第3話 3日目

高速バスのシートは窮屈だから、朝起きると体中が痛かった。


カーテンを開けて外を見ると、外はまだ薄暗かった。


アナウンスでは、USJ前の停留所を経て梅田に到着する予定だった。


大阪の事は東京以上にほとんど何も知らなかった。


梅田、難波、天王寺、新世界、道頓堀。


知っている地名といえばそれくらいだった。


あとは「笑いの街」とか「人情の街」とか、「たこ焼き」とか「お好み焼き」のイメージしかなかった。


アナウンスで「梅田」の地名を聞いた時、小学校の時にやっていたPCエンジンのゲームソフトをふと思い出した。


大阪を舞台にした「定吉セブン」という謎解きのアドベンチャーゲーム。


バスの中でそのゲームの記憶を辿っていたら「通天閣のビリケンさん」を思い出した。


とりあえず大阪に着いたらそれだけは絶対に見ようと思った。


バスが終点の梅田に到着した。


高層ビルがいっぱいあったので、東京の西新宿みたいだと思った。


二日間風呂に入ってないから、頭も体もベタついていた。


とりあえず髪を切って、頭だけでも清潔にしようと思った。


高層ビル群から遠ざかるように歩き、狭くて細い路地にある商店街に入った。


朝早くから開いている床屋があったので入った。


伸びると面倒くさいから思い切って丸坊主にしようと思った。


店の人にバリカンで坊主にしてもらいながら、テレビのニュースを見た。


「パナウェーブ研究所」と名乗る白装束の集団が話題になっていた。


得体の知れない怪しい集団として報道されていた。


オウム真理教のようなカルト集団かもしれない、という疑いをかけられているようだったけど、特に事件を起こしたわけではないようだった。


一緒にテレビを見ていた店の人が「何やろね、このおかしな人らは?」と言った言葉が気になった。


理解出来ないものはすべておかしい。


得体の知れないものはすべておかしい。


そういう偏見を店の人から少し感じた。


僕が見ても白装束集団は確かにおかしかった。


だから失踪中の僕も世の中的にはおかしいんだと思う。


でも僕は自分をまともだと思っている人を「まともだ」と思った事がなかった。


何がまともで、何がまともでないのか?


自分を「まともだ」と思っている人に、その定義を教えてほしかった。


世間的だとか常識的にみんなと同じであればまとも。


僕にはそういう感覚だけで自分の事を「まともだ」と思える人たちが狂っているように見えた。


人類の長い歴史を振り返れば、人間は常におかしかったと思う。


そんな事を考えていたら、すっかり丸坊主になっていた。


散髪代を払おうとしたら、急に店の人の様子がおかしくなった。


体がふらついていて、話す言葉がしどろもどろになっていた。


病気?


