第6話 6日目

昨日の金縛りの出来事が夢なのか、現実なのか?


バス亭で朝起きた時には分からなくなっていた。


財布はちゃんとあった。


ポシェットもちゃんとあった。


だから多分夢だろうと思った。


山と田んぼと民家しかない長閑な集落だった。


しばらくボーっとしてからまた歩き出した。


景色が単調で変わらず、いつ山越え出来るのか全然目途が立たなかった。


道路標識に「津山」の文字があった。


岡山県に向かって歩いていた。


「津山」までだいぶ距離があった。


車が来ると危ないので歩道がない国道を歩くのが嫌だった。


途中でバス亭を見かける度に行き先を確認した。


手持ちの残金で乗れるところまで乗ろうと思った。


津山行きの高速バスが出るバス停を見つけた。


手持ちの残金で「津山」まで行けそうだった。


その高速バスで「津山」まで行った。


山間の少し大きな町。


「津山」はそういう印象しかなかった。


津山駅から出るローカル線の電車を乗り継げば「鳥取」まで行けそうだった。


でも電車賃が足りないので、歩く事になった。


「津山」を離れると田んぼと低い山がずっと続いていた。


陰鬱な風景だと思った。


日本海側の風景はなんとなくどこも陰鬱な気がした。


最寄りの駅に着くたびに料金を確認した。


「津山」から何駅目かの無人駅で、手持ちの残金でも「鳥取」まで行ける料金になった。


木造の古い駅だった。


誰もいないので本当に電車が来るのか不安だった。


本はもう読み終えていた。


しばらくしたら地元の人が二人来て、待合室で井戸端会議を始めた。


僕の方を気にしつつ、岡山の方言でヒソヒソと話していた。


親戚か近所の人が行方不明になった、と聞こえてきた。


そして後日井戸から死体で見つかったみたいな話もしていた。


最近ではなく、だいぶ昔の話みたいだった。


断片的な情報しか聞き取れないので、不思議な怪談話を聞いているみたいだった。


その時ふと津山三十人殺しの事件を思い出した。


『八墓村』のモデルになった殺人事件だ。


僕はこの事件に以前からすごく興味があった。


事件に関する本やテレビ番組をよく観ていた。


猟銃と匕首を持って夜の村を走り抜けた惨劇。


犯人の都井睦夫も僕も田舎のムラ社会で生まれた人間だ。


婆ちゃん子で子供好き。


小説を書いたりする趣味も似ていた。


同じ気質の人間だと思った。


時代背景とか境遇とか、同じ条件さえ揃えば僕も犯罪者になっていたかもしれない。


世間に対して常に後ろめたい生き方をして来たツケがいつか必ず回って来る。


都井睦夫の中にもあったであろう、そういう心情的な部分にずっと共感していた。


だから岡山に来たのも何かの縁かもしれないな、と思った。


だいぶ待ってからようやく電車が来た。


無人駅なので切符は持っていなかった。


陰鬱な景色を電車でどんどん通過した。


都井睦夫の故郷と殺人現場もおそらくどこかで通過したはずだ。


陰鬱な山間の閉鎖的なムラ社会の景色をしっかり目に焼き付けた。


終点の「智頭」駅についた。


そしてそのまま鳥取行きの電車に乗り換えた。


他の乗客たちがチラチラこっちを見ていた。


たぶんかなり怪しい風体になっているんだ、と思った。


着ている服がだいぶ汚れている感覚はあった。


足がだるいので靴を脱いだ。


靴の中の足が豆だらけで、破れた足の皮の血が乾いていた。


とりあえず鳥取砂丘まで辿り着けばもうどうでもよかった。


砂丘を見たらあとは野垂れ死にするだけだ。


車窓の景色が山を抜けて海側の景色になっていた。


鳥取駅まで着いた。


切符を持っていなかったから、駅の係員に「智頭から乗った」と言った。


無人駅の駅名が分からなかったから、とりあえず嘘をついた。


不審そうな顔をしていたけど、特に追及されなかった。


「智頭」からの料金を払って改札を出た。


駅の案内板の地図を見て、「鳥取砂丘」の場所を探した。


砂漠のイメージしかなかったから「鳥取」のどの辺にあるかまでは知らなかった。


地図で見るかぎり、鳥取駅からそう遠くなかった。


海岸の砂浜が広いだけで砂漠ではないようだった。


外に出て道路標識を確認した。


「鳥取砂丘」までの標識に従って歩いた。


残りの所持金は数百円しかなかった。


途中のコンビニでメロンパンとアンパンと水を買った。


それが最後の食事だった。


小さい公園のベンチに座って、リスみたいにチビチビと味わって食べた。


「鳥取」も日差しが強くて、歩くとすぐに汗が出た。


しばらく歩いたら海岸に出た。


海と砂丘が見えた。


かなり広い砂浜だった。


観光客がいっぱいいて、ラクダもいた。


砂浜の高低差があると海が見えなくなった。


テレビドラマの西遊記のエンディングの砂漠を思い出した。


靴を脱いで、素足で砂丘を踏んだ。


暑いけど気持ち良かった。


疲れていたので、日光浴をして寝たりした。


夕暮れになると、人がだんだん減ってきた。


海からの風が強くなり、たまに軽い砂嵐が起こった。


砂の中に埋まって野垂れ死にしようと思った。


死んだ後、自分の死体が砂の中にうまく隠れればいいな、と思った。


そして誰にも見つからずに風化すればいいな、と思った。


夜になった。


海の見えるところを陣取って寝ようと思った。


靴を脱いで、財布とバッグを揃えて置いた。


そして砂浜に穴を掘って、体だけ中に入れて砂をかけた。


夜は寒いので砂の中だったら温いだろうと思った。


真っ暗な海の波の音が強くて怖かった。


目を瞑ってその音だけが聞こえて来ると、余計に怖かった。


だんだん砂の中が湿って来て体が濡れた。


やっぱり海の側では寝れなかった。


もう死ぬだけだから別に寝なくてもいいか、と思った。


そして波と風の音を聞きながら目を瞑ってただ砂の中でジッとしていた。


それが失踪6日目。

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