第6話「レインボーフランベはやめて」

 ––––レッドアイ。

 赤い瞳は、生まれ付き高い魔力を保有している魔力エリートの証だ。

 そして、巷では魔人の血を引いているだとか、魔人の血肉を食べたとか、根も葉もない悪い噂さえある。

 だからまあ、何というか––––基本的には避けられ、恐れられている。

 多くの家庭では、レッドアイとは目を合わせちゃいけないだとか、遊んじゃいけないと言わたりするらしい。


 


 多分、僕もそんなふうに言われていたのだろう。

 そう––––僕の瞳の色は赤色だ。

 子供ながらに、自分が周囲から避けられ、煙たがられているのを感じてはいた。


 幸い父親と母親だけは、「ダーくん、すごいっ!」って感じに、高い魔力を持った僕のことを、沢山褒めてくれた。

 だから、拗ねた子供にはならなかったけどね。

 家に引き篭もりがちで、料理が趣味な家庭的な大人にはなったけど。


「あらあら、睨むだけで追い払うなんて流石ね」


 ハニーは席に戻って来た僕に向かって、からかいの言葉を口にした。


「冗談はよせ」

「かっこよかったわ」

「だから、冗談はよせ」


 僕はため息をついてから、サングラスを見る。かけていたのは、レッドアイを隠す為だ。

 長く住んでおり、僕のことを知っているバルーニャの人ならともかく、知らない人からの扱いはどこでもこんなもんだ。

 慣れているとはいえ、やっぱり傷痛くなぁ。


「私は好きよ、その目、綺麗だもの」


 ハニーは僕にぐいっと近寄り、空色の瞳で僕の目を覗き込むように見る。

 レッドアイは人間だけに現れるらしく、その証拠に僕より魔力量が多いハニーの目は、赤くはない。

 目だけ見るなら、僕の方が魔王だ。

 しかし、人間からは毛嫌いされ恐れられるのに、魔王からは好かれるとか––––笑えない冗談だな。


「でも勿体ないと思うわ」

「何がさ」

「だって、その高い魔力を料理にしか使わないなんて」

「いいんだよ、僕は料理が好きなんだから」

「まあ、私達魔族からしたら助かってるわ」


 それは、僕が人間として––––つまり高い魔力を持つ魔法使いとして、魔族と戦わないから––––という意味合いだろう。

 基本的に人間の魔法は魔人には通用しない。

 しかし、レッドアイの高い魔力から放たれる一部の魔法は、通用する。

 ハニーは身を引いて席に座り直してから、「でも」と唇を尖らせた。


「ダーリンの魔法の使い方には文句があるわ」

「なんだ、僕のマジックッキングに不満があるのか?」

「そうよ」

「おいおい、僕の料理は完璧なはずだぞ。火の加減もバッチリだし、食材も最高の鮮度を保つように気を配って管理している」


 ハニーは全然分かってないと不満な表情を浮かべ首を横に振る。


「私が言いたい事は、そういうことじゃないの。調理法や、味付けに文句はないわ」

「じゃあ何だ?」


 ハニーはスーッと目を細める。


「レインボーフランベはやめて」

「……何で?」


 ちなみに説明すると、レインボーフランベというのは、虹炎こうえんと呼ばれる虹色の炎を出して、フランベすることだ(料理の最後にアルコール度数の高いお酒をかけて、香り付けをする調理法だ)。


「あのね、あの虹色の炎ってあなたしか出せないスペシャルな炎なんでしょ?」

「まあな」


 そう、あれは確か火力の調整をしている時に、もっと火力を上げようとしたら虹色の炎が出たんだよな、いやー懐かしい。

 あの虹色の炎は火力が高いので、フランベをする時には重宝するんだなこれが。


「魔族の間では、虹色の炎を見たら魔人でも逃げろって言われてるのよ?」

「マジか」

「マジかじゃないわよ! 暗黒の森をカラフルにしたのを忘れたの⁉︎」

「あー、アレか」


 アレは確か……まだ料理人として駆け出しの頃、食材の調達の為にいい感じの森に入ったらさ、日が落ちて暗くなってきちゃったから、野営することにしたんだよな。

 で、焚き火に虹炎こうえんを使って、そのまま寝ちゃったらさ、森が燃えてたんだよね。


「いやー、火の不始末はダメだよね」

「火の不始末で、魔族の重要拠点を一つ潰さないでよ!」

「いや、知らなかったんだって、ごめんって」

「知らないじゃないわよ、魔物が大勢いたでしょう?」

「いや、弱かったし」

「貴方が強いのよ!」

「マジか」

「マジかじゃないわよ! 早く消してっていつも言ってるでしょう!」


 そう、虹炎ってなんかさ、一度着いたらさ、僕が消さない限り、永遠に燃えるっぽくてさ、ずっと燃えてるんだよね。

 おかげで暗黒の森は、未だに虹色の炎が燃え盛っているらしい。

 ハニーはまだ不満があるらしく、不機嫌そうに腕を組む。


「それにあのお弁当箱も何かやってるでしょ」

「あ、分かる? あれさ、ハニーに出来立てのご飯を食べて欲しいからさ、時間止めてるんだ」

「……どういうこと?」


 なんだ、今の説明で分からなかったのか。仕方ないな。


「お弁当箱に時間停止の魔法をかけてな、鮮度を保つんだよ。ほら、凍らせるとハニーが食べるタイミングで溶けるかわかんないし、水滴もつくだろ?」


 ハニーは意味が分からないのか、何度かパチパチと瞬きを繰り返している。仕方ないもう少し詳しく説明してやるか。


「だからさ、時間停止の魔法を開発してさ、時間を止めることによって出来立ての鮮度をそのまま閉じ込めて保存するんだ。結構いいと思わない?」


 ハニーは信じられないといった面持ちで、額に手を当てた。


「……ちょっと待って、開発したって何?」

「いやだから、僕が作った」

「時間停止の魔法を?」

「あ、いや、戻したり早めたりも出来るぞ」

「それって、時間操作じゃない!」

「いや、魔力をかなり食うから止める以外は難しいぞ。お弁当サイズの時間を止めるのだって、1/5くらい持ってかれるからな」


 実際、お風呂掃除の時に、「あ、そうだお風呂が綺麗な状態まで戻せばいいんだ」と思い付き新品同然の状態まで戻した時は、ぼぼ全ての魔力を持ってかれたからな。


「それに範囲がデカくなればなるほど消費魔力は増えるし、お弁当サイズが精一杯だよ」


 ハニーは「呆れた」と、ため息をついた。


「私が言えたことじゃないけど、ダーリンはもっと自分の魔法を有効活用すべきよ」

「してるだろ」

「料理以外で」

「いや、料理以外に魔法使うことなくない?」

「……まあ、いいわ」


 ハニーは納得のいかない顔を浮かべているが、諦めたようにまたため息をついた。


「最近やたらと魔王城の図書館に来てると思ったらそういうことだったのね」

「ああ、魔族の魔法は人間と違うからな」


 人間の魔法は少ない魔力を効率よく使ったり、放出するようなものが多い。

 対して、魔族の魔法は大量の魔力を一気に解放して、外部干渉するものが多い。

 僕は魔族の魔法も学びたくて、度々魔王城に図書館に通っていた。

 魔族の魔法は人間では魔力不足で殆ど使えないけど、僕は使える。

 レッドアイは魔力エリートの証だ。

 そういう意味では、料理人にとってこの赤い目は、文字通りの意味で視野を広げてくれると言える。

 この目とも長い付き合いで、色んな事もあったが、そう考えると良かったなと思えてくるな。


「あ、そうだ聞いてくれよ」

「……嫌よ」

「何でだよ⁉︎」

「どうせ、また自分の高い魔法のセンスを無自覚に自慢するんでしょ?」


 いや、そんなつもりないんだけどなぁ。


「僕はただ、ハニーに美味しいご飯を食べてもらいたいだけなんだ」

「……そ、そう」


 ハニーは照れたように窓の外に視線を移した。

 そして、恥ずかしそうに感謝の言葉を口にする。


「ま、まあ、美味しいわ。いつもありがとう」

「愛情たっぷりだからな」


 そうだ、愛情と言えば。まだ、話したいことがあった。


「愛情と言えばさ、最近庭で野菜を育ててるんだけどさ、時間を早めて育てた野菜よりも、普通に育てた野菜の方が美味しくなるんだぜ! やっぱさ、愛情って大事なんだな!」

「……そうね」


 目的地でもある古都トレドールに着いた頃には、なぜかハニーはぐったりとしていた。

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