倒れそうになったので慌てて体を支えた。


とりあえず椅子に横になってもらい、近所の人を呼びに行った。


近くの家に入って事情を説明したら「いつもの事やからじきに治るやろ」と言われた。


「散髪代をまだ払ってない」と伝えたら、「とりあえず500円でええと思うで。あとはワシが様子を見ておくから」と言ってくれた。


近所の人に後を頼み、1000円を置いて店を出た。


頭がすっきりしたので、次は体をすっきりさせようと思った。


お風呂のついでにまた午前中から風俗に行くことにした。


10万円使い切ったら野垂れ死にする予定だったけど、貯金はまだあったからATMでまたお金を卸した。


どうせ死ぬなら派手に使ったほうがいい、と思った。


タクシーを拾って難波の方まで行ってみた。


適当にアーケード街を歩いていたら「難波グランド花月」を見つけた。


せっかくだから「吉本新喜劇」も見てみたいと思った。


でもやっぱり観光気分じゃないから入れなかった。


失踪中にみんなと一緒に劇場で笑う。


そんな図太い神経だったらそもそも失踪してないだろうな、と思った。


難波の街をあっちこっち適当にウロウロしてみた。


風俗の呼び込みっぽい男の人に声をかけられたので、案内されたソープの店に入った。


二日ぶりのお風呂。


店の子の人懐こい関西弁が可愛くて、心身共に癒された。


店の子に「このあとどこ行くん?」って聞かれたので、「通天閣のビリケンさんを見に行く」と答えたら、その辺りにたまに来る美味しいたこ焼きの屋台を教えてくれた。


店を出てさっきの呼び込みの人に通天閣までの道を聞いたら、タクシーを呼んでくれた。


大阪の人は基本的に気さくで親切な人が多いと思った。


そんな人がいっぱいいるなら確かに人情の街だと思った。


通天閣の近くでタクシーを降ろしてもらって、ビリケンを見るために展望台まで上がった。


大黒様みたいに黒くてモヒカンの子どもみたいな神様。


神様というよりかは宇宙人的な感じがした。


足の裏を撫でるとご利益があるという話を聞いた事があった。


失踪中の身にご利益なんてないだろうと思ったけど、せっかくだから記念に足の裏を撫でた。


それから店の子に聞いた美味しいたこ焼きの屋台を探した。


しばらく探したけどそれっぽい店は見当たらなかった。


仕方がないので、他のお店でたこ焼きと缶チューハイを買った。


「スパワールド」の長い階段のスペースに座ってそれを食べた。


出来立てのたこ焼きを食べたのは久しぶりだった。


疲れたのでそのまま階段に座り込み、そこから見える通天閣をメモ帳にスケッチした。


通天閣の展望台の部分を歪んだ人間の顔にして、「痛点核」と、メモ書きした。


それから100円ショップでパンツを買って、天王寺動物園のトイレで着替えた。


失踪中でも、人目があるうちはなるべく清潔にしていようと思った。


そして天王寺動物園を回ってから美術館へ行った。


関西圏の公募展をやっていた。


関西は技術的にレベルの高い作品が多いな、と思った。


思えば僕の好きな画家である佐伯祐三と鴨居玲も関西出身の人たちだった。


それから天王寺動物園のまわりでホームレスをしている人たちがいたので、その暮らしぶりを見て回った。


東京のホームレスの人たちはみんなバラバラに生活していて、コミュニティがない感じがした。


大阪のホームレスの人たちはみんなブルーシートの家を持っていた。


その中で商売している人もいた。


カラオケがある飲み屋のブルーシートもあった。


そこにみんな集まって酒を飲みながら楽しそうにしていた。


社会からはみ出しても生きていればなんとかなる。


そんなバイタリティを大阪の人たちから感じた。


ただ自分がそこに入ってやっていけるとまでは思わなかった。


それから夕方くらいまで新世界と天王寺界隈をぶらぶらした。


誰かと酒を飲みたかったので、夜は大阪のキャバクラにでも行こうかなと思った。


大阪ミナミ。


そこに行けば夜のお店はいっぱいあるだろうと思った。


タクシーを拾って「ミナミまで」と言ったら、タクシーの運転手にミナミのどの辺までなのか聞かれた。


ミナミがどの辺の事かわからなかったから、とにかく安く飲めるキャバクラがないか聞いてみた。


運転手が「大阪はボッタクリが多いから、ボクの行きつけの店で良かったら紹介しますわ」と言ってくれたので、お願いした。


大通りをしばらく走ってから、人でごった返す繁華街の路地に入った。


昭和のキャバレーっぽい店の前でタクシーが停まった。


運転手がドアを開けて、店の前にいたボーイさんに「このお客さんに安く飲ませてあげて」と声をかけてくれた。


気さくで親切な運転手のおかげで、今日くらいは楽しい思いが出来そうな気がした。


ボーイさんの案内で店の中に入ると、店の中は二階まであるかなり広いスペースだった。


店にはショーをやるステージもあった。


最初に母親くらいの歳のオバちゃんが二人ついた。


「兄ちゃん、今日はナンボくらいで遊ぶん?」と聞かれ、料金がわからなかったから、とりあえず「2万くらい」と答えた。


そしたらオバちゃんが「女の子の飲み物代とかはいらんから、なるべく安く済むように遊ばしたげるよ」と言ってくれた。


オバちゃんが瓶ビールを頼んでくれて、持っていた煎餅とかチョコレートをつまみに出してくれた。


後から若い女の子も僕の席についてくれた。


滋賀県から来たノリが良くて可愛い子だった。


こういう子と付き合いたいと思った。


トイレに行く時ステージを見たらストリップショーをやっていた。


とにかくオバちゃんの声が賑やかだったから、親戚と集まって飲んでいるみたいだった。


「どこから来たん?」とか「大阪へは何しに来たん?」とか聞かれたけど、「失踪中」とは言えなかった。


でもみんな良い人そうだったから、なるべく正直に言おうと思って、「バイトを無断でやめて旅行している」と答えた。


「なんか嫌な事でもあったんか?」と根掘り葉掘りオバちゃんに聞かれた。


バイトは確かに嫌だったけど、問題は自分の不甲斐なさだったから、どう答えていいか迷った。


しばらく考え込んでいたら、オバちゃんが気を遣って空いたグラスにビールを注いでくれた。


「人生いろいろあるから、嫌になる事もあるやろうけど、黙って仕事やめるのはあかんと思うで」とオバちゃんにそっと説教された。


当たり前過ぎる正論だけに痛かった。


オバちゃんに謝ってから、注いでくれたビールを飲んだ。


酔っぱらってはいるけど、酔い切れない酒だった。


「とにかく気が晴れるまで好きにして、また大阪遊びにおいでぇや」


オバちゃんたちにそう言ってもらえたのが救いだった。


2時間くらい飲んだところでオバちゃんが「今日泊まるとこどうするん?」と聞いて来た。


「決めてないです」と答えたら、オバちゃんが安いホテルを紹介してくれた。


店を出てからもオバちゃんがふらつく僕をそのホテルまで案内してくれて、その日はふかふかのベッドの上で寝る事が出来た。


それが失踪3日目。

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