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「違います! 被害者の関係者だったので、ちょっとだけ教えてもらっただけです」
「は?」
ますます竹下の表情が険しくなったが、何故か口元は緩んでいた。
「え、待って。関係者? 被害者の? ふ、ふふ」
村木は席を立ちたくなった。普段生活している中で、明らかに避けて通るべき人物である。竹下はついに堪え切れず、大口を開けて笑い始めた。村木はそれが終わるのをただじっと待った。
「ごめんごめん。被害者の関係者だなんて言うから、おかしくなっちゃって」
「いえ」
「よかった。で、そうそう。近隣住民ね。確かに、あの時警察が何か聞きに来たよ」
「飯塚さんや事件について目撃したか尋ねられたのでは?」
竹下はテーブルに置いた雑誌を指先で叩きながら答えた。
「そう。知らないって言ったよ」
「何故?」
「少なくとも、言われたような事件は起きなかったから。怪我した子を一人拾った、ただそれだけ。まあ、飯塚さんのことは知ってたけど、めんどくさいから知らないって言った」
一つ分かったことがある。竹下は高岡が変装した姿ではないことだ。ただ、結局竹下が犯人なので、犯人と対峙していることに変わりはないが。
随分厄介な人間に拾われたものだ。例えば、違う人に助けられていたら、今回の事件は起きなかった。運命は残酷の世界からやってくる。
「ここは貴方の山ですか?」
「一部だけ。ちゃんと自分の土地に家を建ててるよ。人間が沢山いるところに住みたくないから」
向かいに座った竹下が、頬杖をついてこちらを見つめた。
「さてと、何話せば分からないから、インタビューしてよ」
「私が、貴方を?」
「そう」
村木はごくりと喉を鳴らした。
鞄からペンとメモ帳を取る際、ボイスレコーダーの調子もそっと確認した。姿勢を正し、竹下を見つめる。
「それでは、聞かせて頂きます」
「うん」
「相園さん、笹沼君、山田さん、西村さんの四人を殺害したのは竹下さんですか」
「そうだよ」
悩む素振りすら見せず、竹下は再度肯定した。
「殺害の順番は今申し上げたので合っていますか?」
「多分」
竹下が一瞬目を逸らし、斜め上を見上げる。人が考える時の仕草だ。そして、親指から順番に折って数え始めた。
「相園でしょ。これは最初だからよく覚えてる。それで笹沼。山田はねぇ、場所を移動するから面倒だった。でも、一番面倒だったのは西村。うん、合ってるね」
足し算の答えが合っていた幼児みたいな笑顔を浴びる。殺人告白のインタビューとはとても思えない。
「詳しく聞いても?」
「それは嫌だ」
これに村木は目を丸くさせた。断られると思っていなかった。竹下が右手を振った。
「違う違う。ただ、長くなるのが嫌なだけ。長話って好きじゃないんだよ、説明も苦手」
「そうですか。じゃあ、簡単でもよいので」
「うーん。待ち伏せて、二人で捕まえて、俺がちょちょいと殺した。それだけ。飯塚さんは手伝っただけで、手は下してないよ」
本当のところ、このようないい加減な証言でいいのか不安だが、それは自分の役目ではない。あくまで、彼が犯人かどうか、証明出来れば十分だ。
「笹沼君は?」
「男か。あれが一番簡単だった。だって、部屋に鍵掛かってないんだ。殺してくれって言ってるようなもんじゃん」
加害者は時に、隙があるからいけないと言うが、隙があろうが落ち度があろうが、法に背く加害者が百パーセント悪い。村木はその言葉を喉の奥底へ飲み込んだ。何かを否定すれば、仕舞ったはずの刃がこちらに向かうとも限らない。村木は真実を知りたいだけで、死にたいなんて一度も思ったことはないのだ。
「次は山田さん……も、殺害されているのですね。見つかったのは最近ですが、もしかして、大分前に?」
竹下はそれに首を傾げた。村木が山田が他殺かどうか知らなかったことに気付いてのことかと思ったが、そうではなかったらしい。
「そんなの分かるんだ? 実行した俺ですら、いつだったかよく覚えてないのに」
「警察から聞いたわけじゃないですが、山田さんと連絡が取れなくなったのが一週間以上前ですし、海から流れついた様子から想像して」
「へえ、すごい」
感心した様子で拍手をされ、むしろ、こちらの方が加害者になった気分だった。きっと、竹下はメモすらしていないのだろう。もしくは一度書いてそのままどこかに放ったか。自ら行った罪さえ、ほんの数日で記憶の彼方へ行ってしまう。この男は最初から犯罪者に向いている。
「では、最後に西村さん。これは完全に事故として処理されていますが」
「あ~あの子ね! あれは苦労したよ!」
急に嬉々とした表情になった。大きなカブトムシを見つけて帰宅した子どものようだ。村木はぞっとした。
「なにせ、警察に保護されちゃったじゃん。こっちは素人だよ? 警察にバレないように殺すとか無理無理」
「それでも事故ではないと」
「いやまあ、事故っちゃ事故かな。俺たちが直接殺してないし。でも、俺たちがいなければ西村は死ななかった」
「と、言うと」
竹下が雑誌に挟んでいた紙を一枚、取り出して村木に見せる。
「じゃぁん。拡大写真」
開かれた大きな紙は、飯塚の写真を拡大コピーしたものだった。全く趣味の悪い、村木は小さく息を吐く。封筒に入る小ささでも厄介だったのに、こうして存在を全面に押し出されると、写真を見つけた時の恐怖が蘇ってくる。
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