第5話「僕もレシピ本とか出したいな」
「ねえ」
車窓からの景色を眺めていると、対面に座るハニーが僕の膝に手を置いてきた。
「なんだ?」
「流石に車内ではサングラスは外しなさいな」
「あ、ああ」
言われた通り僕はサングラスを外し、テーブルの上に置く。
今日は先月に約束した、結婚記念日のお祝い旅行の日である。
本来なら本日のハニーの予定は、エステに行く日だったらしいが、「旅先のホテルでもエステあるよ」と提案したところ、「それならいいわ」と快諾してくれた。
てなわけで、目的地の古都トレドールへと列車に乗って向かっている最中だ。
「ところで、どうして移動魔法を使わないのかしら? 久々だから、やり方を忘れちゃったの?」
「この前ハニーがお弁当を忘れた日に、魔王城に行くのに使ったぞ」
「ああ、そういえばそうだったわね」
僕だって移動魔法くらい使える。これでも王都魔術学校を卒業してるからな。
ちなみに調理実習の成績は一番良かったぞ。
「移動魔法で行かないのはさ、ほら、旅行って道中も楽しみたいじゃん?」
「そういうものなの?」
「そういうものなの」
強引に押し通した。
ハニーは辺りを興味深そうに見渡す。
僕たちの席はコンパートメントの一室で、六人用の席を二人で利用しているのでかなり広々としている。
まあ、ハニーが他の乗客と一緒だと絶対にイライラしそうだから気を使っただけだけど。
ハニーは本当にすぐ怒るからな。
晴れていても、雨が降っていても、曇っていても、雷が落ちるからな。
もちろん、ハニーが魔人なのもある。
見た目は人だけど、言動とかそういうのからバレる危険性も考えて、かなり割高だが個室の席を予約した。
お金出すのハニーだしね。
「それにしても人間の知恵は本当にすごいわね––––移動魔法が使えないからって、こういう物を作るアイデアは無かったわ」
「使える人はいるにはいるんだけどね」
あくまで魔法を使えるのは一部の人間だけである。
僕もその一部ではあるのだけれど、料理や家事などにしか使わないからなぁ。
魔術学校に行ったのも、魔法を使った料理を学ぶ為だしね。
特に僕の料理の師匠でもあるスカーレット先生はすごいんだぜ!
魔法の扱いも包丁の扱いも一流だし、ベストセラーにもなった『マジックッキング』の著者でもある。
炎の魔法を使い火力を調整し、じっくりコトコトと煮込むという調理法を確立したすごい人なのだ。
他にも氷の魔法を使った保存法や、土の魔法を使用した作物の育成など、料理業界に革命をもたらし、その功績から大賢者の称号を授かった偉大な料理人なのだ。
僕の憧れの存在であり、今でもマジックッキングの本は僕のバイブルだ。
僕もスカーレット先生みたいにいつかレシピ本とか出したいな。
「何ニヤケてるのよ」
「いや、いつかレシピ本とか出したいなって」
「書いたら魔王城の図書館に置いてあげるわ」
「そりゃいいね」
などとたわいもない会話をしつつ、流れゆく車窓を再び見る。
窓の外には田園が広がっており、今住んでいる港町バルーニャも悪くないけど、こういう場所に住むのも良かったなと少し思う。
実を言うと、最近家庭菜園にかなり力を入れており、これが結構楽しい。
自分で育てた野菜はまた違った美味さがあるよね。
「またニヤケてる」
「昨日のお弁当に入ってたカボチャどうだった?」
「美味しかったわよ」
「ふふん」
「何そのドヤ顔」
何を隠そう、僕の育てたカボチャである。いやー、自分の育てた野菜を美味しいって言ってもらえるのは嬉しいよね。
ここで、列車の速度はゆっくりと落ち、停車した。どうやら、駅に止まったようだ。
ハニーは窓の外の駅名を見てから、
「あと何駅なのかしら?」
と尋ねてきた。
僕も同じように駅名を確認してから、指を数える。
「多分あと5つくらいだ」
「そう」
ハニーは淡々とした様子で納得し、目を閉じる。
眠いのだろうか? まあ、日々の魔王業で疲れていると思うし寝かせておいてあげるか––––と思ったら、目を開き、僕の隣の席に移動し、頭をちょこんと僕の膝に乗せてきた。
膝枕の体勢である。
「何だ、眠いのか?」
「いいからジッとしてなさい」
「はいはい」
ハニーは何回か僕の脚に頭を擦り付けてから、寝心地のいい位置を見つけたのか、再び目を閉じる。
その仕草は猫みたいだった。
「汽車って適度に揺れるから、眠くなるわね」
「そうだな、気持ちは分かるよ」
「心地良くて好きよ」
「そうかい」
もしかしたら、ハニーは汽車での移動は嫌だったのかなーと思ったのだが––––それは杞憂だったようだ。
短くも深い付き合いだ。顔を見れば分かる。
汽笛が鳴り再び列車が動き出す。車内は乗り換えの乗客で少し騒がしくなり始めた。
「––––あのさ、他の席空いてねーからさ、俺たちもここの席座らしてくんね?」
多分二つくらい隣からそんな声が聞こえてきた。
「えー、いいじゃん、いいじゃん、てかさ、おねーさんめっちゃ可愛くね?」
「それな、てかさ、どこ行くの? てか、暇? よかったら俺たちと洞窟探索しない?」
ハニーの眉間にシワが寄った。
「大丈夫、大丈夫! 俺らめっちゃ強いから! もうなんて言うか、洞窟とか子供の頃からの遊び場的な?」
「そうそう、てか洞窟とか六歳の頃から行ってたし、俺らにかかれば魔王とか一撃だし!」
ハニーはゆっくりと起き上がり、静かに感情を
「やかましいわね、首を吹き飛ばしちゃおうかしら」
「物騒なこと言うなよ」
そりゃあ、誰も魔王が同じ列車に乗っているとは思わないだろうしな。
流石に超低確率なエンカウントだ。
僕はため息をついてから、「僕に任せておけ」と席を立ち、コンパートメントを出る。
そして、コンパートメントの外で扉に寄りかかっている、二人組の男に声をかけた。
「おい」
「ああーん⁉︎ 何だお前⁉︎」
二人組の男達は、僕が声をかけると反抗的な態度でこちらを睨み付けるように見た。
だが、僕の顔を––––いや、僕の目を見てから急に態度を変えた。
「あ、え……あ……」
先程の勢いはどこへ行ったのか、二人は怯えるように視線を泳がせる。
僕はそんな二人に文句を口にする。
「うるさい」
「あ、す、すいません……」
「車内では静かにしろ」
「ほ、ほんと、すいません……」
二人はビクビクとした態度で平謝りを繰り返す。
「席が無いなら、乗車口に立ってればいいだろ」
「は、はい、そうっすよね……ほんと、すいません」
二人は僕から逃げるように車両を後にした。
やれやれ。
「あの……」
コンパートメント席に乗っていた女性から声をかけられた。
少し声は震えている。
「その、ありがとうございます」
「いいですよ」
「私その、ああいう人が苦手でして––––」
と、その女性も僕の目を見た瞬間に驚いたように目を見開き、怯えた表情を浮かべた。
先程の二人に迫られた時よりも、怯えた表情だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます