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「彼女には迂闊に近づけない。目的を達成するまで逮捕されるわけにはいかなかったから。だから、罠を張ったんだ。何回も。彼女が赤信号の横断歩道で立ち止まってる時、歩道橋を渡る時、駅のホームに立った時」
「写真を遠くから見せるだけですか?」
訝しんだ村木が訪ねるが、村木は頷くのみだった。そう上手く行くものだろうか。実践した場にいないため、いまいち真実味に欠ける。それに、これでは間接的に関わっただけなので、西村に関しては事故に見せかけた殺人とは言い難い。
「信じてない? いいけど、誰かの為にやったことじゃないし。とにかく、何度も試したの。何回やったか数えきれないくらい」
ただ単に遠くから写真を見せたとして、どうにかなるものか、結局竹下の言い分だけでは納得出来なかった。竹下両腕を上げて伸びをする。
「もういい? 飽きてきちゃった」
本心だろう。あまり長居をしてもこちらに良いことは起きそうにないと判断した。
「ええと。じゃあ二つだけ。彼らの右手はこの山に埋めていますか」
「うん。よく知ってるね」
「あと、飯塚さんは埋葬済ですか?」
「うん。家の横に。ちゃんと大きい石も置いた。墓石って言うんだっけ?」
あれは墓だったのか。道理で、やけにぽつんと一つだけあって異様だった。よく見ていなかったので、帰りに手を合わせてから帰ろう。村木が竹下に頭を下げる。
「インタビューは以上です。有難う御座いました」
「暇つぶしになったからオッケー」
礼を言ったら、ピースサインで返された。何とも陽気な殺人鬼だ。陽気だからか。殺人を重く考えていたら、こうも勢いで何人も短期間で実行には移さないだろう。犯罪者の傍にいて話を聞いても全く同意出来なくて、村木は人知れずホッとした。
ペンとメモ帳を仕舞う。そこに視線を感じたが、村木は反応しないよう努力した。
「村木さんはさ、右手たちの場所も知ってるの」
「……はい、偶然。ここに来る時に躓いてしまって。そこにありました」
「えぇ~、失敗した。埋め直さなきゃ」
オーバーに両手を挙げて残念がる様子は、一連の竹下の反応と変わらない。彼の人生はずっとゲームだったのだろうか。もう関係の無いことだ。
「そうそう、警察に言ってもいいよ。俺に怖いものはない」
意外な言葉を送られた。捕まりたくなくて、普段から人と関わらないよう生活しているのかと思った。
「捕まってもいいと?」
「うん。だって、俺には何も無い。だから怖くないんだ」
捕まることが怖くないのか。死刑になるのに。それとも、何も無いから、危なくなったらここを離れて、また一人で生活するのか。
こちらは彼の声を録音してある。警察に提出しさえすれば彼は捕まる。竹下の気分が変わらなければ再犯は無さそうだけれども、そうするのが最善だと思う。
「あとはもう無い?」
心を読まれたのか、村木はどきりと心臓が跳ねた。家を見つけた時からずっと機会を窺っていた。鞄を触りながら、竹下に向き直る。
「最後に一つ」
「まだあるんじゃん! さっき言ってよ」
先ほど二つだけと伝えていたため、追加が出てきて竹下に笑われる。
本当は竹下と会うまではこのまま去ろうと思っていた。しかし、ここでの彼の態度を見て改めた。村木がリュックの奥に仕舞い込んでいた封筒を取り出す。思いがけない行動だったようで、竹下が不思議そうな表情でそれを眺めた。
「それは?」
「私のところに送られてきたんです。これに見覚えはありませんか?」
竹下が真っ白なそれに小さく舌打ちをした。
「俺たちが送ったやつと同じだね。でも、それだけだ」
「いえ、中を確認してください」
封筒ごと竹下に渡す。しばらく竹下は手を出さなかったが、引っ込めない村木に諦めたのか、乱暴にそれをひったくった。
中に右手を差し込み、ゆっくり引き出した。半分想像していただろうが、完成した飯塚の顔と目が合った竹下は歯軋りをさせて不快感を表した。
「随分趣味が悪い」
彼の態度に、今度は村木が驚かされる番だった。最後の悪戯を仕掛けられたと思ったのに。封筒を持ち帰らなくてよかった。
「最初に言っておきますが、私は作っていません。本当に送られてきたんです。彼らのように」
「…………」
「本当のところを言うと、竹下さんが一連の犯人だと聞いて、貴方が送ったものだと思っていました。でも、違うのですね」
村木は自身の勇気が縮んで無くなる前に続きを伝えた。竹下はそれに答えず、斜め後ろに置かれていた棚の引き出しを開けた。ともかく、送りつけてきた人物が竹下でないのなら、村木が蛇足の被害者となる確率は低くなった。彼でなければ、これが可能なのはあと一人になる。写真を見つけて一日、村木がようやく胸を撫で下ろす。
「……無い」
「どうしました?」
竹下によって、引き出しの中にある物が次々に放り出される。物が落ちる音で村木は現実へと引き戻された。あっという間に床が文房具で溢れかえる。開かれたノートには、小さな文字が沢山書かれていた。
「無い! 写真!」
「写真とは?」
竹下が持っている写真を振りながら言う。
「これと同じの! 飯塚にあげた、飯塚の写真だよ!」
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