメダメで、結局作物は育たなかったんだよな。
アレで僕は農業をする上で、土の重要性を学んだね。
「コーエン先輩って昔からそういう所ありますよね……」
なんかキャロも、引きつった笑みを浮かべていた。
「そういう所ってなんだよ」
「他の人が苦労しても達成困難なことを、別の要件のためにあっさりとやっちゃう的な?」
「覚えはないな」
「でしょうね……」
嘆息するキャロ。
「そうそう、それでその後に王宮から呼び出されて、大賢者の称号を貰ったんだよな」
なんか、盛大に祝われた覚えがある。
「聞きましたよー、世界樹を使った宝具を作って貰ったんですよね?」
「ああ、まな板な」
「は?」
キャロが目を見開き、信じられないと言った表情で僕を見ていた。
なんだ、まな板を知らんのか? キャロは料理しないからな。
「まな板ってのは、料理をする時に使う台みたいなものだ」
「あ、まな板は知ってます」
なんだ、知ってるなら言えよな。
この王室から貰った世界樹のまな板は、食材の鮮度を常に最高に保ち(最高レベルの保存魔法がかけられている)、食材が滑りにくいし(最高レベルの停止魔法がかけられている)、何より包丁を傷付けないので(最高レベルの衝撃吸収魔法をかけられている)、とても重宝している。
まな板自体の耐久力も高いので(噂によるとオリハルコンの剣でも切れないらしい)、傷一つ付かないのもポイントが高い。
まな板の傷ってのは、菌が繁殖する元になるからな。
「って、そうじゃなくて! なんでそんな貴重な素材でまな板なんか作って貰ってるんですか!」
「え、料理に使うし」
「普通杖とかでしょう⁉︎」
「いや、料理に杖は使わないし」
キャロは「もうダメだ」とでも言わんばかりに、天を仰いだ。
「ダーリンって、本当に料理バカよね……」
「まあな」
ハニーに言われるまでもなく、僕には料理バカの自覚があるし、むしろその言葉は僕にとっての褒め言葉だ。
だから、杖よりもまな板を優先するのも当然だ。
というか、昔から杖は使ったことがない。
人間の魔法は、魔力量が少ないので杖を使い魔力を増強するのが基本となっているのだが、僕は増強する必要がないし、増強するとコントロールが難しくなるので、基本的に使わない。
杖を使うと、魔法の発動も遅くなるしね。
余談になるが、魔人と戦闘する際にもっとも重要なのが、魔法の発動速度と火力になる。
魔法で戦う場合、身体から魔力を放出し、相手の魔法を打ち消しながら、こちらの魔法を叩き込み、相手の魔力を削り切る撃ち合いスタイルが基本となる。
人間が魔法で魔人に勝てないのは、いくつかの理由がある。
まずは身体から放出出来る程の魔力がないので、相手の魔法を打ち消せない。
次に、魔法の威力が低すぎるので相手の魔力を全く削れない。
おまけに杖を使わないと魔力の放出さえ出来ないので、魔法の発動時間が長くなり、こちらが一発撃つ間に、三、四発打ち込まれてしまう。
なので、魔人より遥かに魔力量の劣る人間に魔法戦闘での勝ち目はまず無い。
要するにこの条件を満たせる程の魔力、つまりレッドアイでなければ、魔人に魔法で勝つのは不可能と言うわけだ。
「ほんとにコーエン先輩ってば、才能とかセンスとか、色々無駄遣いし過ぎですよねー」
「分かるわ」
なんか、魔王と勇者が意気投合し始めた。
思えばコレって、かなり異様な光景だよな。
魔王と勇者が同じテーブルを囲み、談笑している。
ある意味、僕にとっては理想とも言える光景だ。
しかし、そんな理想郷は唐突に崩れる。
理由を上げるなら、そうだな。
ハニーの美意識の高さ故だろうか。
ハニーって顔が美形なのもあるんだけど、小顔なんだよね。
それは勿論、日々の食事制限や(僕がヘルシーな献立を考えている)、お風呂上がりのフェイスマッサージや、暇があればしている小顔ローラーからなる物で、ハニーの努力の
そして、大事なのはここからだ。
僕のサングラスは男性用で、当然ハニーの顔にサイズは合ってない。
なので、下を向いたりすると。
スルッと。
サングラスが落ちる。
「あっ」
「……あ、やっぱり凄い美人––––って、その顔……魔王!」
魔王と勇者がエンカウントした。
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