第7話「想像して欲しい。魔族に囲まれながら、結婚式を挙げた僕の姿を」

 ––––古都トレドール。

 千五百年以上前から存在する街で、街全体が博物館と言われている観光名所である。

 曲がりくねった迷路みたいな街並みは、一本違う道を歩くだけで異なった表情を見せ、二百五十年以上かけて建設された、トレドール大聖堂は、ゴシック建築の最高峰と称される。

 とまあ、トレドールの紹介はこの辺にして。


 一通り観光名所を回り終えた僕たちは、お目当てのケーキ屋さんで一休みすることにしたのだが––––


「休みじゃない」


 目の前には『定休日』と書かれた看板がぶら下がっている。

 誰がどう見ても一目瞭然な、休みである。

 僕はハニーの顔色をチラリと伺う。世界を破壊しそうな程ではないが、山とか吹き飛ばしそうな表情をしている。

 ……よし、アレだな、言い訳は逆効果だな。はぁ……素直に謝るか。ちゃんと下調べしなかった僕が悪いんだし。


「ごめんな、デート下手で」

「そんなの今に始まった話じゃないでしょ」


 そうなんだよね、僕はもう筋金入りのデート下手男なんだよね。

 初デートもやらかしたし、二回のデートもやらかした。

 魔王と結婚したのだから、何となく出来る男と思われがちかもしれないが、全くそんな事はない。出来るのは家事と料理くらいなものだ。


「こんなことになるんじゃないかと、一応調べておいて正解だったわ」


 ハニーはため息を付いてから、高台にあるカフェを指差した。

 流石は魔王様頼りになるぅ!


 てなわけで、僕たちは高台にあるカフェで一休みすることにした。

 注文を済ませ、商品を受け取ってから、見晴らしのいい席に腰掛ける。

 ハニーは街並みを見下ろしながら、「中々やるわね、人類」と称賛の言葉を口にしていた。

 ハニーって結構、ゴシック建築好きなんだよね。


「このトレドールは、古さの中にも伝統と格式を感じるわ」

「古いって言えば、魔王城だってそれくらい古い建物だろ」

「いいえ」

「アレ違ったけ?」


 おかしいな、記憶ではそんな話を聞いたことがあったような気がしたんだけどなぁ。


「数年前に立て替えたのよ」

「え、そうなの⁉︎」


 初耳である。


「いいセンスでしょ? 黒い壁に赤い窓ガラス、そびえ立つ黒い塔が禍々しさをより引き立てるわ」

「……そうだね」


 正直、僕はあんまりいいとは思わない。雰囲気はあるけど。

 ハニーの言う通り、外観は城全体が黒で統一され、赤を基調としたステンドグラスが不気味な輝きを放つ、禍々しい建物だ。


 ここで、ハニーがカップを手に取りコーヒーを一口飲んだ。

 そして顔しかめた。


「なに笑ってるのよ」

「なんでもない」


 僕は笑ったのを隠すようにコーヒーを飲んでから、サングラスを外し、テーブルの片隅に置く。

 流石にコーヒーを飲んでる時くらいは平気だろう。


 ハニーはムスッとしながら、砂糖を三個、ミルクを二個入れてから、コーヒーを一口飲み小さく頷く。

 ハニーコーヒー(僕が勝手に命名した甘党ハニーの甘々コーヒーだ)のカスタマイズが終わったのを見計らってから、先程の話を続ける。


「ちなみに立て替えたのは何で? やっぱり老朽化とか?」

「そんなのダーリンとの結婚式を魔王城であげたかったからに決まってるじゃない」

「乙女!」


 城の外観は全然乙女じゃないけど! 考え方がとてつもなく乙女だ!

 結婚式なぁ……懐かしいなぁ。数年前に魔王城で魔族に囲まれてあげたんだよなぁ。


 ––––想像して欲しい。


 魔王軍幹部に囲まれて、結婚式を挙げる僕の姿を。

 ドラゴンが火を吹き、リザードマンも何故か火を吹き、妖魔術師も何故か炎の魔法を唱え、闇騎士も剣に炎を纏わせ––––あれ、もしかして、これ僕が炎の魔法に優れてるから、火で祝福してる感じ⁉︎ いや、分かりづらいわ!


