第8話「夫婦生活上手くいってないんですかぁ?」

 僕はハニーの顔面にサングラスを押し付け(凄く嫌そうな顔をされた)、久しぶりに会った旧友に話しかける。


「お前は相変わらずのクソガキだな」

「先輩は相変わらず、食材もモンスターも黒焼にしてるんですかー?」

「してない」


 華奢な身体に、大きな瞳、生意気そうな口元。

 そして生意気な性格。クソガキのキャロライナである。二言目には、僕を小馬鹿にしたような発言をしてきやがる。


 キャロは僕が王都魔術学園に通っていた時に、ギルドの育成組織バレンティアで鍛錬を積んでいた。

 王都魔術学園とバレンティアは建物が近く、それなりの交流がある。

 そしてキャロは、僕が借りているアパートの隣の部屋に住んでおり、ご近所さんだった。

 よく失敗した黒焼き料––––ごほんっ、美味しい料理を振る舞ったり、食材の調達に付いて来た時なんかは、道中で襲って来たモンスターを倒してもらっていた。

 いや、決して僕が倒すと大地が焼け野原になるからじゃないからね?

 当時は火力の調整が苦手だったわけじゃないからね?

 山とか消し飛ばしてないし、海を干上がらせたこともない。


 とっ、とにかく、ボディーガード兼、失敗した料––––完成した料理の味見役として、仲良くしていた。

 僕としても生意気な後輩とは言え、今まで人から避けられてきた手前、慕ってくれるのは素直に嬉しかった。


 キャロの学年は僕の一つ下だったが(王都魔術学園もバレンティアも六年制だ)、飛び級で上がって来たので、年齢は三つくらい下だったりする。

 そう、キャロは優秀だった。勇者になってしまうくらいに。


 さて、大問題である。

 こんな観光地で、勇者と魔王がエンカウントしてしまった。


 当然だけど、魔王と結婚したなんて誰にも言ってない。

 両親にもハニーの職業は魔術師だと嘘をついている(この嘘は比較的よく使う)。


 もしも戦闘になったとしてハニーが負ける可能性は万に一つもあり得ないが、キャロは僕にとっても付き合いのある後輩なので––––やられて欲しくはない。


 まあ要するに––––バレるのはとてもマズイ。


 先程サングラスをかけさせたとはいえ、ハニーは何回か勇者を返り討ちにしていると言うし、顔バレだけは絶対避けたい(サングラス如きで回避出来るかは不明だが)。


「…………」


 とりあえず、ハニーがヤバい!

 サングラスの下から物凄い圧力で、凍てつく波動を放っている。ヤバい。

 と、とにかく紹介しよう! 僕はキャロを指差しハニーに紹介する。


「ハニー、このクソガキはキャロ。昔住んでいたアパートで––––」


 いや、これは言わない方がいいんじゃないか? ハニーは嫉妬深いからこういうの言うとすぐ不機嫌になる。いやでも隠すともっと不機嫌になるし……言うか。


「隣に住んでたんだ」

「そう」


 淡々とした返答だが、これは不機嫌な返答である。

 いや、しょうがないじゃん、隣に住んでたのはしょうがないじゃん––––って言い訳すると怒るから、後で「ハニーが一番好きだよ」とか言ってフォローをしないと。

 ……いや待てよ、これ言うと「一番? 一番ってことは他にも好きな人がいるのね」って絶対言うから……いいや、これは後で考えよう。

 とにかく次は、キャロに僕の素敵な奥様を紹介だ。


「キャロ、この人は僕には勿体ないくらい素敵な妻のハニーだ」

「え? コーエン先輩結婚出来たんですか……?」

「出来るわ!」


 こいつ、僕のことを結婚出来ない男だと思っていやがったな!

 僕は勢いよく左手を見せ、キャロに結婚指輪を見せつけてやった。


「ほら、見ろ」

「……………………マジか」


 物凄く驚いた顔で、凝視された。

 ふふん、この結婚指輪は世界に二つしかないからな。

 魔界の名工に作って貰った、オーダーメイドの指輪だからな。

 噂によると、物凄く高いらしい。

 値段? 知らないよ、お金出したのハニーだもの。


「ていうか、数年前に『結婚しました』って絵葉書送ったろ?」

「家には三年以上帰ってないんで」

「帰れよ」

「魔王を討伐するまで帰れませんよ」


 ハニーは大人しくコーヒーを飲んでいるが、眉がピクッと上がったのを僕は見逃さなかった。


「この間も魔王と戦ったんですけどぉ––––」

「なんだって⁉︎」


 ってことは、この前ハニーにデコピンされた勇者はお前か!

 え、それヤバくね? めっちゃ面識あるくね?

 チラリとキャロを盗み見る。ハニーの事を魔王だと気付く様子はない。

 キャロは自信満々な表情で、魔王と戦った時の事を話し始めた。


「ふふん、魔王に手傷を負わせましたよ」

「おい、ふざけんな」

「え、先輩……どうしたんですか? 急にマジギレとか、カルシウム足りてます?」

「足りてるわ!」


 ハニーの為に栄養バランスしっかり考えて料理作ってるからな!

 だが、ついうっかりをしてしまった。魔王を妻に持つ者としての本音が漏れてしまった。

 いや、そんなことは今はいい。

 キャロには、聞かなければならないことがあるからな。


「手傷を負わせたってどこだ?」


 ハニーに目立った外傷はない。

 毎日一緒にお風呂に入っている僕が言うのだから、間違いはない。

 となると、目立たないように何かしらの手段で隠しているのだろうか?

 僕に下手な心配をさせない為に。


「それはもう、大ダメージでしたよ」

「おい、ふざけんな」

「え、やば、先輩の堪忍袋、ザコ過ぎません? てか、さっきからキレる理由が意味不過ぎますよ? 夫婦生活上手くいってないんですかぁ?」

「上手く行ってるわ!」


 そういう事さぁ、奥さんの前で言うか普通? ほんとクソガキムーブかましてんな。

 しかし、僕はこのクソガキムーブを、内心ちょっと懐かしいな––––なんて思っちゃったりもしていた。

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