第2話 2日目
どれくらい寝たかわからないけど、渋谷で朝を迎えた。
気温が高くて、太陽が眩しかった。
野宿でも多少疲れは取れていた。
寝惚けた状態で朝の渋谷駅周辺をうろついた。
駅ビルのデパートはまだ開店前だった。
モヤイ像の側にある汚い公衆便所で小便をした。
新宿に行こうと思って地下鉄駅の方へ下りてみた。
電車の乗換路線図が複雑過ぎて抽象画にしか見えなかった。
でも人に道を聞くのが嫌だったから、また道路標識を頼りに新宿方面へ向けて歩いてみる事にした。
渋谷のセンター街へ入って、NHKの前を通った。
途中コンビニで、暇つぶし用のペンとメモ帳を買った。
遺書でもないけど、何か想った事を言葉でも絵でもいいから書いて残しておきたかった。
それからどこをどう歩いたか思い出せないけど、なんとか新宿までたどり着いた。
小田急の駅ビルのデパートでペンとメモ帳を入れるポシェットを買った。
それから新宿アルタの近くにあった紀伊国屋書店で文庫本を一冊買った。
タイトルは忘れたけど、これからの日本の未来を予測して危惧する内容の本。
野垂れ死にする予定なのになぜか日本の未来が気になった。
もしこのまま社会に属さずに生きていく事が可能なら、そのまま生きていくのも悪くないと思ったのかもしれない。
新宿アルタの広場に行って、本を読んだり、メモ帳に絵を描いたりした。
待ち合わせをする人、ただ暇そうな人、ホームレスの人……。
失踪中の人。
渋谷の時みたいに、新宿の人の群れの中にも僕と同じ人がいないか探した。
居たとしても気付かないけど、見た感じいなさそうだった。
僕が失踪中の人である事に気付いている人もいなさそうだった。
適当にペンを動かして、メモ帳に人の顔を描いていたら、近くにいたホームレス風のおじさんが僕に話しかけて来た。
僕のメモ帳を覗き込んで「上手だね」と言った。
それから「おっちゃんの娘の顔も描いてくれないか?」と頼まれた。
知らないおっちゃんの娘の顔?
描けるわけがないので「描けないです」と答えた。
それでも「思いつきでいいから適当に描いてくれ」とおっちゃんが食い下がって来たので、言われるままに適当に描いてみた。
描き終わってから、おっちゃんの顏を見ながら描けば良かったな、と思った。
ポニーテールの女の子の顔が描けた。
可愛くなかったけど、おっちゃんに見せたら「似てるなぁ」と言ってくれた。
その似顔絵だけメモ帳から切っておっちゃんにあげた。
嬉しそうだった。
おっちゃんが「お礼はこれでいいか?」と言って、ズボンのポケットをまさぐり、千円札を出して来た。
「そういうつもりじゃないです」と言って受け取りを拒否した。
でも少し機嫌が悪そうに「いいからもらってくれ!」というおっちゃんの圧に負けて、お礼の千円札はもらう事にした。
おっちゃんはとにかく誰でもいいから何かきっかけを作って話したかったんだと思う。
そんな孤独をおっちゃんから感じた。
そのお礼の千円札。
だとしたらありがたく受け取ってもいいかな、と思った。
ホームレスになった理由とか、娘さんの事とかいろいろ聞きたかった。
でも気まずくなるのが嫌だったからやめた。
失踪中の僕には他人の過去や闇に共感出来るほどの余裕がなかった。
それから夕方くらいまで新宿アルタの前にいた。
駅周辺のラーメン屋でラーメンを食べて、また新宿南口のバスターミナルへ行った。
もう東京に居たくなかった。
だからまたバスに乗って東京以外のところへ行こうと思った。
大阪行きの高速バスの席にまだ空きがあったので、そのチケットを買った。
到着は明日の朝。
今晩はバスの中で一泊出来ると思った。
バスが出るまでだいぶ余裕があるので、新宿高嶋屋の広場にあるベンチで本を読んだ。
日本がどん詰まりの状態になる未来予測。
賢明な人だけしか生き残れない過酷な未来が待っているようだった。
今僕の周囲にいるリア充で楽しそうな人たちもいずれダメになる。
そう思うと気が楽になった。
ベンチで少し仮眠を取った。
それから高速バス乗り場の待合室に移動して、大阪行きの深夜バスに乗った。
目が覚めたら人情の街大阪だ。
人情って何だろう?
東京に冷たさを感じたわけではないけど、大阪行きには少し期待していた。
どこかで人生をやり直せるんであれば、やり直したい。
本当にあるなら大阪の人情に触れてみたかった。
それが失踪2日目。
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