「結婚式は女性にとって、人生で一度切りのメインイベントなんだから、特別なものにしたいのは当然でしょ?」

「大変だったよな、色々」

「ダーリンが料理は自分が全部作るって言い出すからそうなったのよ」


 そりゃあ、料理人として自分の結婚式と言えど、一大イベントの料理は自分でこしらえたい。


「うちの料理長がいつも言ってるわ『まさか、あの虹炎があそこまでの料理バカだとは』って」


 料理長––––というか、魔王城の厨房勤務の人とは結構仲がいい。

 魔族の伝統料理の話とか、聞けるし。

 魔族の料理も、意外と人間の料理に通ずる所があったりしてさ、やっぱり料理って基本は変わらないんだなぁって思う。


 そんな感じでヒートアップしてきた僕とハニーの結婚式の思い出なのだけれど––––当然ながら周囲から反感があった。


 人間と結婚するだなんてとか、魔王様ともあろうお方が家庭に入るだなんてとか。

 いや、家庭に入ったのは僕だけど。

 結局は、「あの虹炎こうえんを魔王軍に引き入れられるのならば」という理由で、みんな渋々納得したらしい。

 虹炎様々である。

 まあ、魔王様は反対されても関係なかったようで、


「そもそも魔王に楯突くのは、ダメでしょ。反対する者は消し飛ばすつもりだったわ」


 との事である。強さで選ばれた魔王は、単純に強いのである。


「でもさ、結婚式を挙げるならさ、もっと教会みたいな白い感じでも良かったんじゃない?」

「それはあくまで人間のセンスでしょう?」

「まあ、そうだけど」

「魔族には魔族のセンスがあるのよ」


 知ってる。僕はあんまり好きじゃないけどね。


「それに、城の外観にはちゃんと理由はあるわ」

「どんな?」

「気が付かないの?」


 ハニーは不満そうに目を細めた。

 仕方ない、ちょっとだけ考えてみるか。黒くて禍々しく、刺々しくもあり、赤い窓ガラス。

 うーん、思い付かない。


「降参だ、正解を教えてくれ」


 ハニーは「しょうがないわね」と首を左右に振り、回答を示す。


「あの黒い壁はダーリンの髪をイメージしていて、赤い窓ガラスはダーリンの綺麗な瞳をイメージしてるの」

「僕がモデルかよ!」


 ま、まさか魔王城の外観が自分をモデルにしているなんて考えもしなかったぞ!


「私は常にダーリンに守られてるの」


 なんか、すっごいメルヘンな思想で出来ているぞ!

 魔王城だけど! メルヘン城かよ!

 見た目は黒く禍々しいのに、建設理念は甘々のポワポワである。


「だから、城を壊されるわけには行かないわ」

「だからって外で戦わなくても……」

「あ、そういう意味では、私がダーリンを守ってるのね」


 僕=魔王城の方程式が出来つつあった。


「やっぱり、自分の城なのだから、納得の出来るものじゃないと困るわ」


 居心地もいいしね––––とハニーはコーヒーを一口飲む。


「でもさ、今もそうだけどさ、ハニーって夜になると家に帰ってくるじゃん?」

「そうね」

「城の警備とか大丈夫なの?」

「夜は警備を強化してるわ」


 だから、夜はモンスターが強くなるのか。


「それに、夜寝ないのはお肌に悪いでしょ」

「……そうだね」


 となると、夜にモンスターが強くなるのは、ハニーの美容の為ということになる。

 この分だと、魔王が普段城にこもってるのもさ、紫外線防止とかじゃないの?

 将来的にはさ、世界を闇に覆い、朝日が昇らない暗黒の世界とか目指してるんじゃないの?

 やってることは魔王だけど、目的は美容だ。

 はあ……魔族さん、もう何回も言うけどさ、間違いなく魔王の人選ミスってるよ。


「あ、でもさ、ハニーって鍛錬はしっかりしてるよね」


 家でも筋トレとか、お風呂上がりに軽いストレッチをしてるし。

 いや、待て……絶対違うぞ! これは、多分、僕の予想が正しければ、


「もしかしてスタイルを維持するためか?」

「当たり前でしょ」


 さも当然と言わんばかりに同意するハニー。

 ほーらね! 絶対強くなる為じゃないでしょ? もうね、僕も分かってきたよ。

 この魔王は、戦闘の強さよりも、見た目の強さを優先している。

 腕力よりも、魅力の方に磨きをかけている。


 なのに。

 なのにだ。

 圧倒的に強い。


 勇者からしたら、たまったもんじゃないだろう。

 この間も勇者の剣撃を小指で防ぎ、デコピン一発でノックアウト。

 勇者は王都にあるギルドが運営している育成組織、バレンティアでトップの成績を収めた者である。

 普通に強いし、トップオブトップのエリートなのだ。

 それを片手どころか、小指と人差し指のみで薙ぎ払うのだから、次元が違い過ぎる。

 魔王討伐を志す者からしたら(されたら困るけど)、心が折れてしまうことだろう。


「あっれぇ、その赤い瞳に、下品なほど膨大な魔力は、コーエン先輩じゃないですかー」


 突然、声をかけられた。覚えのある声だ。

 この鼻にかかる甘ったるい声の持ち主の名はキャロライナ。

 通称キャロ。

 職業––––勇者。

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