第9話「歯が当たってしまうくらい下手くそなキスを忘れたのか?」

 しかしだ。

 キャロの話を信じるなら、ハニーが大ダメージを負っているというのは、本当なのだろうか?

 僕はハニーに念話で話しかける。


(呼吸するたびにおっぱいが揺れてる、巨乳ってすごい)

(ねえ、そんなくだらないことを言う為に念話してきたの?)

(しまった、念話使うの久々だからつい本音が)


 念話は魔族系魔法の一種なのだけれど、まあ見て分かる通り、喋らなくても相手に直接言葉を飛ばせる魔法である。内緒話には持ってこいの魔法だ。

 ただ、扱いに慣れていないと、心の声がダダ漏れる。


(てか、今日のハニーまじで美人だな。旅行だからって気合い入れてくれたのかな)

(私は魔王様なのだから、何を着ても様になるに決まっているでしょう)

(上手いこと言うな)


 また、漏れた。いかんな、集中しろ。


(なあ、大ダメージって本当?)

(本当よ)

(大丈夫だったのか?)

(しばらく小指のネイルがかけた状態で過ごす羽目になったわ)


 あー、アレな……。うん、そりゃあ、ハニーにとっては大ダメージだわな。

 ってことは、大ダメージって嘘じゃん。キャロの見栄っ張りじゃん。子供だなぁ。気持ちは分かるけど。


(で、何? 元カノってわけかしら?)

(違うから!)


 確かに隣に住んでたし、付き合いは長いけども! 違うから!

 否定はしたが、それでもまだ疑っているようで、ギロリとこちらを睨むハニー。


(どこまで行ったのか正直に答えないと、世界を滅ぼすわよ)

(魔王的な脅しはやめてくれ! 何もない!)

(私は好きになるのも、付き合うのも、ダーリンが初めてだったのよ、全部ダーリンに捧げたのよ)

(僕だって初めてだったさ! 前も言ったろ!)

(どうだか、嘘なんていくらでもつけるじゃない)

(なら、僕の歯が当たってしまうくらい下手くそなキスを忘れたのか?)


 キスのやり方は学校とかで教えるべきだと思う。顔を傾けないと歯がカッと当たるとか分かるわけないだろ。

 魔法なんかより、そっちの方がよっぽど役に立つと思うな。

 あとは、上手なデートの仕方とかな。


 ……あれ、なんかハニーさんが顔を赤らめてらっしゃる。


(き、キスって……き、キスって、は、はわわわわわわっ、ば、バカじゃないのっ!)


 念話は集中しないと、心の声がダダ漏れる。


(でも、そっか……初めてだったんだ……ふ、ふふふふふっ)


 ……ここは聞かなかったフリをしてあげよう。それが出来る男だ。

 あと、一応念押しをしとくか。

 ハニーが魔王だってバレないように。


(ハニー)

(なっ、何よ!)

(大人しくな?)

(わ、分かってるわよ)


 ……あれ? ヤケに素直じゃん。普段なら、消し飛ばしてとか、跳ね飛ばしてとか言いそうなのに。

 キャロのことだから、戦闘中にハニーになんか失礼なこと言ってそうだし。

 てか、言ってたな。

 ビッチとか、牛魔王とか。

 まあなんだろ、折角の旅行だから、ハニーも波風を立てないようにしてくれているのだろう。

 ここはハニーの意を汲んで、僕も穏便にやり過ごそう。


「そういえばさ、キャロはなんでトレドールに居るんだ?」

「え、気になるんですかぁ? どーしよっかなぁ、言おうかなぁ〜」


 イラッ。

 何だコイツ、なんでこんなに人をイラつかせる天才なんだ?

 その辺の山とか吹き飛ばしたい気分だ。


「まー、隠すことでもないので教えてあげますね」


 だったら、最初から教えろよ。言わないけど。


「先輩と同じですよ」

「え、結婚記念日お祝い旅行? お前も結婚したのか?」

「観光に決まってるでしょう」


 とキャロは中身が入ってない鞘を見せて来た。


「魔王と戦闘をした際に、剣を落としてしまいまして」

「そいつは災難だったな」


 ハニーが小指で受け止めたやつか。


「しかもあれ、オリハルコン製だったんですよ」

「マジかよ」


 オリハルコンとは、レアメタルの一種で、ほとんど採掘出来ない希少な金属だ。

 それも剣の形に出来るほどの大きさとなると、相当なレア物で高価な物になる。

 当然、オリハルコンで作られた剣の切れ味は凄まじく、あらゆる物をスパッと紙のように両断する。

 そして、それを小指で受け止めたのが目の前にいる僕の妻である。

 ねっ? 倒すの無理でしょ?


 しかし、オリハルコンかぁ。いいなぁ。

 僕もオリハルコンの包丁とか欲しいんだよね。

 前にハニーに強請ったことがあるんだけど、オリハルコンは人間の領土にある炭鉱町アストゥリソトンからしか採掘出来ないらしく、「流石にオリハルコンは無理」と突っぱねられた記憶がある。


 アストゥリソトンは人間から見てもオリハルコンを採掘出来る重要都市なので、警備も厳重なので魔族側も中々攻略出来ないと言ったところだろうか。


 そもそもオリハルコン自体、王室が管理しているので、一般人はまず入手出来ないしね。

 勇者の中でも、優れた者にのみ提供される。

 ってことは、キャロはオリハルコンを提供される程の勇者になったのか。

 その成長はちょっと嬉しいね。


「で、剣を落としたから勇者は休業中と」

「まあ、新しい剣が打ち終わるまでの短い間ですけどねっ」


 なるほどな、まあ息抜きは大切だよな。

 魔王も。

 勇者も。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る