第2話
そんな悩み多いゆかりにはストレス発散の方法がある。それは箒で空を飛ぶことだ。
「ねぇ、ママいいでしょ!」
ゆかりは、箒を片手にママに詰め寄った。小学校から帰宅したばかりであったが、今日は雨の日。普通の人は傘をさすから、空を見上げることはしない。箒で飛ぶ練習をするには、恰好の日である。
飛ぶ練習はそうした人目につかない雨の日か暗い夜に決まっている。晴れた日の夜に夜空を駆けるのもゆかりは好きだったが、雨に打たれながら飛ぶのも同じくらいゆかりは好きだった。
「もうすぐ雨もあがりそうじゃない。今日は止めておいたら?」
「でも、夜はママと一緒じゃないと許してくれないでしょ。そのくせいっつも忙しいって付き合ってくれないじゃない」
ゆかりのママは薬草の知識を活かして、総合病院で薬剤師をしている。もちろん当番制の夜勤もある。今日は夜勤の日だから、夜に練習に付き合ってもらうことはできないのだ。昼間ならゆかりひとりでも練習することが許されているので、それが尚更ゆかりの気持ちを急かしていた。
「仕方ないわね。少しだけよ」
ゆかりの熱意に負けたのか、ママは降参とでもいうように両手をあげた。ゆかりは喜びを全身で表すようにぴょんっと跳ねた。
「ママ、ありがと! 大好き!」
ママの胸にぎゅっと抱きついて、すぐに箒を抱えて家のベランダに駆けていく。
外に出ると確かに雨は弱まって来ていて、グズグズしている時間はなさそうだ。透明な雨具を身に着けて、ゆかりは箒に跨った。周りに人の目がないことを確認して、ゆかりは心のなかで「飛んで、お願い」と箒に言葉をかける。
するとゆかりの足はゆっくりとベランダの床を離れ、箒は重力に逆らって、ゆかりを宙へと誘った。身体がまるで無重力のように軽くなり、雨粒はゆかりの周りできらきらと光って、ゆかりを応援してくれているようである。
空はゆかりにとって恰好の遊び場だ。地上ではできないことでも、空の上ならゆかりには簡単にできる。
例えば宙返り。箒の柄を上に向ければ、くるりっと一回転。
回った拍子に雨具のフードが落ちて、雨がゆかりの髪を濡らしましたが気にしない。
もっと高く。もっと高く。くるくると回転しながらゆかりは空の頂を目指した。箒はゆかりの言うことをきちんと聞いてくれる。これだから、箒で空を飛ぶことはやめられない。
飛行練習の時はメガネも掛けないので、雨粒の光がゆかりのアースアイに反射して、ゆかりの瞳は文字通り雨色に輝いている。
でも次の瞬間、地上を見下ろしたゆかりはぎょっとした。
ゆかりと同じ年くらいの少年が傘もささずに空を見上げている。目があったと思った瞬間、しまったと思い箒はバランスを崩して急降下した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます