盗人

カモール

盗人

盗人としては自分でも自慢できるほど腕が上がった。もう、下人だった頃の面影は無く、着物も髪も清潔感があり、貴族のような姿をしていた。街の人間から財布を盗むのは朝飯前だ。街の連中は良い獲物だった。勝手に安全だと思い込んでいるからだ。しかし、それは男にとってとてもつまらないことだった。街を歩けば、金が手に入り、金が手に入れば、帰る家も買える。つまり、なんでもできた。そのため、どんどん欲が失われていく。感情というものが消え始めてから食事が喉を通らなくなり、夜は眠れず、昼になっても街に出て稼ぐ気にもならない。このような生活を送るとすぐに体調が悪くなっていく、毎日頭痛や空腹に悩まされ、それでも体がだるくこのまま飢え死にしようと思う時もあったが、飢え死にだけは昔を思い出すためかできなかった。昔を思い出すと不思議と力が湧く。こんなところで死んでたまるものかと重い体をあげて、大金を持ち薬を買いに行った。その薬は、男の容態が悪いため飲みすぎると毒と化する強力な物だった。それを飲むと心が落ち着き、楽になる。だが、薬の効果が切れた時は、今までの比じゃないほど辛くなる。そのため薬の量も自然と増えた。薬屋にも控えるように言われたが、薬屋も常連客を失いたくないのだろう、あまり強くは言う事はなかった。しかし、盗人になり始めた事は毎日のように飲んでいた酒は薬屋に強く止めるように言われたのでもうやめている。薬の量が増えたのもこれが原因だと思っている。

それでも失った欲望などは返ってこないままだ。ある時、薬屋で働くある娘に私が欲を感じるにはどうすれば良いかと問いた。すると娘は作業をしたまま、足りないのは愛情だとすぐに答えてきた。正直男はどうすれば愛情が手に入るかわからなかった。今まで物理的に掴めるものならなんでも盗んでたが、今回は人の感情だ。そのようなものの手に入れ方なんて知ってるはずもなく、娘に解いてみた。すると、嘲笑するような口調で私にも分からないと答えてきた。生意気なやつだ、拳の1つや2つお見舞いしてやりたいがとてもそのような気分にもなれない。久しぶりに街に出ると綺麗な女が訳もなく話しかけてきた。男はその瞬間、これがあの生意気な娘が言っていた愛情だとすぐに分かった。その女が家に行ってみたいと駄々をこねるので仕方がなく入れてやった。そのような毎日を長い間続けた。その間はとても充実した時だった。だが、1年経つ頃には部屋に泊めてやっていた女と、戸棚にしまってあった金が一銭も残らず消えていた。それは一瞬のことだったのでしばらく頭が回らず、立ち尽くしていたが、脳が状況を理解し始めると文字通り膝から崩れ落ちた。何も考えたく無くなった。しばらく使っていなかった薬を大量に使い、何年も飲んでいない酒も有金全て使い買えるだけ買った。雪が積もっていたので相当寒いのだろう。男は着物一枚とボロボロの草履を履いて意識が朦朧としたままさまよっている。通りかかった橋の上から下の川を覗いた瞬間足が地面から浮いていた。気がつけば水の中だった、全身に刺すような痛みが走りやっと酔いが覚めたが遅かった川の流れには逆らえなかった。

冬の明ける頃、下流域で男が身につけていた、着物一枚とボロボロな草履が片方見つかった。そのすぐ横には男のだと思われる死体が転がっていた。その男の顔は酷い状態で誰か判別する事はできないほどだった。だが、その男の目元にガラス玉のような綺麗なものが輝いていることはわかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

盗人 カモール @Oh115411

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る